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	<title>「まーる」のノベル　小早川くんは裏切らない！</title>
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	<description>　　小早川秀秋が鉛筆に！？グルメな関ヶ原ローカルストーリー</description>
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		<title>菓子は菓子なれ⑲</title>

		<description>「ガラシャの人生は儚い一生に思えます。…</description>
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			<![CDATA[ 「ガラシャの人生は儚い一生に思えます。また悲劇の女性と哀れまれます。しかし私はそうは思いません。前半生は辛い思いもしましたが最後はキリスト教という楽園を見出したのです。艱難汝（かんなんなんじ）を玉にすとの諺にあるように、苦難があってこそ人は成長するのです。ガラシャも、夫の忠興もそうですが宣教師達に導かれて人生が変わりました。私達も同じです。儚いけれど短い時の中でお互いが調和して成長する。私にはそれこそが一期一会の精神だと思われるのです」
すると昭子は少しだけ笑んで菓子を全て食べ切った。
「ほんならお茶を頂きましょうか」
昭子は汐恩に促した。
しかし汐恩は首を横に振った。
「いえ、その前に少し別の花を添えさせて頂きたいと存じます」
「別の花？」
汐恩は側に控えていた秀晶に目で合図した。
すると秀晶はベールを直して立ち上がり、汐恩の隣に立つと手を胸の前で組んでアカペラで『アメイジング・グレイス』を歌い出した。
「Amazing grace how sweet the sound　That saved a wretch like me.I once was lost but now am found,Was blind but now I see.（素晴らしき恩寵。何と美しい響きでしょう。私のような者までも救って下さるとは。道を踏み外し彷徨っていた私を神様は救い上げて下さり、今まで見えなかった神様の恩寵を今は見出す事ができるのです）'Twas grace that taught my heart to fear,And grace my fears relieved,How precious did that grace appear,The hour I first believed.（神様の恩寵こそ私の恐れる心を諭し、その恐れから心を解き放ち給うのです。信じ始めたその時の神様の恩寵の何と尊い事でしょう）
When we've been there ten thousand years,Bright shining as the sun, We've no less days to sing God's praise Than when we'd first begun.（何万年経とうとも太陽のように光り輝き、最初に歌い始めた時以上に神様の恩寵を歌い讃え続ける事でしょう）
客はその状況に全員息を呑んだ。
秀晶の驚異的な歌声もあったのだが、何と歌に合わせるように背後の二分咲きの桜の花が突然満開に咲き出してその花びらを大量に空へ舞わせたのである。
「奇跡だ」
テレビのカメラマンが思わず呟いた。
吉継も、そして当の秀晶さえ驚きの表情を隠せないでいた。
呆然とする昭子にいつの間にか点てていた茶を汐恩は「どうぞ」と差し出した。
「え、あ」
混乱しつつも毅然とした態度に戻った昭子は「お点前頂戴致します」とテルエルの茶碗を上げてその茶をズッと飲み切った。
そして茶碗を手前に置くと「汐恩さん」と弟子に厳しい顔を向けた。
「こらとても茶聖から受け継いだ三斎の茶やおましまへんな」
うっと汐恩は声を詰まらせた。
吉継も「駄目だったか」と落胆した目を伏せた。全てにおいて伝統を破壊している茶屋である。その家元からすれば叱られても当然であった。
しかし、昭子は次いでニコリと微笑んで放言した。
「こら新しい三斎流の茶や。汐恩さん、ようここまで精進しなはりましたな」
「先生………」
「古の伝統も守らなあきまへんが、新しい時代に挑んでいくのもまた茶の道やと私は思います。それをあんさんは大胆に成し遂げた。全て素晴らしい工夫でしたえ」
そのまま昭子はお辞儀して言った。
「美味しく頂戴致しました」
汐恩も頭を下げた。初めて認めてもらえたその目には感動の涙が浮かんでいた。
「来る！」
吉継は直感的に呟いて受付に首を向けた。
すると今の中継を見ていた会場のお客が我先にと汐恩の茶屋の前に大行列を作り始めた。
吉継は水屋の女子にＶサインをして声を掛けた。
「大成功だ！忙しくなるぞ！」
わあッと皆は喜び勇んで満杯になった縁台のお客に茶菓子と茶を振る舞い始めた。
それからはもうチーム汐恩の快進撃であった。
汐恩の立ち居振る舞いと秀晶の美声、そして西洋の茶室を求めて次々とお客が押し寄せ、あっという間に三百の菓子は売り切れとなった。
一方元達の茶屋もかなりの遅れはあったが全ての茶菓子を売り切った。
それから時間は瞬く間に過ぎて茶屋比べ終了の時刻が訪れ、一時間後にはふれあいセンターの広場で投票の結果が公表された。
大人の部門と、中高生の茶道部の部の優秀賞が発表された後で、小学生の部の投票数が告げられる。いよいよだと私服に着替え終えたチーム元とチーム汐恩の両団体と、クラスの男子達が固唾を飲んでその結果に耳を傾けていた。
主催者代表の忠時がマイクでその投票数を述べた。
「小学生の部、織部流茶屋、得票数１４５。三斎流茶屋、得票数４５５。よって三斎流の勝利」
「わはは、大勝利だよ。やったー！」
圧勝のチーム汐恩は大喜びで飛び上がったりお互い抱き付き合っていた。
吉継も勢いで隣の秀晶にハグした。
「やった、すげえ！」
「くぁwせdrftgyふじこlp！」
思い掛けず抱き付かれ顔を真っ赤にして目を回す秀晶へ吉継はアルスで言った。
【刑部どの、あの桜の開花は驚きました。まさか貴方に時間を進める能力があるなんて知りませんでしたよ】
「また刑部かい！」
正気に返った秀晶は吉継にボティーブローを手加減無く食らわせた。
ぐはッと腹を押さえた吉継は秀晶に小声で聞いた。
「だ、だったら晶の歌に力があったのか？」
「知らないわよ。私だって驚いたんだから。刑部じゃないでしょ、あれ？」
秀晶はポケットの消しゴムに説明を求めた。
【吾も知らぬな。しかし、あの速度で桜が咲くなどとは奇跡としか思えぬ。五助にもかような力は宿っておらぬしな。金吾どのでは？】
【いや、吾にもそのような能力は無い。ううむ、どちらかの神の気紛れやもしれぬ。まあ、どちらにせよ、二人ともお疲れであったのう、ヒック！】
【あ、金吾、またお前どこかで酒飲みやがったな！俺の小遣い減るだろうが！】
二色鉛筆がただの赤鉛筆になった金吾を吉継は捻った。
【あはは、金吾どのは相変わらずよのう。しかし、主、吾も少々疲れたぞ。テレビ放送で主に芸能界のスカウトが来られても困るからの。発信元の動画やスマホには主の声と姿は消えるよう細工しておいた】
【ありがと、刑部。助かるよ。でも汐恩には群がるんじゃないの？】
【それは心配無用じゃ。汐恩嬢は細川家の令嬢。自身か、家のＳＰが撃退するであろう】
「あ、あの、コバ君」
吉継は背後から優勝の賞状と千利休のレリーフの付いた楯を片手に抱える汐恩に声を掛けられた。
「お、汐恩、やったな！大差で勝ったぞ！」
吉継は右手を肩にまで挙げた。
「え、何ですの？」
「勝利のハイタッチだよ。ほら同じ風に左手を挙げて」
「こうですか？」
「そう、イエイ」
吉継はパシッと汐恩の手を叩いた。
するとこの時思い掛けない事が起こった。
右手の薬指に嵌められていた運命の指輪が一瞬パアッと金色に光り輝いたのである。
「………えッ！？」
この指輪は新たなモンストルゥムの依巫が現れる兆しを示す神具で、その依巫に触れれば二度だけ眩く光を放つと説明を受けている。
吉継は急に真顔になって右手と汐恩の顔をマジマジ見比べた。
「汐恩………お前………」
「何ですの？」
不思議そうに首を傾げる汐恩に吉継は「何でも無い」と手を振った。
汐恩は優勝の品をチームに渡すと深々と頭を下げた。
「コバ君、今日まで色々ありがとうございました」
「おう、よかったな。これで細川家の面目も立つぞ」
「いえ、家名より私が変われた事が嬉しいのです。これはコバ君のお陰です。本当にありがとう」
虚栄心の欠片もなく汐恩は吉継の両手を包み込んで素直に目を細めた。
しかし吉継はその笑みには気付かず汐恩の手の中で再び光る自身の指輪を呆然と見つめていた。
「オホン！私も少しは協力したと思うんだけど」
秀晶が咳払いしてその手を離させた。
汐恩は「そうでした」と笑って晶にも礼を言った。
「それよか、テンムちゃん遅いね。クラス集計の方はどうなったんだろう」
一般投票は終わったけれどクラスの投票結果は武美から知らされていない。
「結果ならもう出てるわよ」
後ろから元が一枚の二つ折りにされたＡ４用紙をヒラヒラさせながら現れた。
「元」
「テンムちゃんが汐恩にも渡してくれってさ。はい、投票結果」
ブスッと不機嫌に元は汐恩へ紙を渡した。
「何、クラスの結果出たの！？」
チーム汐恩が一斉に集まってその広げられた用紙を眺めた。
汐恩は内容を読み上げた。
「男子・松平票一、細川票十四、女子・松平票三、細川票十二」
この大勝の結果を受けて全員が「あー」と同情の目で元を哀れんだ。
「ちょ、そんな気の毒そうな目で見ないでよ！」
「元の所の女子票は多分クロと真央か、しかし、それ以外全員こっちって………」
「うるさいわよ、コバ！私だってこんな展開予想外よ。まさかラム酒嫌いがそんなに多いなんて思ってなかったもん。それに、長月も途中から汐恩の映像見て急に緊張しちゃったみたいでミスばっかで、私もフォロー出来なかったし。色々マズかったわよ」
「それだけ敗因の分析出来てりゃいいんじゃねえの」
「うるさいって言ってるでしょ。落ち込んでる長月を励ましにいかなきゃならないから以上ね」
「おい、元、待て！」
吉継はその肩を掴んで引き留めた。
「お前、俺に何か言うことあるだろ、ん～？」
勝ち誇った笑みを浮かべる吉継に元は「ああ、もう」と振り返って頭を下げた。
「前の言葉は取り消します。あんたのお母さんは凄いです。それにあんたのお菓子も凄かった。ごめんなさい」
「結構！」
「汐恩も人望がないなんて酷い事言ってごめん。でもさ、大茶湯、これで最高に盛り上がったからよかったでしょ？」
頭を上げた元はガッツポーズをした。
汐恩は驚いて言った。
「元さん、貴女まさかこのイベントのためにわざと私達を挑発したんですの？」
「さあ」と元は意味深の笑みで返した。
「あ、それよりコバ、ちょっと」
グイと吉継を引っ張って元は小声で聞いた。
「私達に入れた男子の一票ってまさかあんたじゃないでしょうね。同情票なら怒るよ」
「馬鹿、俺がそんな寝返る真似するか。誰かの気紛れじゃねえの」
「そっか、気紛れか。じゃいいや。汐恩、勝利おめでとね」
「あ、いえ、どうも」
足早に立ち去る元の後ろ姿に汐恩は忍び笑いをした。
「フフ、私達結局元さんの掌の上で踊らされていたような感じですね」
「関ヶ原が大好きな馬鹿だからな、アイツも」
「元さんも度量の大きな人物ですね」
「そうだな。それよかそろそろクロージングイベントの最後の落語、そこのステージで始まるぞ。『荒茶』、お前ももちろん観るだろ」
「あ、はい。梅町先生にお帰りの挨拶をしてから参ります」
「じゃ、俺達先に場所取りしてるな」
「では後に」
汐恩は二人に手を振ってから師匠の見送りを済ませ、会場へ再度向かっていた。
やがて吉継と秀晶の姿を確認すると汐恩もそこへ足を進めた。
と、その時、
【汐恩、あの者達に妾（わらわ）の事を話さずともよろしいのですか？】
汐恩の心の中に玉を転がすような声が響いた。
【珠姫（たまひめ）？】
汐恩はバレッタに触れた。
【彼の二人は紛れもなくモンストルゥムの依巫でしょう。恐らく尸者（ものまさ）として憑いているのは小早川金吾どの、そして大谷刑部どの。なれば妾は同士。貴女のこの髪留めに憑いているのは細川ガラシャであると正体を明かしても差し支えありませんよ】
【いいえ、それは未だ控えておきます、珠姫】
【何故？妾は一向に構いません】
【私はモンストルゥムの依巫の中でもＲＥＩＮＣＡＲＮＡＴＩＯ（レインカルナーティオー）の依巫、つまり私は姫の魂の生まれ変わりなのですから、二人とは依巫の純度が違います。なので暫し様子を伺いたいと】
【ふふふッ、それだけではないでしょう。汐恩、貴女は彼の小早川どのを憎からずと思っているはず。その彼に依巫だと知られればどう思われるか不安なのでしょう】
【そ、そんな事はありません】
汐恩は真っ赤になって否定したが珠姫はそれを更に否定した。
【魂の分離たる妾には隠し立ては無用ですよ。それに恋は女子にとって一番大切な事。自分に素直になりなさい。まして彼の者は依巫の中でも特に珍しい巫覡（ふげき・男の依巫）、レインカルナーティオーの依巫とは充分釣り合いが取れると思うのですが】
【しかし、コバ君が気に入っていたのは珠姫であって私ではありません】
イジイジ汐恩は指をこねくり回した。
【いいえ、貴女は変わりました。それも充分魅力的に。それにああいう鈍い手合いは積極的に出ないと全く気付きませんよ。なんなら先程の桜みたいに私のＶＩＣＥ ＶＥＲＳＡ（ウィーケ・ウェルサ）で時間を進めて力を貸しましょうか？】
【珠姫、あれは些かやり過ぎです。桜の開花時期を変えるなどネットでも大騒動になってます】
【咲き誇る 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ　人も人なれ、ですよ】
【もう、全く貴女は昔から変わっていませんね。手術後に頭の中で声が聞こえるなど、最初は病気の後遺症か、幻聴かと自分を疑いました】
【貴女は頑なでしたからね。妾が貴女の母者の事を教えようとしてもそれだけは頑迷に聞き入れようとはしませんでしたし。今はこうして誤解も解けめでたく終結しましたけれども。全てはあの小早川どののお陰でしょう】
【はい。彼には感謝してもしきれません】
【ならば攻めなさい。そして勝利をもぎ取るのです。貴女の母のマリアも娘の貴女を応援しているではありませんか。小早川どのにこうも申しておりました。『¿Te casarás con mi hija bonita cuando crezca?（大人になったら私の可愛い娘と結婚してくれますか）』と】
【そ、それはママが勝手に言っていただけです】
焦って汐恩は反論した。
【私が通事となり訳してあげたのに平気な顔をその場でよく取り繕えましたね。しかし、貴女の心の臓は早鐘の如く脈打っていたのを妾は知っていましたよ。いっそここで彼を好きだと認めなさい】
【珠姫！】
【あれあれ、この期に及んで汐恩はウブですね………おや、少し雲行きが変わってきたようですよ。大谷嬢を見なさい】
珠姫は汐恩に秀晶を注視するよう指示した。
視線の先には肝を冷やしてこちらを垣間見ている秀晶がいた。
「えッ、汐恩が依巫！？嘘！！」
吉継から推論を耳打ちされた秀晶が遠くの汐恩を振り返った。
「しッ、声がでかい！」
荒茶の落語で皆が笑っている中、吉継は人差し指を立てた。
【マジで？何か話し掛けられたの？】
前に向き直りアルスで秀晶が確認してきた。
吉継は刑部との約束で指輪などの事は内緒にして語った。
【いや、今までの言動を考えると辻褄が合うんだよ。さっきの桜の開花も汐恩か尸者の能力だとすればおかしくないだろ？】
【そういえば汐恩だけ驚いてなかったね。でもどうして私達に黙ってるの？警戒してる風でもないし】
【理由は分からないけど、こっちも知らない顔でいる方がいいと思う】
【ね、ヨシ、汐恩の尸者ってもしかして………】
【十中八九、ガラシャだろうな】
元々細川ガラシャは当時「フォム・モンストロ」と呼ばれており、超人的な才能の持ち主であったと伝わっている。汐恩の従者となればその能力が何らかの形で発揮されても不思議では無かった。
吉継もチラリと汐恩に振り返った。すると汐恩ははにかんで小さく手を振りこちらに小走りで向かってきた。
【ど、どうしよう、ヨシ】
【そんなに慌てなくてもいいだろ。お前らもう親友なんだし、普通に接すれば】
【うー、なんか複雑だよ】
秀晶は身を隠すように吉継の右にピッタリくっついた。
「あら、もう中盤にまで差し掛かっているんですね」
汐恩は吉継の左肩に寄り添うように並んだ。
「コバ君はこの江戸落語はご存じ？」
「ああ、『荒大名の茶の湯』だろ？元は『関が原合戦記・福島正則荒茶の湯』だったかな」
落語『荒茶』は福島正則・加藤清正・池田輝政・加藤嘉明・浅野幸長・黒田長政が本多正信の茶の招きに応じたのであるが、主役の細川忠興以外は茶の作法を知らず、茶席で忠興の真似をして全て失敗しお笑いに終わるという筋書きである。
「まあ、これは史実なら殆どの大名がお茶を嗜んでいたから成り立たないんだけど、落語ならではだな。でも忠時さんもやるな。イベントの最後をこんな面白い笑い噺で締めるなんてさ」
ニカッと笑う吉継に合わせて丁度隣の公園の桜から風で舞った花びらが会場に舞い落ちてきた。
落語も落ちがついてその場がどっと笑いの渦に包まれた。
汐恩はその不思議な光景に思わず口に出した。
「あの、コバ君、大人になったら私の家の専属シェフになって頂けませんか？」
「は？」
「ですから将来は私だけに料理を作って頂けたらと」
すると吉継は「はー」と息を吐いて断った。
「あのな、どこかのお抱えなんてよっほど腕が立たないと駄目だし、それに俺は特定の人間だけじゃなく色々なお客さんに料理を食べてもらいたいんだ。悪いな」
「あ、いえ、そういう意味ではないのです」
「どういう意味だよ」
「それはつまり………」
暫くマゴマゴとしていた汐恩はやがて思いの丈を口にしかけた。
「私のだん………」
すると汐恩の言葉を遮るように唐突に吉継の背中にドンと何かが突進してきた。
「ぐわッ」
吉継が振り返るとそこには恨めしい右目を光らせた長月が立っていた。
「く、クロ？」
長月はそのまま吉継のみぞおちに「ヨシの馬鹿」と頭突きをゴンゴンと何度も食らわせた。
「いてて。おい、クロ止めろって」
「菓子作り、手加減ぐらいしてよ、馬鹿。私が本気のヨシに勝てる訳ないじゃん。それなのにさ、終わってもこうやってずっと汐恩とか晶とばっかといるしさ。ヨシなんて地獄の業火でローストされてケルベロスのドッグフードになればいいんだよ」
「あー、悪かった悪かった」
吉継は長月の頭を手で受け止めてグシャグシャと髪を撫でた。
「後でちゃんと様子見に行くつもりだったんだ。ほら、さっき露店でお前用に買っておいたヤツ」
吉継はポケットから小さな桜餅を象ったストラップを手渡した。
長月は惚けた顔を上げた。
「これ私に？」
「ああ。でも親友のお前が敵になるのは今日で勘弁な」
すると長月はそれを早速スマホに付けて不敵に笑った。
「うむ、捧げ物とは褒めてつかわす。汝を我の下僕にしてやらんでもないぞ」
「どこの魔王だ、お前は」
吉継は長月の額に軽くデコピンした。
「ねえ、ヨシ、私には無いの？」
秀晶がストラップを羨ましそうに見て吉継の腕を揺すった。
「私だって色々協力したし、アカペラだって何度も歌って声枯れそうになるまで頑張ったんだから。なのに長月だけなんて依怙贔屓～」
「こら揺らすな、ちゃんと買ってあるって。ほい、これ、焼き鯖寿司のマグネット」
吉継はポケットから押し寿司の形をしたプラスチックのメモ止めを渡した。
秀晶は苦笑いの片唇を上げた。
「………嬉しいけど何か違う」
「何だよ、クロと同じフードシリーズだぞ」
「まさか汐恩の分は卵の何かとかじゃないでしょうね」
「よく分かったな」
吉継は小さなフライパンに焼かれている黄身が二つある目玉焼きチャームを取り出した。
秀晶は哀れんだ表情で吉継の肩に手を置いた。
「ヨシ、少しは女の子の好みとか勉強した方がいいと思う」
「何だよ、黄身がダブルだぞ。可愛いだろうが」
「そういう視点じゃなくて。いや、色気のないヨシに期待した私が馬鹿だった」
心底呆れる秀晶であったが、汐恩はそのチャームを吉継の手からひょいと取り上げた。
「これ、私に頂けるんですよね？」
「あ、ああ」
「私は気に入りました。大切にします。それと長月さん、本日はお疲れ様でした。結果はどうであれ良い戦いだったと思います。だからこれを機に私ともお友達になって頂けませんか？」
汐恩は柔和な笑みを浮かべて長月に握手の手を差し出した。
「へ？相手間違えてない？私だよ」
長月は手を出すのに戸惑った。何せこれまで反抗心丸出しで冷酷な眼差しを向けられていた相手であったのが今ではまるで別人に変わっていた。
「いいえ、貴女です、長月さん。私達が限界まで追い詰められたのは長月さんの力量があってこそです。私は茶を嗜む一人として貴女を尊敬します。それに私、密かに晶さんと長月さんが仲良くしているのが羨ましかったんです。これからは私もその輪に加えてもらえたら嬉しいです」
すると長月は手を握り返して笑った。
「そうか、クックックク。よかろう。貴様も我の手下になりたいと………いたッ」
長月は吉継にまたデコピンを食らわされた。
「今は厨二を封印しろ。汐恩、こんな弾けた奴だけどよろしく頼むな」
「はい」
「それよかさっき何か言い掛けてなかったか？」
「いえ、今日は止めておきます。それよりまた新学期から皆さんよろしくお願いします」
汐恩は爽快に笑って答え、大茶湯は無事に終了した。

それから春休みは終わり、四月七日（金曜日）の始業式では五年一組はそのまま六年一組と繰り上がり、担任も副担任も全く同じ顔触れとなった。
そうして四月十日の月曜の朝のＨＲでは学級委員長を決めるよう武美から指示があったが、何と汐恩が元を他薦した事で呆気なく決定した。
これには汐恩対元の選挙戦になると予想していただけに、推薦された元だけでなくクラス全員も驚いていた。
「汐恩、お前、本当に委員長にならなくていいのか？」
席替えのくじ引きで吉継の右隣の席に座った汐恩へ吉継が聞いた。
「ええ、委員長には関ヶ原を愛する元さんが相応しいと思います」
恐らく今回のクジにも細工し、吉継の隣の席を選んだであろう汐恩の真意を確かめるべく吉継は尋ねた。
「で、本心は？」
汐恩はサラリと本音を話した。
「委員長の仕事をしている時間の余裕がありません。春から私、すべき用件が増えましたので」
「習い事でも増やしたのか？」
「実は音依さんにお願いして週に何度か料理を教えて頂くことになりましたの」
「え、母さんに？俺そんなの聞いてないぞ」
「だって内緒にしてもらってましたもの」
「マジ？」
「大マジです。だから夜ご飯も貴方の作った物を御馳走になると思います。ですからよろしくお願いしますね、晶さん」
汐恩は吉継の左席の秀晶に声を掛けた。
秀晶はその事を音依から聞かされていただけに反対も出来ず、ただ「むー」と不満げに唸っていた。
「まあ、母さんが了承してるなら仕方ないか」
「それでですね、その、二つほど貴方にお願いがありますの」
「ん？」
「これ、詳しく教えて頂けませんか？」
汐恩は目玉焼きチャームの付いたバッグの中から戦国無双のソフトを取り出した。
「何、お前、買ったの？」
「はい。お父様にお願いしてハードも買って頂きました。でも出来れば夕食後にヨシ君のお宅で一緒にプレイしたいのです」
「そりゃ構わないけど………ん？ヨシ君？」
「それが二つ目のお願いです。よろしければ今日から名前で呼ばせて下さい」
「そんなのは別に好きに呼べばいいんじゃねえ。晶もクロもそう呼んでるし」
「よかった。ではこれを！」
汐恩は次いで参考書の山を吉継の机の上にドサドサと積み上げた。
「な、何だ、これは？」
「本日より私がヨシ君の勉強を念入りに教えて差し上げます。細川家に入って頂くためには親類縁者に認めてもらうようそれなりの学力も必要ですので」
「細川家にって。お前、専属シェフの件は断っただろうが」
「そうではありません。ああ、もどかしい」
汐恩は業を煮やして言った。
「つまりは私の忠興になって頂きたいのです！」
「は？」
「ちょっと、汐恩、それどういう意味！？」
吉継の代わりに秀晶が立ち上がって問い質した。
「そのままの意味ですわ。晶さん、今日からまたライバルに戻りましたけど、違うライバルにもなりました。しかし私こればかりは譲れませんのでお覚悟の程を」
汐恩はニコリと不敵に微笑んだ。
「汐恩、あんたねえ、よくもいけしゃしゃあと」
「おい、何を言い合ってるんだ。二人とも仲良くしろよ」
「仲良くなんて出来ないわよ！」「仲良くなんて出来ませんわ！」
秀晶と汐恩は揃って吉継に噛み付いた。
すると、聞き耳を立てていたクラスの男子がいつの間にか吉継の周りを取り囲んで、
「ほう、両手に花とは良いご身分だな、ええ、ヨシ？」
「いつの間に細川さんとそんな深い仲になったんだ？」
「大谷さんに飽きたらず今度は細川さんにまでたらし込んだか」
などと散々言い立てた。
「おい、何を言ってるんだ、お前達は！晶も助けてくれ」
吉継は秀晶を振り返ったが秀晶は「大谷さんに飽きたらずって、もう」と照れた顔で嬉しそうににやついていて話にならない。
三大がポンと肩に手を置いて冷静に言った。
「鳶に油揚げをさらわれるってのはこういう事なんだな」
「ち、ちょっと待て。だから意味分からないって言ってるだろ」
吉継は言い訳を試みたが誰も聞く耳持たずに男子の怒号が教室にこだました。
「この小早川の裏切り者―――――ッ！！！」

了
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		<title>菓子は菓子なれ⑱</title>

		<description>「業者にオーダーするには時間が足りませ…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 「業者にオーダーするには時間が足りませんから。でもママはとても楽しそうです」
「それならいいんだけど。それよか、汐恩、あそこで伊知花と咲良が何か弄ってるけど平気か？」
吉継はさっき汐恩が立っていた舞台を指さした。そこには料理が盛られた皿を持ちながら伊知花が壁のスイッチを興味深げに触っている。
すると何かのスイッチを押してしまったのか、グインという機械音と共に天井からミラーボールや間接照明がゆっくりと下がってきて、会場中を様々な色でキラキラ照らし出した。
奥の壁には巨大なスクリーンも同時に降りている。
「わッ、何、これ？汐恩、ごめん、変なボタン押しちゃったみたい」
伊知花が慌てて汐恩に大声で手を振ってこっちに向かってきた。
「焦らずとも大丈夫ですわよ、伊知花さん。それただの通信カラオケのセットです」
「カラオケ？」
「ええ、ここの迎賓館には様々なお客様が出入りなさいますから、歌好きの方のためにお父様が設えたのですよ」
「お、じゃあ、何でも歌えるの？」
「業務用なので大体は可能かと」
「なら食べながら大会やろうよ。こんなオケボみたいなのあるなら歌わないと損じゃん」
「あ～私も歌いたかも～」
咲良も隣で手を挙げた。
それを聞いたチーム全員が「カラオケ大会いいね」とわらわら集まってきた。
「おい、汐恩どうするよ？」
吉継が思い掛けない状況に苦笑した。
「今日は慰労会ですからよろしいんじゃありません？皆さん、只今用意させておりますので暫しお待ちを」
すると舞台用テーブルと楽曲検索タブレット、数本のマイクなどをお手伝いさんが運んできた。
「じゃ、歌う順番はクジ引きでね」
伊知花がナプキンで作った即席クジを全員に引かせた。
その結果、一番が吉美、二番が咲良、三番が吉継、四番が愛輝、五番が近子、六番が汐恩、七番が伊知花、そしてトリが秀晶となった。
「んじゃ、チーム汐恩、カラオケ大会の始まりだー！」
伊知花がノリノリで吉美にマイクを渡した。
そうして歌会は始まり、吉美はＧＲｅｅｅｅＮの『キセキ』、咲良が西野カナの『トリセツ』、吉継が日野聡の『六の巷に』、愛輝が星野源の『恋』、近子が中島みゆきの『糸』、そして汐恩が島津亜矢の『お玉』、伊知花がチュリサスの『バトル・メタル』を歌った。
「い・ち・か～、お・ま・え・は～」
吉継は額に怒りマークを浮かべて、歌い終わって満足している伊知花の口にバゲットを丸まま突っ込んだ。
「ちったあ空気を読め。なんでここでへヴィメタル歌うんだよ！みんな引いてただろうが！」
すると伊知花はパンを噛み切りゴクリと飲み込んで反撃した。
「いいじゃん、好きな歌歌っても」
「時と場所を弁えろって言ってんだよ。それに何だあの歌詞は。どこの勇者だ、お前は！」
「あ、チュリサスの良さが分からないなんてモグリね、あんた。あれを口ずさみながら敵を銃撃する快感たらないのに」
「ここはサバゲーフィールドじゃねえ」
すると汐恩がその奇妙な遣り取りを見て、
「ぷっ、ククク、アハハハ！」
溜まらず大笑いした。そして涙をぬぐいながら伊知花を庇った。
「私、こういう音楽初めてですけど面白かったですよ、伊知花さん。活き活きと歌ってらっしゃったんですもの。コバ君、今日は慰労会ですし、どんなジャンルでも構いません」
伊知花は汐恩の背中に回り込み、両肩を掴んで吉継にべえと舌を出した。
「ほら、汐恩だってこう言ってるじゃん。大体コバだって無双のキャラソン歌ってたし。この下手くそ！」
「うるさいよ。本当はさくらゆき歌いたいんだけどカラオケに入ってないから代わりに歌ったやつだから練習もしてねーの！」
「男の癖に言い訳するな。それより汐恩の演歌始めて聞いたよ。ガラシャの歌ってあったんだね」
「はい。私の大好きな曲の一つです。それより晶さんがそろそろ歌われますよ」
汐恩は舞台を指さした。
するとピアノの伴奏と共に秀晶の迫力ある声がうねる波となって館内に響いた。
声域が驚くほど広く、バイブレーションの利いた声は聞く者の体を震えさせ、今までの歌とは桁違いにレベル差を見せ付けていた。
「これ、確かイギリスの歌姫、アデルの『ハロー』ですわ。二年前に大ヒットした」
まさか秀晶が洋楽のバラードを歌うとは予想していなかった汐恩はその伸びやかで声量のある歌声に忽ち酔いしれた。
「まさにアデルそのものの声じゃありませんか。凄いですわ、晶さん」
「晶の声はある意味神の声だからな。でも俺も晶が洋楽を歌うのは始めて聞いた。さては伊知花に当てられたか。しかしあいつ洋楽もマジに上手いな」
「………晶さんはズルいです」
汐恩は秀晶の天性の歌声に聞き惚れつつ悔しそうな顔をした。
「ズルイ？」
「だって私に無いものを一杯持ってらっしゃいますもの」
「はは、晶も似たような事言ってたぞ、汐恩が羨ましいって」
「そうですの？」
「頭も良くて美人で優しくてスポーツも出来て、おしとやかで完璧だってさ」
「そ、そんな事、晶さんはお友達も多いではありませんか」
「それは最近の汐恩だって一緒だろ。俺からすれば似た者同士だよ。俺なんて歴史と料理以外は興味ないからなあ。単純にお前達はすげえと思う」
「でも何かに特化するのは悪い事ではございませんわよ。一番に秀でていればそれは立派な才能です。コバ君も世界一の料理人になればよろしくて」
「サラッと簡単に言ってくれるな、おい」
「男児たるもの大志を抱かねばいけません。しかし、本当に晶さんの歌声は神の声ですわね。お一人なのにまるで賛美歌を歌う合唱団のように響きます」
「！」
この時不意に吉継の脳裏に何かのイメージが過ぎった。
「汐恩、お前、今なんて言った？」
「え、晶さんの声は神の………」
「その後だよ！」
「賛美歌を歌う合唱団のようだと」
「それだ！！」
するとここで吉継は歌い終わったばかりの秀晶の元へ猛ダッシュで走って行き、タブレットリモコンを操作してから曲名とアーティスト名を秀晶に示した。
「晶、この曲歌えるか？」
「どうしたの急に？」
「いいから教えてくれ」
「あ、うん。ヘイリーのなら歌った事あるよ」
「じゃあ続きで悪いけどこれ歌ってくれ」
「え、今から？」
「頼む！茶会の成功はお前にかかっているかもしれないんだ。詳しい理由は後で話すから」
合掌して頼む吉継に秀晶は短く息を吐いた。
「訳分かんないけど、ヨシの頼みじゃしょうがない。いいよ、歌う」
「サンキュ。じゃ、用意できたら頼むな」
吉継は舞台を降りて汐恩の元へ戻ってきた。
「何かあったんですの、コバ君？」
「ああ、ガラシャの茶を飾る最後の一押しがやっと見つかったんだよ。舞台に注目していてくれ」
「あ、はい」
汐恩は吉継の言に従って歌う準備を整えた秀晶を見つめた。
すると静かなピアノソロから始まったその曲に秀晶は歌を乗せた。
「………」
それは三分ほどの短い歌であったが、会場の誰もが物音一つ立てず静かに聞き入っていた。
汐恩はその歌に体中に鳥肌を立てていて、聞き終わると吉継に向いた。
「コバ君、まさかこれを私の茶屋で」
「どうだ、インパクトのある演出になるだろ？タイトルもずばり『恩寵』だしな」
「はい！これなら、これならもう負ける気が致しません！」
「ちょっと、コバ、汐恩、何か私の歌で盛り上がってるみたいだけど一体どういう事なのよ」
舞台から降りてきた秀晶が尋ねてきた。
吉継はチーム全員を集めるとその理由を話した。
すると全員の顔が嬉しそうに輝いた。
「これは絶対イケるよ！」
声を揃えてみんなが頷いた。
そんな興奮冷めやらぬ中、秀晶が汐恩に向いた。
「あ、汐恩、どうせならみんなで景気付けにアレやらない？」
「アレ？」
「ほらほら、円陣組んで、こうやって手を合わせてさ」
秀晶は七人全員を近くへ呼び寄せると丸くなって手を円の中心に重ね合わせさせた。
「わはッ、これ野球とかでよく見るヤツだ。最後にオーって手を挙げるの」
伊知花がワクワクして言った。
秀晶が隣の汐恩に向いた。
「汐恩、あんたが茶屋のリーダーだから発破掛けてよ」
「私がですか？」
「当たり前でしょ、チーム汐恩なんだから。ほら、早く早く。簡潔にパワーが出るの頼むよ」
「わ、分かりました。では」
すうっと息を吸うと手を一番下に置いていた汐恩は叫んだ。
「敵は桃配山にあり！皆さんで関ヶ原をひっくり返しますわよ！」
「オウ！」
威勢良く全員の手が高々と挙がった。

それから時が経ち、遂に四月一日、「関ヶ原東西大茶湯」が開催された。
雲一つ無い暖かな晴天という理由もあり、また徹底した宣伝も効果があったのか、初日の会場は町中大賑わいとなっていた。
全国各地から集まった武将隊は甲冑姿が禁止なので直垂(ひたたれ)姿で参加している。
一般客は長命寺と道明寺という二種の東西桜餅を愉快そうに食べ比べていたし、懐石弁当や日本全国の茶菓子販売のテントには長蛇の列が出来、朝妃が売り子に専念したひすとり庵ブースでも「越中寿司」は瞬く間に売り切れていた。
茶道具や、御茶屋、陶磁器市にも大勢の客が集まり、各種イベントも滞りなく進行していった。
忠時が亭主を務める黄金の茶室コーナーと、野外の三英傑による能狂言は特に集客率が高かった。更に着物を着てくれれば二百円割引の効果もあったのか、客の中には女性、男性を問わず着物姿も多く見られ、外国人観光客も出張していたレンタル着物を着て楽しんでいるようであった。
また、体験できるとあってか、簡易の茶道教室と茶杓造りコーナーにはそれら外国人観光客が押し寄せ、その脇には通訳チームの指導者でもある音依が控えていた。
音依は以前より大茶湯のＨＰを英語・フランス語・ドイツ語・スペイン語・中国語・韓国語などに訳しており、日本各地から学生の通訳ボランティアを募っていた。それに応じた学生は船形をした通訳証明書を首から提げていて、それはどの国の言葉が話せるのか色分けしてあり、外国人からすると一目瞭然で彼らは便利な案内役となっていた。
しかしメインイベントはやはり茶屋比べである。
「大人の部」と「中高生の茶道部の部」は土日の二日間通しで行われる。
様々の流派が競い合う茶屋には何枚ものチケットと、プリントされた茶会記を持ったお客が並んでいて、「どこどこの茶屋の造りがいい」だの「あそこの茶菓子が美味しかった」だの「何とか学校の茶道部は結構上手」だとの会話がそこら中で飛び交っていた。
そうして一日目の大茶湯は無事終了し、二日目の日曜日を迎えた。
いよいよ茶屋比べ「小学生の部」の対決である。
ただし、この部は元と汐恩の二組しか申請がなかったので事実上の一騎打ちとなっていた。
「うわー、テレビ来てる。緊張するよ～」
水家に控えているお運び役の女子達のはしゃぐ声がテントの中から漏れ聞こえてきた。
どうも忠時が面白がってライブ映像を中継する会社に依頼したらしく、吉継の控えている近くのモニターには笹尾山駐車場に設けられた織部流茶屋の様子が映し出されていた。
（やっぱり向こうの方が並んでるな）
古田織部の肖像画を等身大にプリントアウトした看板が備えられている案内所の前には既に開場を待つお客が三十人程ズラズラと列をなしていた。
紺の長着とグレーの袴を着けた吉継はこちらの茶屋の受付を眺めて人数を数えた。
「こっちは十人か。やっぱり最初から差を付けられてるな」
吉継はこの日のために茶会記とは別にスペインのテルエル焼きや、汐恩が着る色鮮やかなガラシャの着物などをインスタグラムやツイッターにアップしていた。
しかしそれは向こうも同じ考えで織部の歪んだ沓形茶碗や、織部がいかに美濃との接点があるかなどを面白おかしく書き込んでいた。
息を吐いて見上げた桜の木には二分の花しか咲いておらず寂しい風景となっている。
「こら、小早川君。新学期からは六年生になるんだからそんな暗い顔してちゃ駄目よ」
吉継の視界を覆い被さるように急に皇武美の顔が近くに迫った。
「わッ、テンムちゃん！」
驚いて吉継はひっくり返った。
「いてて」
「あら、ごめんなさい。驚かせちゃったかしら。でも担任に向かってテンムちゃんは止めなさいね」
武美は起き上がった吉継の背中についた芝を払いながら笑って謝った。
「どうして先生がここに？」
吉継はキョトンとして尋ねた。
教師らしい白黒のスーツに身を固めた武美は呆れて話した。
「あら、どうしてとは心外ね。茶屋比べのクラス審査の責任者は私でしょ。一般審査とは別にクラス投票の結果を知らせるのは私の役目」
一般審査は三百の茶菓子が無くなるか、つまり三百人が茶屋に来てくれるか、そしてどちらの茶屋が優れているかの一般客の投票であり、それは音依たち船団の方からの発表となるが、クラス投票はあくまでも内々の競争なので、茶屋比べが終了したのと同時に武美が男子と女子に色分けした投票用紙を集めに両陣営を回るのである。
要するに一般審査とクラス投票を総合して元と汐恩のどちらが勝っているかが今日決まるのである。
「さっき訪問してきたけど松平さんの茶屋は随分賑わってたわね。前評判も良いみたいだし」
赤い野点傘が立てられたこちらの緋毛氈の縁台をチラリと眺めてから武美はスマホのＳＮＳをチェックした。
吉継は強がった表情を作った。
「それは想定内ですよ。勝負は今からです。ただ折角の桜が満開だったらなと考えてただけです」
「ふふ、その意気なら面白くなりそうね。あ、そろそろ会場入りの時間だわ。じゃ、先生も応援してるから頑張ってね」
武美はそそくさとその場を後にした。
そうして二日目の開会を宣言する町長のスピーチが終わった途端、汐恩の待つ五畳の畳敷き茶屋へ若草色の一ツ紋袷の女性が静かに歩いてきた。年の頃は五十代前半で、髪を綺麗にまとめ上げ厳とした表情を崩さずに吉継へ会釈した。
（この人が汐恩の師、三斎流家元・梅町昭子先生か。見るからに厳格そうだな）
吉継も出で立ちを観察しながら丁寧なお辞儀を返した。
汐恩から聞くところによると昭子は弟子にも容赦は無いらしく、汐恩の母マリアが褒められているのはむしろ珍しい方だという。
【この宗匠にお嬢の茶が認められるか否かが勝負の分かれ目になるのう】
袂に入れてある金吾が言った。
【ああ、会場のお客がスマホで観れるよう動画サイトでライブ中継されているからな。賭けに失敗すると逆に大打撃を食らう可能性もある。薄氷を踏む思いだけれど、後は運を天に任せるしかないな】
それから各茶屋に少しずつ客が流れ始めた。
正客となっている昭子の隣には県知事や関ヶ原町長などが正座していた。
「汐恩さん」
昭子が電器風炉の前で支度を調えたカラフルな着物姿の汐恩に声を掛けた。
「はい、先生」
元結い髪の汐恩は軽く頭を下げた。
「本日は大茶湯の主催者側の要望で色々な場面で茶屋や道具の質問をしてほしい言われてます。本来の作法とは大きく離れておりますけんどそれは堪忍しておくれやす」
「それは私も伺っております。何なりとご質問下さい」
「ほな早速」と昭子は茶屋を見渡した。
元達の茶屋を印刷した衝立で三方を囲うのでなく、桜の木を背景にした汐恩の茶屋は、汐恩の背後に畳一畳程の縦長の厚いアクリル板で出来た衝立が三枚並列に立っていて、脇の二枚にはキリストの誕生と磔刑を表したステンドグラスのシールが対に貼ってある。そして中心の衝立には「和敬清寂」と書かれた掛け物がまるで宙に浮いているようにも見えた。
ちなみに「和敬清寂」は茶道の心得を現した言葉で、和はお互い仲良くする事、敬はお互い敬いあう事、清は物と心が清らかである事、寂はどんな時にも動じない不動の心を持つ事を意味する。
そしてその掛け物の下には緑色と黒が特徴のテルエル焼きの壺にベビーピンクのカーネーションの花がこんもり活けられていた。
「あんさんのお姿は細川ガラシャの着物。ほなこの風変わりの茶屋にも何か意味がおますな」
「左様にございます。先生のご賢察の通り、私達の茶室は全てガラシャに関する物で造られております」
「そうですな。壁のステンドグラスはイエス・キリスト、キリシタンに改宗したガラシャならばそれは理解出来ます。そやかて他のものはえらいけったい（奇妙）でしょうがあらしまへん。先ずその魚の印が周りに描かれている花入れから伺いましょか」
昭子は花瓶の曲線が上下に交差した魚の模様に目を遣った。
汐恩は丁寧に答えた。
「はい、この花入れは私の母の故郷であるスペインのテルエルの陶器です。ガラシャはスペインの宣教師とも交流がありました。またその魚はキリストを表した印なのです。ギリシャ語でキリストはΙΗΣΟΥΣ　ΧΡΙΣΤΟΣ　ΘΕΟΥ　ΥΙΟΣ　ΣΩΤΗΡ（イエスース・クリストス・テウー・ヒュイオス・ソォーテール）と言い、イエス・キリスト・神の・子・救い主となりその頭文字を集めるとΙΧΘΥΣ（イクトゥス）となり、それはギリシャ語で魚を意味します。つまり魚は古代のキリストのシンボルであったのです」
「なるほど。ほな花は？あないな西洋の花を飾るんは普通考えられまへんえ」
「カーネーションはスペインの国花です。それと同時にカーネーションは感謝を意味します。私は花入れと、後に出てきますが茶碗をテルエルで用意してくれた私の母に感謝したいとこの花を選びました。またガラシャの元となったグラティアの言葉はスペイン語のありがとうのグラシアスにも変化しましたので敢えてカーネーションを活けたのです」
「ふむ。そやけんど何故に壁を透明に？」
「それは利休七則の一つに従ったのです」
「茶聖の？」
「はい。御存知のように七則は『一、茶は服のよきように点て　二、炭は湯の沸くように置き　三、花は野にあるように　四、夏は涼しく冬は暖かに　五、刻限は早めに　六、降らずとも傘の用意　七、相客に心せよ』の利休居士が唱えた茶の極意です。私達はその三の『花は野にあるように』との教えから壁を透き通らせました。この壺に活けてあるカーネーションの後ろに立つのはソメイヨシノの木です。掛け物はその木の幹に掛かっているように見えます」
「ほな壺は空にすべきでは？」
「桜がもっと咲いていれば私もそうしていたかもしれません。しかし、茶屋全体の調和を考えると花が無くては纏まりに欠けてしまいます。それにこの茶屋は和洋折衷、花はやはり西洋のものが最適だと判断したのです」
臆することなく汐恩はニッコリ笑って説明した。
対して昭子は黙って頷き、次いで汐恩の手元に視線を移した。
「その茶杓はどないです？」
そこには茶筅と共に茶碗に立ててあるガラス製の長い茶杓が見えていた。先端はスプーン状になっており、反対の持ち手の飾りは百合の形になっていた。
「これは大阪玉造教会にある壁画のガラシャが手に持っている百合をそのままイメージしたものです。百合は聖母マリアの象徴でもありますので」
「ちゃいます。材質を問うておりますのや。竹でのうてガラスの訳は？」
「この茶杓の原型はマドラーです」
「マドラー？お酒を混ぜるあれですか？」
「はい。それはお茶菓子を召し上がって頂いた後で説明致します」
汐恩は吉継に目配せした。吉継は九曜紋の幔幕に覆われた水屋の中に控えている女子達に無言で合図した。
すると中から菓子が五つ載った盆を持って伊知花達が颯爽と姿を現した。
「何とまた！」
昭子を始め、この茶屋の縁台に座っていた客もその風体に全て驚愕した。
何と全員が修道女に扮していたのである。
黒いベールを被り、胸元には、本物の十字架の代わりに金糸でそれが刺繍してあった。
着物を想像していただけに度肝を抜かれた客は呆気にとられるしかなかった。
「汐恩さん、こら一体」
「別段驚かれる事ではございません。ガラシャが生きていた戦国時代はキリスト教教会の中に茶室が造られていました。もちろん当時の日本に外国の修道女がいた訳ではございませんが、この茶屋はキリシタンの茶屋です。ですからここの茶屋の窓はステンドグラス窓なのです。それよりもお茶菓子をどうぞ」
昭子は半東でありつつ修道女姿の秀晶から菓子を配られると、懐紙に載せた、縦切りしたゆで卵を伏せたような白い茶菓子を不思議そうに見つめた。
それは葡萄の葉を象った紙の上に載っていて、その紙の端には「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている」との文字が印刷されていた。
「それが私達『チーム汐恩謹製・たまゆら』です。お召し上がり下さい」
汐恩が昭子に促した。
「え、ええ。ほんなら頂戴致しましょ」
昭子は黒文字で真ん中を割ってみた。すると外側はフワリと柔らかく切れ、中心には黄色い丸い餡が見えた。
続いて昭子は切った一片を口に入れた。
「うん、こら何や！？」
口に含むや外側の白身の部分は忽ち雪のように溶けていき、核となる黄色い餡からは爽やかで甘い果物の味が舌に触ってきた。
「もしや泡雪羹（あわゆきかん）ですか？」
昭子は汐恩に尋ねた。
淡雪羹は、寒天に砂糖を加えて作る錦玉羹にメレンゲに加えて、冷やしたものである。
「はい。そして中身は黄身餡に熊本の特産でもあるマンゴーのピューレを主張しすぎない分量だけ加え、それを卵の型で冷やし固めました」
「果物はマンゴーでおましたか」
「それだけではございません。白身の部分だけもう一度お召し上がり下さい」
「白身だけ？」
「どうぞ」
昭子は勧められるまま黒文字で上の部分だけ切って口に入れて噛みしめた。
「ん？」
溶けていくメレンゲの間に微かながら別の風味も感じられた。恐らく味覚は体験しているだろうが何故か分からない。それだけ微量な分だけが混ざっている。
ニコニコと微笑む小憎たらしい弟子に昭子は聞き質した。
「こら何が入っているのです？」
汐恩は種明かしをした。
「ワインです」
「ワイン？」
「材料の水を減らして僅かにノンアルコールの白ワインを混ぜてあります。ですからこれはいわゆるマンゴーワインカクテルの菓子なのです」
「ほいで茶杓がマドラーやと？」
ニコッと無言で汐恩は肯定の笑みを浮かべた。
「そやけんど、どないな訳でワインを入れたんです？この謎掛けには意味があるんでっしゃろ」
「はい。ワインはキリストの血だと言われています。ワインは葡萄酒です。そしてその菓子の下に敷いてあるのは葡萄の葉です。そこに書いてある文言は聖書のヨハネによる福音書十五章からの抜粋です」
「聖書の？」
「キリストは自分が葡萄の木と喩えています。キリストという木に繋がればキリストもその枝となる者に繋がるとの言葉です」
汐恩は「和敬清寂」の掛け物に首を上げて言った。
「この和敬清寂の和は和合、そして調和です。今回の茶屋比べにおいて私は友達や母を始め多くの方々に支えられてこのような茶会を開くことが出来ました。それは私にとって掛け替えのない大切な繋がりです。人は一人でなく他の人と手を携えて何かをなしえるのです。お茶の一杯も私とお客様あっての事です」
「そらそや」
了解して頷く師匠を見て汐恩は次にソメイヨシノを見上げた。
「菓子の名のたまゆらは玉が触れる僅かな時間を指します。ガラシャの名の珠子から卵のお菓子にしたのはほんの洒落でもありますけど、卵はキリスト教における再生を現します。この桜の木も何れ満開となり、そして葉桜となり、冬には枯れて葉を落とします。そしてまた再生して花を一杯に咲かせます。私達はその自然のサイクルの中に生きています。しかし歴史から見ればそれは僅か一瞬の間なのです。まさにたまゆらのように」
「ふうむ。この菓子はほんま儚げではあってもはんなりしたお味です。ガラシャの人生によう似ておりますな」
「そうです。その儚さも私達はイメージしました。人偏に夢と書いて「儚」。私達の生きている時間ははほんの短い夢の間なのです。中国故事の『一炊の夢』と同じく」
唐の青年盧生（ろせい）が、立身のために楚へ向かう途中、邯鄲（かんたん）の地で一眠りし、その夢の中で贅沢な一生を送るものの、目が覚めてみると、まだ炊きかけの粟飯（あわめし）が出来上がっていなかった。僅かな時間の喩えであるが汐恩はそれを引用した。
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		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2018-01-02T14:20:21+09:00</dc:date>
		<dc:creator></dc:creator>
		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
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	<item rdf:about="https://granpa.novel.wox.cc/entry40.html">
		<link>https://granpa.novel.wox.cc/entry40.html</link>
		
				
		<title>菓子は菓子なれ⑰</title>

		<description>「茶道と、カフェオレが？」
「そうよ。…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 「茶道と、カフェオレが？」
「そうよ。伊知花ちゃんはどうして茶道で抹茶を飲む前にお菓子を食べるか分かる？別にお茶を飲んでから後でお菓子食べてもいいでしょ？」
「それは確かに」
「実はね、その順序には二つの意味があるの。先ず甘いお菓子を食べることによってお茶の味を引き立てる事、そして二つ目は、抹茶はカフェイン含有量が多くて空腹で飲むと胃を痛めてしまうから先に食べ物を胃に入れておくっていう理由ね。これは先人の知恵。懐石料理の後で抹茶が出るのも同じ理屈よ」
「なるほど」
「カフェオレは、コーヒーを空腹で飲むと抹茶と同じで胃を痛めるからミルクを半分混ぜることでそれを緩和するよう医者であったシュール・モナンによって考案されたのよ。喫茶文化は違えども考えている事は似てたって訳」
「じゃあポテトもマリーが？」
「アシ・パルマンティエはちょっと違うかな。パルマンティエ博士はどうしてもフランスにジャガイモを根付かせたかった。昔は家畜の餌だったジャガイモは簡単に人間が食べてくれない。だから彼は一計を案じたの。それは国王夫妻に協力してもらう事だったのね。そしてその方法としてルイがジャガイモの花を髪飾りとしてマリーに付けてパーティーへ出席させた。マリーは国王夫人だから注目されてジャガイモは少しずつ認知されていったのよ」
「へえ。やるね、ルイも」
「二人は自分の事しか考えていないと思われがちだけど国民の飢饉については何とかしなければという気持ちは持っていたの。事実、オーストリアのお母さん・マリア＝テレジアに宛てた手紙にこんな文を書いてるのよ。『不幸な暮らしをしながら私たちに尽くしてくれる人々を見たならば、彼らの幸せのためにこれまで以上に身を粉にして働くのが私のつとめだというのは当然のことです』って」
「あれあれ、何か急にイメージ変わってきた」
「でしょう。マリーが贅沢や賭け事に走っていたのは子供が生まれるまで。結婚して七年目に子供を授かってからは豪華な衣装を売り払ったりしてるし、宮殿の典礼を簡素化してお金がかからないようにもしてたの。でも国の財政はとっくに火の車でマリー一人の力ではどうにもならなかった。国民は怒りの矛先を外国人であるマリーへ一斉に向けたの。言わば革命の生け贄（いけにえ）に仕立て上げられたのよ」
「何か可哀想。あ、でもマリーとガラシャって何か関係あるんですか？」
「二百年くらい生きてた時代が違うから直接は無いのよ。ただ関ヶ原直前のガラシャの生き様と死は日本にいたイエズス会宣教師に衝撃を与えた。その話が時を経てヨーロッパに渡り、『気丈な貴婦人』という殉教劇になったのよ」
「え、ガラシャが劇に！？」
「正式なタイトルは『強き女、そして彼女の、真珠にも勝る貴さ。またの名を、丹後王国の女王グラツィア。キリスト信仰のために幾多の苦難を耐え抜いた誉れ高き女性』よ。イエズス会はマリーの実家ハプスブルク家が後押ししてたからマリーも嫁ぐ前にその劇を観たと思うわ。そしてガラシャの人生と自分の苦悩をフランスで重ねていたんじゃないかしら」
「へえ、戦国大名の妻とフランス国王の妻なんて不思議な繋がり」
「ところで焼きメレンゲだけがマリーの好物菓子じゃないのよ。グーゲル・フプフ(クグロフ)っていう焼き菓子とシャルロットというババロワも大好きだったの。それはこうしてみんなの帰りのお土産としてちゃんとここに用意してあるわよ」
音依は隠していた四人分の小袋を手に上げた。
「わあ、さすが音依さん、サプライズ上手！」
秀晶が手を叩いた。
「あれ、でも母さん、それ今出せばいいんじゃないの？ワンピースずつのケーキだよね。それくらいなら全員食べれるんじゃ」
「甘い！ヨシちゃん！練乳に蜂蜜とメープルシロップとチョコレートとソーマチン（砂糖よりも約三千倍甘い甘味料）を足したくらい甘い考えよ！」
ズバッと音依は吉継を指さした。
「うええ、胸焼けしそうな喩え止めてよ………」
「今日はお姫様のお茶会って言ったでしょ！私が焼きメレンゲだけで済ますと思う？」
「え？」
「実はここからが正真正銘お姫様茶会の開幕です」
一旦バックヤードーへ向かった音依がトレーに載った、三角形にカットされたチョコレートケーキを「ジジャーン」と運んできて皆の前に置いた。ケーキの横には生クリームがたっぷり添えられている。
汐恩はそれを見て直ぐに音依に尋ねた。
「これはザッハ・トルテですか！」
「そうよ、汐恩ちゃん。オーストリアの首都ウィーンの名物。ハプスブルグ家のエリザベート皇妃のお気に入りだったスイーツ。私の手作りで甘さは日本人向けに控え目にしてあるけど一応そのフレッシュクリームをしっかり付けてお召し上がりあれ」
「頂きまーす」
皆は早速そのチョコケーキをフォークで切り取ってクリームを付けて口に入れた。するとシャリシャリというザラメのような食感の砂糖のコーティングチョコと、軽い味付けのチョコレートスポンジの間にサンドしてある杏ジャムの酸味が丁度良いアクセントになって、無糖の生クリームと口の中で幸せに混ざり合う。
「まあ、美味しい！現地で食したデメルやザッハーのものより食べやすいですわ」
「何、それ、汐恩？」
秀晶がフォークを口に入れたまま聞いた。
「ウィーンにあるザッハ・トルテで有名な二つの洋菓子店です」
「あれ、汐恩って海外へも行くんだね。外国嫌いかと思ってた」
「お父様の付き添いで何度か訪れた程度ですけれど。しかし、お母様のケーキを作る技術は素晴らしいと思います。ザッハ・トルテは表面にチョコを掛けるグラサージュが温度的にとても難しいと伺っていますので」
「それはもちろん私も最初から上手く出来た訳ではないわ。何事にも修練は必要。さ、これから次のケーキを出すけどみんな準備は良い？」
音依は鍋に湯気立つバニラソースをかき混ぜながら聞いた。その前にはいつの間にか皿に載った、長方形にカットされ粉糖の掛かったパイのようなケーキが置いてある。
「ラジャー！」
ナイフとフォークを既に持っていた伊知花が元気よく声を上げた。
「では二品目のケーキ『ミルヒラーム・シュトルーデル』をどうぞ。マリーのお母さんの女帝マリア＝テレジアが好きだった温かいケーキよ」
「ミル、ヒラ？」
伊知花が噛みそうな名前に渋い顔をした。
音依は簡単に説明した。
「ミルヒラームはミルククリーム、シュトルーデルは渦巻きっていう意味。サワークリームとフレッシュチーズにレーズンと、削ったレモンの皮等を、泡立てたメレンゲにサックリ混ぜてそのフィリング（中身）を薄いパイ生地で巻いて焼き上げるのよ。最後の仕上げに温かいバニラソースをかけて出来上がり」
「うわー、これもメチャクチャ美味しい！」
感動で半泣きしながら秀晶がシュトルーデルを食べていた。
汐恩はよく噛みしめながら感想を述べた。
「オーストリア・ハンガリー帝国時代に普及したケーキですわね。しかしこの品も非常に素晴らしいですわ。少し酸味のきいたフィリングが上手くパイ皮にまとめられて、それがソースの甘みとバニラの香りと相まって。でも普通のミルヒラームより何かコクがあるように感じますけれど」
「それは通常のレーズンじゃなくてブランデー漬けのレーズンを使ったからよ」
「なるほど」
それからは無言で全員食べきった。その様子を音依はニコニコと眺めていた。
「さて、続いてのマリア＝テレジアのケーキは、と言いたいんだけど、マリアのケーキはここでおしまい」
「ええ～もっと欲しい～」
咲良がジタバタと足を振りながら駄々をこねた。
音依は苦笑いして言い足した。
「本当ならケース・ノッケルンとかサヴォイのビスキュイとかゴラーチェンとかも出してあげたいんだけどね、別のケーキを用意してあるから」
「別の、ですか？」
汐恩が目を瞬かせた。
「そうよ。これから出す二つのケーキはオリジナルではないけれど私がマリー＝アントワネットを意識して作ったの」
「マリーのケーキ………」
「ヨシちゃん、みんなの飲み物、ニルギリに切り替えてあげて」
「ダコール」
吉継はコーヒーカップを引き上げ、新しく淹れてきたティーポットとカップを四人分運んできた。
「さ、これがマリーのケーキよ。とにかく食べてみて」
紅茶がカップに注がれると音依は二種類のケーキが載った四角い皿を四人の前にそれぞれ差し出した。
左の三角ケーキは三層になっていて、下からパイ生地、中は鮮やかな黄色のフィリング、上は白い泡状の物が所々角を立てた表面がこんがりと焼き固まり、それは他の層より二倍の厚さがある。
対して右のケーキは先程の泡状のものがクルクルと絞り袋で螺旋の筒状に焼き固められていて、その中の空洞にホイップした生クリームと上には苺とブルーベリー、ラズベリー、キウイフルーツが綺麗にトッピングされていた。
「綺麗」と全員が揃って感嘆し、左のケーキにフォークを先端に差し入れた。サクッとしたフォークに伝わる感触が途中からトロッとに変わり、最後にはパイ皮のザクッとした感じに変化する。
そのカットして突き刺したピースを口にした途端、口内には鼻腔を通り抜ける爽やかでありつつも強い酸味と、濃い甘味が一杯に混在して味蕾を刺激した。
そして最後に上部の白い塊が舌の上でサラリと溶けていく。
「ああ………」
紅茶で喉を潤した溜息が皆から漏れた。
「それはイギリスのレモン・メレンゲ・パイよ。中のレモンカードと焼けたメレンゲの相性が面白いでしょう？」
一つ目をすっかり食べ心地よい口福に酔いしれる子供達に音依は説明した。
汐恩はナプキンで口を拭いて所感を述べた。
「一般的なケーキでありながらもお母様のレモンケーキはとてもハーモニーが素晴らしいですわ。恐らくメレンゲの量とレモンカードの分量が絶妙なんですのね」
「そうよ。このケーキの特徴はメレンゲが多過ぎても少な過ぎても甘味のバランスが崩れてしまうの。それにメレンゲを甘くしてある分レモンは皮と果汁を多めにブレンドしてあるのね。だからメリハリがあるでしょう。それに私の場合隠し味としてレモンカードにすり下ろした生姜を少しだけ足しているのよ。じゃ次に残りのパブロバを食べて。オーストラリアかニュージーランドが発祥って伝えられている定番のスイーツなの。スポンジを使ってないから女の子には嬉しい低カロリーなのよ」
「お、そう聞くと余計に美味しそうに感じます」
伊知花が張り切ってスプーンで周りの器を崩しながらクリームとフルーツを一緒に食べた。
「うっまーい！！」
「美味しい～」
「トロトロとフワフワだ」
伊知花、咲良、秀晶はその甘味に惹き付けられひたすらパクパクとスプーンを進めていたが、汐恩に限っては一口食べただけでスプーンを置いて音依を見た。
「お母様、これらがマリーのケーキと仰ってましたけれど、差し支えなければその意味を説いて頂けませんか？」
「そうね」と音依は切り出した。
「この二つの共通点は焼きメレンゲを使っている。それは直ぐに分かったと思うけど」
「はい」
「じゃあ汐恩ちゃんは、メレンゲにどいう感覚を抱いたかしら？」
「そうですね、溶けていくというか消えていくというか」
「それは切なく感じた？」
「え？いいえ」
「私はこの焼きメレンゲがマリーの人生そのもののような感じがするの。最初は甘い、でもやがて溶けていくメレンゲは王族に産まれながらも大きな歴史に翻弄された彼女の姿そのものだと」
「では悲しい事ではありませんか」
「焼きメレンゲだけではそうでしょうね。でもレモン・メレンゲ・パイやパブロバのように、他の材料と風味を引き立て合うとなると全く様子が違ってくるの。レモンカードだけでは酸っぱすぎるけど甘い焼きメレンゲがプラスされる事で見事に調和する」
音依は空いた汐恩のカップにニルギリを注ぎながら言った。
「歴史も変革期にはそういう事が多々起きるの。マリーは天真爛漫であったがゆえに政治には疎かった。そこに付け込まれて政敵の罠に掛かった。フランスの薔薇は断頭台に散った。でもマリーは死ぬ前の義妹のエリザベートに宛てた遺言にこんな事を記しているの。息子に対しては、『私たちの死の復讐を決して思わないように』、そしてエリザベートに対しては『私に危害を与えた敵をみな赦（ゆる）します』とね」
「な、どうしてですの？相手を憎んでも余りあるのに」
汐恩は納得いかない顔を向けた。
「ガラシャの最期もマリーに似てなかったかしら」
「え？」
「その時、ガラシャは自分の夫を憎んだ？自分の生い立ちを呪った？」
「それは………」
「私はクリスチャンじゃないから上手く説明できないけど、キリストに帰依する心というのはそういう事なんでしょうね。マリーはさっきの遺言に『無実の私は最後の時に際してもしっかりとした態度でいられると思います。良心の咎めがないので私は平静な気持ちです。私は先祖代々の、その中で育てられ常に信じて来た神聖なるローマ･カトリックの宗教を奉じて死んで行きます』と綴ってるの。きっと自分の運命を受け容れて神の元へ向かったんでしょう。それはマリーにしろガラシャにしろ同じだと思うのよ」
「ガラシャと………」
「それはまた茶道の侘び寂びにも通じるわ。お茶の一服は命の一瞬。余計な虚飾を取り払った先に見える真実。人はいつ消えゆくか誰にも分からない。だから命ある内に懸命に生きる。それが生きた輝きになる。メレンゲの溶ける瞬間を私達はみんな必死に生きているのよ」
するとここで汐恩がハッと閃いたのか立ち上がって吉継に向かって明言した。
「コバ君、これです！！今のお母様の言葉が正しく私の作りたかったガラシャの菓子のイメージなのです」
「メレンゲ菓子が？」
「それだけではありません。コバ君が作るスフレオムレツもそうでした。口当たりの良さだけではありません。そこにはしっかりした核がありました。それを表現して欲しいのです」
「おいおい、オムレツって何だ。お前が求めてるのは西洋料理じゃなくて和菓子だろ？」
「しかし『玉子ふわふわ』のような和の料理も存在しているではありませんか」
「だからそれも菓子じゃない。そもそもメレンゲの和菓子なんて………うん、待てよ、メレンゲの和菓子………メレンゲの………」
吉継は途中で言葉を不意に切った。
「メレンゲの和菓子………玉子……キリスト……教会………熊本」
口に手を当てて必死に今までの記憶を辿った吉継は五分くらい唸って頭の中の情報を整理していた。そうして突然「ああッ！」と大声を出し、急いでメモを取ると音依にそれを見せた。
「母さん、こういう菓子って俺にも作れる！？」
「どれどれ………ふんふん、なるほどね」
面白そうにメモの中身を見て音依は頷いた。
吉継は答えを急かせた。
「出来るの？出来ないの？」
「慌てないの！出来るわよ。但し色々と材料とか道具とか揃えないといけないけどね。材料さえ決まれば作り方は教えてあげるわよ」
「は？教えてくれるの？だって前は駄目だって」
「長月ちゃん達はレシピを書いて松野屋さんに同じ事を頼んだんでしょ？だったら私も作り方くらい教えてあげないとフェアじゃないわ。でも作るのはヨシちゃん達でやりなさいね」
「うん、それは任せてよ」
「ヨシ、何？お菓子閃いたの？」
秀晶が驚いて問うてきた。
「ああ！でもそれだけじゃない。おかげで茶屋のレイアウトも茶道具もお運びの衣装も連鎖して思い付いたよ」
「本当ですの！是非聞かせて下さいな」
汐恩は興奮して前のめりになった。
吉継はメモ用紙何枚かにアイデアを書き出し、みんなにそれを見せながら細かい説明をした。
「コバ、あんた、一体どういう頭の回路してんの、おかしいんじゃない！！」
暫くして聞き終わった伊知花が呆れていた。
「あれ、駄目だったか？」
「そうじゃないわよ。話し合うまでもなく一遍に問題解決しちゃったじゃないのさ。ね、咲良？」
「凄いよ～コバ君、よくこんなとんでもないの思い付いたねえ～。まさかこんな服まで考えるなんて普通じゃないよ～」
「何か褒められている気が一ミリたりともしないんだけど………」
「褒めてるよ～。ねえ、晶ちゃん～？」
「うーん、茶屋とか道具は文句ないけど。ヨシ、お菓子、この形だとお運びが取り分ける時やりにくくない？下に紙か何か敷かないと」
「あ、それならこういうのはどうだ？色も緑でこうしてさ」
吉継はとある形を書いて示した。
「あッ、それなら余計分かりやすいね！さっすがヨシだよ！！」
「お、晶も太鼓判押してくれたな。じゃ、残りの評価は汐恩だけなんだけど………」
吉継は恐る恐る黙っている汐恩へ目線をやった。
閃いた考えは三斎流ばかりでなく茶道からはとてもかけ離れていたので、汐恩からは了解が出るかどうか不安であった。
一分程の沈黙の後、汐恩は口を開いた。
「コバ君」
「あ、ああ」
汐恩はそのままうつむいて胸に両手を重ねるとしみじみ呟いた。
「ありがとう。とても素敵なアイデアばかりです」
それを耳にして安堵の表情でみんなは顔を向け合った。
汐恩はすくっと立ち上がると仲間に向いて晴れ晴れしく語った。
「大まかな事はこれで進めていこうと思います。レイアウトの材料は私の父に、お運びの衣装や茶道具は母に頼みます。お菓子は道具が届き次第直ぐ試作に取り掛かってもらいます。その間、協力して下さる皆さんにはお運びの作法を私が放課後に自宅でお教え致します。十八日までには正式な茶会記をネットに上げて、そこから四月の大茶湯までは色々と細かく煮詰めていきましょう！！」
「よし、いっちょやるか。首を洗って待ってろよ、元め。フハハハ」
吉継は腕まくりして不敵に笑った。

それからのチーム汐恩は前向きなエンジンが高速で掛かった。
明確な輪郭が出来た事で動きやすくなったのか、翌日からは池田愛輝と田中吉美と金森近子が合流し、お運びの練習を細川家で受けた。近子はもっと後になって混じる予定が家の都合が落ち着いたために早くチームへ加われたと言う。
一方吉継と秀晶は材料と道具が二日後には届いたために逸早く菓子の試作に取り掛かっていた。
そうして何日も何日も試作試作、練習練習の繰り返しで三月二十四日の離任式と終業式が終わる頃には何とか茶会を開けられる形になってきた。
二十四日の学校が半日で終わるとチーム汐恩は「慰労会へおいで下さい」との招待状を持って細川家へ集合していた。
九曜紋のポケットワッペンと胸元の大きな白いリボンが特徴的なグレーのスーツスカート姿の汐恩は迎賓館の大広間の舞台に立って全員にスピーチをした。
「さて、大茶湯までおよそ後一週間となりましたが皆様のご尽力のお陰で何とか本番を迎えられそうです。明日からは春休みとなり、一段とお茶会への稽古などを励んで頂きたく存じますが、その前に今日は今までのお礼も兼ね、心ばかりのお食事を用意致しました。一旦一休みして更なる英気を養って下さいますよう。では」
汐恩は部屋を隔ているスライドドアの横に控えている二人の使用人に向かって軽く頭を下げた。
するとその二人はスラリとドアを開けた。
「おおッ」
全員がその光景に目を奪われた。
奥の部屋にはビュッフェ形式に丸テーブルが七脚島に並べられ、その上には世界中のあらゆる山海の珍味がずらりと飾られていた。
汐恩は部屋境の中心に歩いて行くと全員を見渡して順番に言った。
「伊知花さんは肉料理がお好きなんですよね。でしたら一番東にセットしてあります。咲良さんは、何でも召し上がるのでどこからでもどうぞ。吉美さんはご飯系がお好きなんですよね。パエリアやピラフ、ジャンバラヤ、ナシゴレン、リゾット、中華おこわ何でもどうぞ。近子さんは山菜や野菜がお好きとか。でしたら南に用意してあります。愛輝さんは魚介類でしたね。特に貝類に目がないとか。アワビのステーキやサザエの壺焼き、貝のお造り盛り合わせなど一通り揃えてありますので南北のテーブルへ。晶さんは、福井の料理を作らせてあります。越前ガニ、越前カレイ、甘エビ、へしこなど懐かしい料理を現地から取り寄せました。さあ、どうぞご自由にお召し上がり下さい」
するとそれを合図に空腹だった全員が蜘蛛の子を散らすように各テーブルへ散っていき、立食パーティーさながら自分の好きな料理だけでなく他の珍味も存分に堪能していた。
「コバ君は特には召し上がらないんですの？」
壁にもたれサンドイッチだけ食べてスマホを見ながら何かを思索している吉継に汐恩がオレンジジュースを差し出した。
「あ、ああ。料理はいつも店で出しているからな別に」
スマホを一時ポケットに入れた吉継はグラスを受け取った。
「すみません。貴方のお母様の料理に比べれば大した内容ではございませんわよね」
「悪い、そういうつもりじゃないんだ。実は少し茶会について迷ってて」
「何をです？」
汐恩も隣にもたれて聞いてきた。
「今のままで本当に勝てるのかなって。相手は今を時めく織部流だから」
「自信が無いんですの？私はコバ君のアイデアは向こうの企画と比べても遜色ないと思います」
「いいや、もっと決定的な、会場をあっと言わせるようなもう一押しを組み込みたいんだよな。菓子の名前も茶屋のレイアウトもガラシャ好みにしたんだから、それに添えるような五感を刺激する何かが欲しい」
「五感？」
「菓子は味覚と嗅覚、茶屋は視覚、茶碗は触覚、後は聴覚的な何か」
「音ですか？それでしたら私琴でも弾きますわよ」
「うーん、それは俺も考えたんだけど、あの茶屋の狭さでは難しいだろ。それより和じゃなくもっとこう全員に響く綺麗な西洋の音があれば」
「バイオリンも私習っておりますけれど」
「いやいや、バイオリンは周りに響き過ぎだし、そもそも亭主のお前が動いちゃ駄目だろ。ああ、チクショウ、良いアイデアが浮かばない。桜の開花も大茶湯には到底間に合いそうにないし。派手でありつつも汐恩の茶にしっくりくるようなあと一つ何かがあれば勝率も高くなるんだけど」
悔しそうに吉継はジュースを飲み干し、グラスを窓辺に置くと、気象庁の開花予報を再度スマホで確認して嘆息を漏らした。
「欲張りなんですね」
「勝ちたいんだよ。可笑しいか？」
「いいえ、腑抜けて何も行動を起こさない男児より額に汗する男児は断然素敵ですわよ、うふふッ」
「………汐恩、お前、随分変わったな」
吉継は柔らかく微笑む汐恩の顔を不思議そうに見つめた。
「あら、変ですか？」
案じ顔で汐恩は尋ね返した。
「いいや、何て言うのか。前の汐恩だったらクラスメートの食べ物の好みなんて全く興味も示さなかっただろうし、今回は元が『頭数』って言うのにも反論してたしな。態度が軟化したせいか、みんな気軽に声を掛けてくるようになった。底抜けに明るいマリアさんの影響だな、きっと」
「それはコバ君が全部お膳立てしてくれたお陰です」
「んな事はない。晶も母さんも父さんも協力してくれた。忠時さんだってそうだ」
「でもいつもその中心にいてくれたのはコバ君です。その節はありがとうございました」
汐恩は深々と頭を下げた。
「止めてくれ、お前から感謝されると何かむず痒い」
「………あの、まだ私の事は、怖いですか？」
前に立ち、下げた手を組んだ汐恩は悲しげな顔で聞いた。
吉継は伏せた汐恩の額を人差し指で軽く押し上げた。
「変わったって言ったろ。それは俺も同じだし、お前への礼なら俺にだってある」
「私に？」
「昔、殴られていた時、助けてくれてありがとな。あの時ちゃんと伝えてなかったから。これでもお前には恩を感じているんだぜ。一応、大事な友達のつもりだからさ」
吉継は頰を掻いて照れた顔を背けた。
「コバ君………うふふッ」
「何だよ、その笑いは？」
口を押さえてクスクスと含み笑いをする汐恩に吉継は半睨みで問い質した。
「いえ、私も変わったのなら本当にコバ君も変わりましたね。以前は料理以外我関せずという冷めた態度でしたのに。夏頃から積極的に人と関わるようになりましたもの。何かあったのですか？」
【ほほう、何かあったのかのう】
と金吾が入ってきた。
【てめえのせいだよ、全部！】
吉継はポケットの二色鉛筆をギッと握りしめた。
「あの、コバ君、大丈夫ですか？」
ポケットに不愉快顔を向けている吉継に汐恩は不可解そうに案じた。
「あ、いや。何でもない。ところで今日はマリアさんはいないんだな」
「ママなら茶会に向けての衣装作りとか張り切って下さっていますのでこの場には出向けないと連絡がありました。多分今頃ミシン掛けの真っ最中だと思います」
「何か申し訳ないな。まさか手作りしてもらえるなんて思ってもいなかったよ」
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		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2018-01-02T14:20:03+09:00</dc:date>
		<dc:creator></dc:creator>
		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
	</item>
	<item rdf:about="https://granpa.novel.wox.cc/entry39.html">
		<link>https://granpa.novel.wox.cc/entry39.html</link>
		
				
		<title>菓子は菓子なれ⑯</title>

		<description>と、この時不意に扉からノック音が響いた…</description>
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			<![CDATA[ と、この時不意に扉からノック音が響いた。
「どうぞ」と汐恩が声を掛けるとドアが勢いよく開いて、
「¡Bienvenidos a nuestra casa！（ビエンベニードス・ア・ヌエストラ・カサ/みんな我が家へようこそ）」
とマリアがいつもの軽装でお手伝いさんを五人連れて入ってきた。
全員の手には菓子が載ったトレーが見える。
マリアはトレーを机に置かせると彼女らに「ご苦労サマ」と礼を言って下がらせた。
「ママ、どうしたんですか、これ？変わったお菓子ばかりですね」
「フフン、何かワタシもボニータの力になれないかと思ってスペインのお菓子作って持ってキマシタ」
「わざわざ作って下さったんですか！ああ、ママ、グラシアス！」
汐恩はマリアに強くハグした。
「あれ、汐恩ってこんなラテン系キャラだっけ？」
伊知花がむくっと起き上がりながら笑った。
「聖母に出会って改心したんだよ、な、汐恩？」
「コバ君、その事は内緒です」
照れ臭そうな膨れ顔を汐恩は向けた。
「あはは、悪い悪い。で、マリアさん、またスペイン菓子大量にありますね」
「ボニータに食べてもらいタイのもありますケド、茶会の菓子の参考にならないカト」
マリアは指をさしながら説明した。
「先ずはチュロスデス。これはホットココアに浸して食べマス。そしてこれはマサパンデス。アーモンドと蜂蜜で作られてるノデ堅めのお饅頭みたいデスヨ。パナジェッツはそのマサパンにマッシュポテトを加えて、松の実をまぶして焼いたものデス。ポルボロンは日本の落雁みたいな感じのお菓子デス。ロスコデヴィノはマスカットワインの入ったクッキーデス。それと………」
「ママ、お待ちになって。これはさすがに使えません。油で揚げてあるとか、バターとか油脂のものが多いのでしょう？」
「Ｓｉ、でも何かのヒントになればと思ってたのデスガ、迷惑でシタカ？」
しゅんと項垂れるマリアに汐恩はその手を笑顔で握った。
「いいえ、そのお気持ちはとても嬉しいのです。ありがとう、ママ」
「ボニータ………」
「あのー、マリアさん、取り込み中すんません。あっちでもう勝手にムシャムシャ食い散らかしてるのが一人いるんですけど」
吉継は止めどなく追加の菓子を食べ続ける咲良を指さした。
「………咲良さん、貴女の胃袋は一体いくつあるんですの？」
さすがに汐恩もその食べっぷりに唖然としていた。
「どれも美味しいよ～。私スペインのお菓子って始めて食べるけど、どれも好き～」
「マア、アナタとても良い子デス。ドウゾ残りも持ち帰りして下サイ」
「わーい！ありがとうございます～」
「こら、咲良、少しは遠慮しろ。あ、そうだ、汐恩。折角だからマリアさんにも創作菓子の意見聞いたらどうだ？マリアさんも三斎流のお茶も習っているんだし菓子にも詳しいだろ」
「え、あ、そうですわね。ママ、力を貸して頂きたいのですけど。ヒントでも結構ですので」
汐恩は母に今までの事情と経過を話した。
「ウーン、ガラシャの菓子デスカ。食べ物のエピソードが無い分、確かに難しいデスネ」
真面目な顔でマリアは考え込んだ。
「願わくばガラシャの生き様とか、人生観のようなものを表現したいのですが」
「ガラシャの人生デスカ………」
そして暫くしてからマリアは「あ」と何かを思い付いた顔を汐恩に向けた。
「卵を使った菓子なんてどうデショウ？」
「卵？どうしてですか？」
「ホラ、ガラシャの名前は『タマコ』ですカラ」
「駄洒落かいッ！」
伊知花が思わずツッコんだ。しかし汐恩は至極真剣な顔を作った。
「なるほど卵の菓子ですか。卵はキリスト教では再生のシンボルですもの。キリシタンのガラシャにピッタリですわ。コバ君、何かよい品あります？」
「卵卵してる菓子ならさっき食べた長崎蔦屋さんの『カスドース』か福岡松家さんの『鶏卵素麺』だな。どっちも基本は南蛮菓子だし」
「コバ君、お忘れですか？これは飽くまでも試食であって、私達はオリジナルの茶菓子を作らねばならないんですよ」
「それは分かってるけどさ、卵ってだけのイメージでガラシャの菓子作れってのが思い浮かばない。母さんならパパッと解決するんだろうけどな。子供は子供で知恵を絞りなさいって絶対教えてくれないし」
「音依なりの優しさなんデスヨ、ソレハ」
マリアは言った。
「音依が作っタラ、それはヨシ達の菓子になりまセン。子供を甘やかさずに自立させるのが親の役目デス。ア、それヨリ、ワタシ、お茶点ててあげマス。ボニータ、疲れたデショ？」
「早速甘やかしてるじゃないですか！」
「ソレとコレとは話が別デス」
「汐恩、お前の性格がマリアさん譲りなのようやく納得したよ」
哀れんだ眼差しで吉継が汐恩の肩をポンと叩いた。
「コバ君、それどういう意味ですの？」
「ちょっと、汐恩もヨシも静かにマリアさんのお点前見てようよ。私マリアさんのお茶って好きなんだ」
秀晶が恍惚とした目付きでマリアの手付きを眺めていた。
「でも何か変わった光景だね。外国の人がお茶を点てるの」
伊知花が心底不思議そうに口に出した。
「そうデスカ？」
「お茶って日本のイメージしかないんで」
「実はそうでも無いんデスヨ」
マリアは点てたお茶を汐恩に渡して教授した。
「戦国時代、日本に渡ってきた宣教師は教会に茶室を設けてましたカラ」
「教会の中に茶室が？」
「Ｓｉ。宣教師は茶室が日本人にとってどれ程大事か熟知してマシタ。お茶で接待して教会へ入りやすくしたんだと思いマス。それとキリスト教のミサの所作が茶道のソレととてもよく似ていマス」
マリアは茶の前に配って食べる茶菓子と、ミサの時に回して食べる聖体（種なしパン）、それと濃茶を回し飲む動作が、聖杯（カリス/ワインを入れた杯）を回し飲むのと似ていると説明した。
「へえ、茶道とキリスト教にそんな相似点が！ヨシ、面白いね………ってヨシ？」
秀晶はその話をマリアから耳にした途端、吉継が惚けたように「教会・お茶・ガラシャ」と呪文のようにブツブツと繰り返して呟いている様子に案じた。
「あ、ああ？どうした晶？」
「それは私の台詞だよ。どうしたの？」
「いや、何かイメージが一瞬浮かんだような気がしたから。でも何か曖昧でしかなくて。とにかくまたみんなで色々議論しよう」
マリアの点てたお茶を飲みながら、マリアも含めて、茶屋や茶道具、そして茶菓子のアイデアを出し合ったが、汐恩の意に添うものは一つも無く、その日は夕方には結局成果も見いだせないまま解散となった。

「あれあれ、コバ、目の下にクマまで作って随分と苦労してるみたいだけど。ご苦労ねえ」
翌日の月曜日、登校するなり元が席に近寄ってニヒヒと勝ち誇った顔で嫌味を言ってきた。
「悪いけど月曜の朝っぱらから喧嘩買う気力なんてねえよ」
帰宅してからも、茶菓子はもちろん、茶屋建築や茶道具についても遅くまで調べ物をしていた吉継は机に突っ伏せた。
「これはまた情けない事。私達なんて昨日はみんなで祝勝会やってたのよ」
「………祝勝会？」
吉継は顔だけ元へ向けた。
「だってもう私達はあんたらに勝ったみたいなもんでしょ。だから先にお祝いしたって訳。大垣でボーリングとかカラオケとかしてたっぷり楽しんだわよ」
「ふん、気の早いこって。余裕見せてあとで吠え面かくなよ。今度は反省会の会場予約しておけ」
「アハハ、負け犬の遠吠えにしか聞こえないわ」
元はケラケラと高笑いした。
「ついでに教えといてあげるけど、私達のお運びは全員お揃いの江戸小紋の着物レンタルしたからね。そっちは間違っても制服とかジャージで誤魔化すんじゃないわよ。勝負にならないし茶会の品位が落ちるから」
「あら、横柄な貴女からまさか品位という言葉を聞くとは思いませんでしたけど」
以前のストレートヘアに髪型を戻した汐恩が元の後ろから言い放った。
「おやおや、親玉のお出ましか。それよかそっちは頭数は揃ったの？」
「元さん、クラスメートを頭数と呼ぶのは止めて下さい。皆大事なお友達です。それこそ品位に関わる物言いではありませんか？」
「ぐッ、うるさいわね。ちょっとした言葉の親よ！」
「それを仰るなら『言葉の綾』です。しっかり国語を勉強して下さい」
「ふん、その気取った態度が茶会の後でも続くと良いわね」
元は鼻を鳴らしてズカズカと席に戻っていった。
汐恩は秀晶の席に座って吉継の様子を心配した。
「コバ君。大丈夫ですか。顔色が優れないみたいですけど」
「昨日は三時間しか寝てないから超眠い。お前も眠そうだぞ」
大きく欠伸をして吉継は汐恩を眺めた。
「はい、実は私もコバ君と同じくらいの時間しか眠っていません」
汐恩も責任を感じてか、やはり自分なりに茶屋比べの事を研究していたようで口から漏れそうになる欠伸を口で隠していた。
「汐恩もたまには授業中に居眠りしろ。給食終わった後の一眠りなんて最高だぞ」
「シエスタ（昼寝休憩）ですね。ママから聞きました。体内時計の活性が低くなっている午後に眠るのは生体リズムからすれば理に適っていると」
「そうそう、昼寝は人間の本能だよ。スペインとかは良い文化を持ってる。汐恩もこうやって腕を枕にして机で寝てみろよ。気持ち良いから」
「こうですか」と汐恩は意外にも素直に吉継の真似をして机に伏した。
「あら、本当に気持ちいいですね。初めての経験ですけどこのままぐっすり眠ってしまいそうです」
「だろ？本当は昼寝枕が欲しいくらいだ」
「でもコバ君みたいに寝てて先生に注意されるのはいけませんけど。フフフッ」
汐恩は柔らかい笑みで笑った。
「ちょっとあんた達、二人揃って朝から何まどろんでるのよ」
秀晶が知らず内に横に立っていた。
「あッ、晶さん、お早うございます」
「お早うございますじゃないでしょ。そこ私の席！」
「あ、ごめんなさい。直ぐに退きます」
ハッと起きて席を立ち去ろうとする汐恩に吉継は「ああ」と思い出して呼び止めた。
「汐恩、チーム全員に今週水曜の放課後俺ん家に来るよう伝えてくれ」
「水曜の放課後ですか？」
「母さんがヨーロッパ風の茶会に招待したいんだと。コーヒーと手作りのケーキででもてなしたいそうだ。それもガラシャに関しての茶会で『姫様の茶会』だとさ」
「ガラシャに関するヨーロッパ風？」
「俺にも詳しい内容は分からないけど、和菓子から少し離れてみるのもいいんじゃないかって」
「わ、何！音依さんのスイーツが食べれるの？」
途端秀晶が目を輝かせて顔を近付けた。
「ああ、いくつか種類作るみたいだから夕食食べずに来てくれ」
「了解！うははー、今から明後日が超楽しみだなー」
鼻歌交じりに秀晶はラーンバッグを片付けた。
「晶さん、そんなに美味しいんですか、お母様のお菓子？」
「そんなレベルじゃないよ。感動して泣く。汐恩も食べてみれば分かるよ。あ、私、伊知花と咲良に伝えてくる」
早速秀晶は登校してきた伊知花と咲良に声を掛けていた。

それから翌々日の水曜日の放課後。午後五時。
定休日のプレートが掛かったひすとり庵の中で汐恩、秀晶、伊知花、咲良が奥から順にカウンターへ座っていた。
「咲良ちゃん、伊知花ちゃん、お久しぶりね」
白い制服に白いコック帽と黄色いコックタイを締めた音依が二人に挨拶した。
全員学校帰りなので制服なのだが、音依の姿はいつもの赤いユニフォームではなかった。
「今日は何か格好が違いますね、音依さん」
伊知花が音依をジロジロと見つめた。
「本日はお茶会だから、昔のパティシェしてた時のものを着てみたのよ」
「なるほど。で、コバは何でキッチンにいるのさ？」
「しょうが無いだろ、姫様のお茶会に男が同席しちゃ変って母さんに釘刺されたんだから」
「ヨシちゃんはここで給仕の手伝いをしながら食べてもらいます。今日はリトルプリンセス達に精一杯尽くすのよ」
「わー、私達プリンセスだって～」
咲良が嬉しそうに照れてみんなに首を振った。
「若干ワイルドなプリンセスも混じってるけどな」
ぼそっと吉継は呟いた。
「ちょっとそれ誰の事よ？」
伊知花が聞き逃さず吉継に詰問した。
「まあまあ、伊知花、いいじゃない、別に。今日は音依さんのお菓子が食べられるんだからさ」
秀晶が機嫌良く吉継を庇った。
「何よ、晶。随分ご機嫌じゃない？」
ここで汐恩がその訳を明かした。
「あら、伊知花さんは気付きませんでした？晶さん、昨日からこうでしたわよ」
「昨日から？」
「コバ君にバレンタインのお返しとしてマカロンを貰ったんですって」
「晶、ホワイトデーにマカロン貰ったの？」
「う、うん。えへへ。普通のアーモンドプードルじゃなくてココナッツパウダーのでイチゴジャムとかピーナツクリームとかサンドしてあって凄く美味しかったんだ」
「嘘、マジ？晶、マカロンなんてやったじゃん」
伊知花が浮かれる秀晶の右肩を押した。
ホワイトデーのお返しは、飴が「好きです」との告白、マシュマロは逆に「嫌いです」との意味、クッキーは「ただの友達」、バームクーヘンは「あなたとの関係が続くように」、そしてマカロンは「特別な人」という誰かが流布した言い伝えが出来ていた。
するとここでも汐恩が口を挟んだ。
「別にそのマカロンには深い意味もないでしょう。それに晶さんだけでなく、長月さんや真央さんも同じお返をしコバ君から貰っていましたけど！」
「あれ～、どうして汐恩ちゃんが怒ってるの～？」
咲良が聞いた。汐恩は顔を顰めて弁明した。
「私は怒ってなどおりません。それより、お母様、お茶会を始めて下さいませ」
「はいはい、ご機嫌が斜めにならない内に姫様の仰る通りに致しましょう。ヨシちゃん、あれそろそろ焼けているだろうからオーブンから出して」
「ウィ、メトレス」
吉継はオーブンを開けると中から四人分の煮えている小さめの四角いグラタン皿を取り出して、皆の前に置いた。上には焼けたチーズが掛かっているが中身は見えない。
音依はそこへスプーンとクロワッサンが載った皿を追加で出した。
「お菓子の前に少しご飯にしましょうか」
「お母様、これは？」
「まあ、とりあえず食べてみて」
音依はどうぞと掌を汐恩達に向けた。
皆はスプーンで中身をすくうと直ぐにその正体が分かった。チーズの下は厚い二段の層になっており、上はマッシュポテト、下はこんがり焼けた挽肉と刻んだタマネギとマッシュルームが見えた。
秀晶が不意に思い出して言った。
「これ、『アッシェ・パルマンティエ』だ！フランスの家庭料理の！」
「晶ちゃんはさすがにウチで食べるの二回目だから覚えてたみたいね。でも正確には『Ｈａｃｈｉｓ　ｐａｒｍｅｎｔｉｅｒ（アシ・パルマンティエ）よ」
「パルマンティエ？あら、どこかで聞いた記憶が………」
考える汐恩に秀晶が話題を過去に遡らせた。
「何言ってるの、汐恩。テンムちゃんのお見舞いに行った時、ヨシがジャガイモで説明してた（第三話参照）でしょ！」
「ああ、思い出しました。例のポテトと肉の重ね焼きですか………って、どうしてそこにいなかった晶さんがそれをご存じなんですか？」
汐恩はジロリと不審の眼差しを向けた。
秀晶はしまったとの表情を見せた。まさか透明化してその現場に立ち会っていたとは言えない。
慌てて吉継が困惑する秀晶をフォローした。
「ああ、俺があとで晶に様子を細かく伝えたんだよ。晶、先生の容態とか食事とか心配してたからさ」
「そうですの？」
「それより熱い内に食べてくれ。母さんのパルマンティエは最高だぞ」
「ホントだ、超美味しー」
既に咲良が一足先に食べ始めていた。
すると全員が遅れまいと揃ってスプーンでそれを口に入れた。
「まあ、これは！！！」
汐恩も驚いた。
アシ・パルマンティエは基本的に残った肉を再利用するために誕生した家庭料理であるが、音依の作ったそれはもっと深い旨味が感じられた。
秀晶は問いを投げた。
「音依さん、これ、前の食べた時よりずっと美味しいのはどうして？」
音依は二本の指を立てて言った。
「今回は姫様仕立てだから少し材料を変えてみたのよ。挽肉は最高級の飛騨牛ミンチをナツメグとかのスパイスと赤ワインで軽く臭み抜きしてから使ったのよ。それと香りを付けるようにマッシュルームはトリュフ塩で別で炒めてあるの。それが秘訣」
「へー、それで！」
「いいえ、それだけではありませんわよ、晶さん。上層の滑らかなポテトピューレも風味がある上、舌触りがふんわりと軽いですもの」
「ふふ、さすがは汐恩ちゃんはグルメな細川家の御息女ね」
音依は肩をすくめて種明かしした。
「ポテトをマッシュする時に混ぜたのがゲラントの塩、そしてバターは生クリームを遠心分離させた自家製の無塩バターを使ったのよ。だからフレッシュな味覚がするでしょ？」
「はい、軽いポテトとあっさりしつつも重厚感のある肉の旨味が見事に調和しております」
「そう高評価してもらうと嬉しいわ。では一緒にクロワッサンも召し上がれ」
汐恩はクロワッサンを千切った食べた。
「ああ、これもまた共にフレンチですもの、合わない訳がございません」
「うーん、ところがそれは厳密には間違いなのよね、汐恩ちゃん」
「間違い、ですか？」
「クロワッサンは元来オーストリア生まれ、ジャガイモはドイツから持ち込まれたのよ。ヨシちゃんからフランスのジャガイモの歴史は聞いた？」
「はい。飢饉対策に。それをもたらしたのが農学者のパルマンティエであるとも」
「そうね。でもパルマンティエは一人でジャガイモをフランスに広めた訳ではないのよ。そこにはある女性が関わっているの。それが今日の姫様茶会の理由の一つでもあるわ。特に汐恩ちゃんに関わるかもしれない女性がね」
「私に関わる女性？」
「さて、みんな食べ終わったみたいだから、今日のデザートに入りましょうか」
「わあい」と汐恩以外は皆驚喜の声を上げた。
「ヨシちゃん、準備できてる？」
音依は吉継に振り向いた。
「今淹れ終わったよ」
プンと店内にコーヒーの香りが漂ってきた。
「さあ、先ずはカフェオレよ」
音依は吉継から湯気の立った四つのコーヒーカップを皆の前に置いた。次いで、
「これが本日のメインデザートになります」
と五百円玉程の角の立った白い菓子を三つずつ小皿に載せて差し出した。
「………音依さん、これがデザート？」
「そうよ。『ムラング』、いわゆる焼きメレンゲ。見た目に反して結構手間が掛かるのよ。焼くと言ってもオーブンで乾燥させるから温度管理もしなきゃいけないし大変なの。さ、食べて」
「はあ、頂きます………」
拍子抜けした顔で全員がそれを食べた。
「どう、美味しい、汐恩ちゃん？」
「え、ええ。美味しい、です。外はカリッとしてて口に入れるとすうっと溶けていくのは感じます」
「あはは、気を遣わなくてもいいのよ。今じゃ正直さして美味しい訳でもないでしょうからね。ここに生クリームでもつければ幾分マシでしょうけど」
「え？」
「この焼きメレンゲはね、古のフランスでとある女性が自分の子供と一緒に作っていたのよ。これはその再現ね。その女性はさっきの料理と関係あるの。誰だか分かる？」
「いいえ」
「その女性は細川ガラシャの生き方にとても感銘を受けたと伝わってるわ。汐恩ちゃんはきっとその人物を知ってるはずよ。フランス革命の悲劇と言えば思い出さない？」
「あ！」と汐恩は両手の指を合わせた。
「もしやマリー＝アントワネットですか？」
「正解。だったらガラシャとの繋がりが分かったでしょ？」
「なるほど、そういう事ですか」
「汐恩、マリー＝アントワネットって、あの、パンがなければケーキを食べればいいじゃないって言ったフランスのお姫様？」
伊知花が汐恩に質問した。
「ええ、そうです。でもそうでは無いんです」
「え？え？何のトンチ？」
「伊知花さんの仰ってる人物はマリーなんですけどその言葉が間違っているんです。ケーキでなくブリオッシュであるとか、そもそもその台詞はマリーのものではないというのが現在の定説です」
「ブリオッシュって何？」
「伊知花ちゃん、そう言うと思って用意してあるのよ、ブリオッシュ。食べてみる？」
音依がカウンターの下から人数分のダルマ型のパンを差し出した。
「ちなみにこれはブリオッシュ・ア・テート（頭のついたブリオッシュ）ね。フランスの菓子パンの一種なの」
「わお、バターしっかりきいてて美味しい」
美味しさのあまり伊知花が一気に食べ切った。
「ブリオッシュは卵とバターをふんだんに使っているからリッチなパンとも呼ばれているの。そこがバターを使わない本物のフランスパンとの違いなのね。でも当時ブリオッシュはお菓子扱いで主食のフランスパンより価値が低かった。それがいつの間にかマリーがケーキなんて言葉に変わってしまったのよ」
「へー」
「パンが無ければケーキをというのは英語で『Ｌｅｔ　Ｔｈｅｍ　Ｅａｔ　Ｃａｋｅ（レット・ゼム・イート・ケイク）』、フランス語で『Ｌａｉｓｓｅｚ－ｌｅｓ　ｍａｎｇｅｒ　ｌｅ　ｇâｔｅａｕ（レッセレ・モンジェ・ル・ガトー）』。でもその有名な句は実はマリーは話していないの」
音依はメモ帳を取り出してそこに名前や文字を書いて皆に説明した。
「元々その言葉はジャン=ジャック・ルソーという哲学者が書いた『告白』という著作から抜き出されたものなの。『百姓どもにはパンがございません、といわれて、では菓子パンを食べるがよいと答えたという、さる大公婦人の苦し紛れの文句を思い出した』、この『qu’ils mangent de la brioche(キル・モンジュ・ドゥ・ラ・ブリオーシュ)』の原文が知らず内にマリーが話したとすり替えられてしまったのよ。何よりこの本が書かれたのはマリーが九歳でフランスにも嫁いでいない時で、マリーにはこの台詞を言いたくても言いようがなかったのよ。伊知花ちゃんと咲良ちゃんはフランス革命って聞いたことある？」
「あ～私、それ漫画で読んだ事ある～。伊知花ちゃんにも貸してあげたよ～」
「じゃあ、話は早いかしらね。フランス革命は簡単に言うと飢えた国民が贅沢で無能なブルボン王朝を倒せって起きた事件なの。王様はルイ十六世、その妃がマリー＝アントワネット。結局二人とも捕まって処刑されてしまったけどね。その時は、処刑されたのは贅沢をしていたマリーが悪いんだってフランスの国民はみんなそう思ってた。咲良ちゃんはマリーをどう思う？」
「やっぱり悪女かな～」
「ふふ、大抵はそうね。でも最近はマリーの評価は見直されつつあるのよ」
音依は更にメモに字を書き足した。
「マリーの本名はＭａｒｉｅ－Ａｎｔｏｉｎｅｔｔｅ－Ｊｏｓｅｐｈｅ－Ｊｅａｎｎｅ　ｄｅ　Ｈａｂｓｂｏｕｒｇ－Ｌｏｒｒａｉｎｅ　ｄ‘Ａｕｔｒｉｃｈｅ（マリー＝アントワネット＝ジョゼフ＝ジャンヌ・ド・アブスブール＝ロレーヌ・ドートリシュ）。長い名前だけど、オーストリアのハプスブルク＝ロートリンゲン家のマリー＝アントワネット＝ジョゼフ＝ジャンヌという意味なの。マリーはオーストリアからフランスのルイ十六世の元へお嫁に来た。昔はオーストリアのハプスブルグ家とフランスのブルボン家はすごく仲が悪くて三百年も対立してたけど、他の国との関係が崩れてきてね、そろそろ同盟を結びましょうと言って二人を結婚させたのよ。つまり政略結婚ね」
「ふむふむ～」
「でも僅か十四才でフランスにお嫁に来てもあの女は元憎き敵国のオーストリア人だってフランスの貴族はマリーを認めようとはしなかった。国民はマリーが二つの国の橋渡しとなってくれるのを期待したけどそれは裏切られたの。元々オーストリアにいた時は自由気ままにしていたのにフランスへ来てからは、やれしきたりだとかとかやれ伝統とかでガチガチに縛られてしまったマリーは欲求不満で贅沢に走っちゃったのね。ただ貴族だから贅沢はしても、みんなが思っている国を傾けたとかの大袈裟なレベルじゃなかった。でも他の貴族は面白くないからマリーの噂をあることないこと並べ立てて国中に流したの。で、国民はそれを信じちゃった」
「何かイジメられた子がもっと酷い被害者になっちゃったみたい」
「正にその通りよ、伊知花ちゃん。もうマリーは少数の友人以外は誰も信じられなくなっていたの。息の詰まったマリーの心の拠り所となったのがベルサイユ宮殿の一角に建てた小トリアノン離宮で、マリーはそこを立ち入り禁止にして、農村の庭、ル・アモー・ドゥ・ラ・レーヌを作って子供達とのんびりした日々を過ごしたのよ。それでその庭でマリーが手作りしたお菓子がさっきの『焼きメレンゲ』なの。マリーはその素朴な味が好きだったんでしょうね」
「何かそう説明されると急に有り難く思えてきました」
「あはは、でもマリーが好きなものはそれだけじゃないの。さっきのクロワッサンもコーヒーもマリーがオーストリアから持ち込んだものなのよ。クロワッサンはオーストリアではキプフェルンと呼ばれていたの。それにカフェオレにしたのはみんなが小学生でコーヒーが苦手だろうってのもあるけど茶道と共通してるからそれを選んだのよ」
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		<dc:date>2018-01-02T14:19:33+09:00</dc:date>
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		<title>菓子は菓子なれ⑮</title>

		<description>咲良は有楽と呼ばれる事は好んでも源五と…</description>
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			<![CDATA[ 咲良は有楽と呼ばれる事は好んでも源五と言われるのを最も嫌っていた上、伊知花のサバゲーチームにも属していて、木に登って潜む身軽なエーススナイパーとして重宝されていた。
普段おっとりしている咲良からは想像出来ない分敏捷で逆上するとかなり怖い。
「ああ、すまんすまん、ついな」
吉継は冷や汗をかいて謝った。咲良は手を引っ込めて語った。
「私は茶道しないから分からないけど、織部の茶会の不作法を有楽は笑って許してあげたって話なら聞いてる～。だから私は織部流習ってる長月ちゃんとも仲良しなんだよね～」
「へえ、そうなんだ」
納得した秀晶がここで吉継へ向いた。
「有楽と三斎って仲良かったんだね。利休七哲でも弟子同士だからライバル関係にあるかと思ってたよ」
「三斎は有楽の茶会にもよく参加してた資料が残されているからな」
「じゃ、三斎と織部の間柄はどうだったの？険悪だったとか」
「うーん、それは色々混じってる」
「混じる？」
「三斎は利休の作法をそのまま継承した。反対に織部はそれを壊して自分なりの茶の点て方を作り上げた。それを三斎は良しとしなかった。井戸茶碗をわざと割ってそれをつなぎ合わせて楽しむなんてのは三斎からすれば邪道だったろう。人工的に作られたのが織部の茶なら自然のままである事が三斎流だ。でも師匠の利休は織部の茶を持て囃したし、利休の死後天下の茶頭に選ばれたのも織部だ。大名としての石高は細川の方が上でも茶道では織部の方が格上になった。三斎からすれば納得出来なかったに違いない。昔の下手より劣ると織部の茶を痛烈に批判してるしな」
「あれ、じゃあ仲悪かったんじゃ？」
「ところがそうでもない。利休追放の時、川辺まで見送りに来てたのはその二人だったし、織部は三斎の筆頭家老松井康之を通してよく交流があった。三斎の頂き物に対する丁寧な返書も残っている。三斎の方も織部と仲違いしていた桑山貞晴との間を取り持ったりしてるし、扱き下ろしている割りに意外と仲良かったんだよ」
「それはいいけどさ、コバ。今日集まったのって具体的に何するのよ？」
伊知花が痺れを切らして問い質してきた。
吉継は汐恩に振り向いた。
「ここのチームリーダーは汐恩だ。議題は汐恩が進めてくれ」
「あ、はい」
汐恩はノートを取り出して要点を纏め始めた。
「えっと、今日お集まり頂いた方には、先ず始めに全国の有名処の茶菓子を召し上がって頂いて、それから私達のオリジナル茶菓子のアイデアを出して頂きたいと思います。第二に茶屋のレイアウトや茶道具の選定、それから仲間集めについて話し合いたいと思います。『水屋仕事』は全て大人の方が担って頂けそうなのですが、『お運び』の人数もある程度は必要となって参りますので」
大茶会は大勢のお客が押し寄せるため亭主が全員のお茶を点てるのではなく、裏の水屋で手伝いの人間が点てたり、茶碗を洗ったり、茶筅を清める。そしてお運びは名の通り客に点てた茶と菓子を運ぶ接待役である。
「あ、汐恩、順番逆になるけどちょっといい？」
伊知花が手を挙げた。
「はい？何でしょう。伊知花さん」
「『伊知花』で良いってば。私も汐恩って呼び捨ててるんだから」
「あ、いえ、それは私と致しましては………」
困り果てて口籠もった汐恩はチラリと吉継に助け船を求めた。
吉継は仕方ないなという顔で代弁した。
「伊知花、お前な、汐恩はこれでも頑張ってるんだ。晶だって前から晶さんなんだから察しろよ」
「そっか」
「はい。それでご勘弁頂ければ」
「ま、細川家のご令嬢が呼び捨てってのも変か。じゃあそれでいいや。それより仲間集めの事なんだけど、私達以外で好感触の女子っていた？」
「それが、その、まだ見当が付かないのです。晶さんとも昨日ＬＩＮＥで遣り取りしていたのですが、元さんの所に集まっているのは亭主の長月さん以外には、副島正沙子さん、加藤佳乃さん、山内美豊さん、東堂孝奈さん、浅野幸梅さんの計七名だとだけまでしか判明出来なくて」
汐恩は伊知花に分かりやすいよう元派と汐恩派の名前をノートに分けて書いた。
「ふむ、七人か、あっちはしっかり人数固めてきてるね。愛輝と近子は？あと吉美」
するとここで秀晶が汐恩から鉛筆を取って金森近子を遠くに書いた。
「愛輝は不明だけど近子は中立で手伝いにはいかないみたい。こっちにも来ないけど」
「近子か。あいつ積極的に人に関わるタイプじゃないから無理ないか」
次に吉継が別のペンを取り、元と汐恩の中間に田中吉美の名前を書き入れた。
「郷太情報じゃ吉美は絶賛迷い中だそうだ。恨まれないように中立で何もしないのも茶屋比べの権利の一つだから吉美も近子みたいになる可能性はある」
「コバ、男子はどうなってんのよ？」
「あー、一応全員に声を掛けたんだけどな、どうやら一致団結して両陣営には出向かないらしい」
「はあ？何それ？」
「元にも汐恩にも嫌われたくないんだってさ」
「えー、チキンばっか！こういう時マジに男子って頼りにならないわね」
「そう責めるな。ただ投票には全員参加するってよ。予想じゃ三大と左人志は間違いなくこっちを支持する。修と盛期も汐恩派だな。行人、重成、ヅカ（義博）、郷汰、新、秀之、広樹、恵太、英治、正也はどっち付かずだけど、新と広樹と英治は普段から親しい元に入れるかもな。男子は俺と三大と左人志以外は全員浮動票だと思えばいい。茶屋や茶菓子の出来で全部こっちに票が流れてくる事も考えられる」
「男子中立か。味方に引き込もうとすると結構高度なミッションだなあ。女子は最低愛輝と吉美はこっちに付けないと。うーん、どう攻略すべきか」
伊知花は腕を組んで暫く考えるとはたと何かを思い付いたのか、自分のスマホを取り出して廊下へ出た。どうも誰かに電話を掛けているようでボソボソ低い声が流れてきた。
そうして五分くらい経ってから伊知花が部屋に笑顔で戻ってきた。
「やったよ、増員に成功！愛輝と吉美今日は無理だけどこっちに手伝いに来てくれるってさ。近子は三日前からなら手伝えるみたい」
「本当ですか！どうやって？」
汐恩は酷く驚いた顔で伊知花に尋ねた。
「愛輝は私の友達だから説得した。吉美は今日出る銘菓を自分の分確保しておいてくれるならって条件で乗ってきた。近子はいつかコバの手作り弁当食べたいって」
「吉美、近子軽ッ！でもそれ買収だよな」
「甘いわね、コバ。正攻法だけで勝負に勝てると思ってんの？情報戦を制した者が勝利を得る。卑怯と罵られようが最後に戦場に生き残った者が強いのよ」
「サバゲーやってんじゃねえんだぞ………」
「いいのよ。向こうだって松野屋さんの菓子に釣られて参加してる子もいるんだしイーブンでしょ。それに私は勝ちたい。遊びだからこそ全力で勝ちに行きたいのよ。汐恩は勝ちたくないの？」
「それは、もちろん勝ちたいです」
「なら文句は無し。それともう一つ手を打った」
「何ですか？」
「孝奈を寝返らせた」
「ええッ？」
汐恩は心底驚愕した声を上げた。
「それは孝奈さんが元さんの所からこちらへ鞍替えをするという意味ですか！？」
「ううん、寝返りとは少し違うかな。要するにスパイ」
「スパイ？」
「元のトコの情報をこっちにリークしてもらうのよ。そうするとあっちと比較して作戦も立てやすいでしょ。長月の茶会記だって全部埋まってる訳じゃないしさ」
「し、しかしそれはあまりにも」
「ズルイとかは無しね、汐恩。孝奈は強引に元の方へ引っ張られた。でも本当はこっちへ来たかったって。でも今更移るのも難しいって漏らしてた。だから汐恩に協力したいってさ。何度も汐恩にテスト勉強教えてもらったからその借りを返したいみたいだよ。その気持ちはありがたく受け取ったら？」
「ふむ、そいういう正当の理由なら断る必要も無いんじゃねえ？」
「コバ君」
「正直相手の情報が入ってくれると助かる。クロはこういう時は口が固いから絶対に教えてくれないし。これで女子の数は互角か。人数はこれで何とかなりそうか、汐恩？」
「ええ、充分過ぎます。しかし伊知花さんにこんな能力がお有りになったとは」
「能力って、あはは、普通に友達付き合いしてるだけなんだけどね」
「私はそういうのが不得手なので素晴らしいと思います」
ここで秀晶がニヤリと汐恩へ薄ら笑いを向けた。
「伊知花も立派な価値あるでしょ、汐恩？」
汐恩はパッと顔を赤くし口籠もった。
「晶さん、虐めないで下さい。反省してるんですから」
「おい、それより、汐恩、お運びの役目って作法とか意外と大変なんだろ？早く練習させないとまずいんじゃないのか？」
「あ、コバ君、それは大丈夫だよ～」
咲良がのんびり口調で言及した。
「コバ君が休んでた時、一度お茶の先生が家庭科の授業に来て教わった事あるから～。細かい所は汐恩ちゃんに指導してもらえばいいと思う～」
「そうなのか、汐恩？」
「はい。それと半東（はんとう）についてなんですけど、晶さんに務めて頂ければ有り難いのですが」
「半東って何？」
秀晶が聞いた。
「亭主のサポートです。一般のお客様へは水屋からお運びの方が茶と茶菓子をお配り致しますが、正客などの来賓の方へは私の側で半東がその役を担います」
「何か難しそうだね。私に出来るかな」
「茶道具などの説明は全て私が致しますから、タイミングを見計らい茶菓子と茶を出して下されば結構です。但し、亭主と半東は阿吽の呼吸が必要になりますので親友の晶さんにお願いしたいと」
策士の笑みをニッコリ浮かべて役を頼む汐恩に秀晶は、親友と言われた手前もあって、
「分かったわよ。やる」
と背筋を伸ばして引き受けた。
「じゃ、次の議題は茶屋のレイアウトだね～。汐恩ちゃん、茶室って何か制約あるの～？」
「制約ですか？そうですね」
咲良の問いに汐恩は机の引き出しから茶室を作る団体に配布される注意書きを取り出して全員に見せた。そこには金銭的な制限はないものの、文化庁管轄の土地のため、土地に大きな穴を開ける、もしくは地面に杭などを打ち込んではいけない、火気は厳禁（電気風炉使用）との項目がズラズラと並んでいた。
「畳は私の父が古畳を集めて畳表と縁だけ張り替えたリサイクル品を大量に作りましたからそれを主催者にあらかじめ申請すれば五畳まで貸してもらえます。畳の下はマットないし木の板を敷くというのが原則です」
ここで秀晶が謎だらけの顔で問い掛けた。
「あれ？今回の元との勝負って確か、茶菓子三百人分を制限時間内にどっちが残らず捌ききれるかだよね。五畳じゃ回転率悪くない？」
「その辺りはもちろん考えております。勝負の時間は朝の十時から夕方四時までの六時間。多くのお客様にお茶と菓子を堪能して頂くには非毛氈（ひもうせん・緋色のフェルト布）を掛けた縁台が六脚必要となります」
「一般客と来賓客で畳か縁台か分けるって意味？」
「そうです。私のお茶の先生の梅町先生を筆頭に他流派の方々や県知事もお見えになりますのでそういうお歴々には私が直に茶を点てますが、一般のお客様には水家で点てたお茶をここの皆さんで運んで頂きます。テントの水屋は中が見えないように幔幕（まんまく）で覆います」
「茶屋の壁は？」
「直ぐに取り外しが出来るものなら構わないそうです。ただし屋根までは取り付けてはいけない決まりはあります。雨天の場合は集会場とか、ふれあいセンターとかの空いている場所を確保するので屋根は不要との事です。ちなみに私達の流派では野点の場合大抵に九曜紋が染め抜かれた幕をぐるりと張り巡らせます」
「ふーん、なるほどね。なら長月達はどうしてるんだろ」
「晶ちゃん、それは伊知花ちゃんに任せて～。伊知花ちゃん、向こうのレイアウト情報分かる～？」
「お、ちょっと待っててね、咲良」
伊知花は孝奈にＬＩＮＥで情報求むとメッセージを送った。すると間もなく孝奈から写真が送られてきた。
それはどこかの工場の画像で、職人が作業している光景が撮られていた。
その中の何枚かにレイアウト情報が載せられていた。見ると二メートル程の高さの衝立となった木の板にどこかの茶室の内部をパノラマで撮影した巨大なシートを三つに分けて貼り付けたものであった。
向かって右手の衝立には下地窓、正面の衝立には右手に下地窓と正面奥には色紙窓、そして左の衝立には墨跡窓の付いた床が見え、窓が多い茶室は写真ながらとても明るく見えた。
「この茶室は燕庵（えんなん）だ！うーん、クロめ、そう来たか」
吉継はその細工の出来映えに思わず唸った。
「燕庵って何、ヨシ？」
「ああ、京都にある織部が考案した茶室だよ。昔の茶室は火事で焼けたから今残っているのは写しだけどな。でも織部好みが出ている茶室なのには違いないんだ」
「それを原寸大の写真にして貼り付けてあるの？」
「そうそう、ほら。クロの家って建設業って言ったろ。多分親父さんが協力してるんだと思う。その板を三方に囲えば安普請だけど丁度燕庵で茶を飲んでる雰囲気が味わえる。これなら手間も掛からないから簡単に設置出来るし。やるなあ、クロ」
「敵に感心している場合ではありませんわよ。私達も策を練らないといけません」
「じゃあ、汐恩ちの松向軒の写真撮って同じようにする？」
秀晶が提案すると、汐恩は頭を横に振った。
「同じ様式では差が付きません。こちらは全く別の方面から考えませんと」
「汐恩ちゃん～」
咲良がいつの間にか持参していたスケッチブックと色鉛筆をテーブルに出して声を掛けた。
「はい？」
「汐恩ちゃんはどういうイメージの茶室にしたいの～？さっき言ってたこういうの～？」
サラサラと咲良は瞬く間に三斎流の野点の様子を想像してラフスケッチを描き上げた。
「何とまあ、絵、上手ですのね、咲良さん！凄いです！！」
スケッチブックを持ち上げて汐恩はその画力に異常なほど感動した。
「ふふん、咲良は漫画家志望だからね。背景画なんてチョチョイノチョイだよ」
親友の伊知花が自慢げに胸を張った。すると咲良はスケッチブックを返してもらい、くまモンが正座してる前でデフォルメされた汐恩が茶を点てている様子を色鉛筆で描いた。
「漫画チックにすると汐恩ちゃんはこんな感じだけどね～」
ピリピリと紙を剥ぎ取って咲良はそれを汐恩に手渡した。
「わあ、私がくまモンにお茶点ててます！こ、これ頂いてもよろしいかしら。額に入れてこの部屋に飾りたいのですけど」
スケッチブックから切り取られた絵をいつまでも興奮して眺めている汐恩に吉継が咳払いをした。
「汐恩、本筋に戻れ。話はレイアウトだ」
「あ、いけません。失念しておりましたわ」
絵を引き出しに片付けて汐恩は次いで会場の図面を広げた。
「元さん達の茶屋と私達の茶屋は幸いにもかなりの距離があります。元さん達は笹尾山の駐車場の一角、私達は陣場野公園の北東側になります」
汐恩がぐるりとペンでその場所を囲むと秀晶が様子を思い出して語った。
「あそこ北側に数少ない桜の木があるよね。茶屋の場所ってクジ引きで決めたんだっけ？メイン会場のふれあいセンターの近くでもあるから人も多いし、汐恩、良い場所引き当てたねー」
「はい、そういう意味では一歩リードしています」
「………おい、汐恩」
吉継が汐恩の左袖をクイと引っ張り耳元で囁いた。
「お前、まさかそのクジ、またインチキしたんじゃないだろうな？」
すると汐恩は軽く首を傾けて笑顔で即答した。
「何のお話ですか？私には分かりかねますが」
（こいつ、やっぱり裏で仕込みやがったな）
吉継は渋い顔を作ったが、この件については黙認する事にした。
「で、汐恩ちゃんの茶屋のイメージってどういうの～？」
スマホの画像検索でその場所の写真を見ながら咲良は色鉛筆をクルクルと手で回していた。
「そうですね。私の流派は三斎流ですが、今回は茶碗や花入れや着物をガラシャに合わせてあるので茶屋もそれに準じた造りにしたいと考えています」
「スペイン的な～？赤い幕張って闘牛の絵入れるとか、衣装もフラメンコ的な？」
パパっと仕上げられたカオスなラフスケッチを見せられて汐恩は困惑した。
「いえ、そういう派手な感じではなく、もっと自然な感じで。元さん達が人工的なら逆にナチュラルな感じも取り入れつつ、というイメージで」
「ふんふん、じゃあ、こんな感じ～？」
と見せられた絵は周りが密林になっていた。呆れた吉継は言った。
「咲良、お前もサバゲーから離れろ。そして真面目にやれ」
ここで秀晶が提言した。
「じゃあさ、それこそピンクのカーネーション鉢周りに一杯飾ったら？」
「いえ、晶さん、花は一つでお願いします。あまり多過ぎると却って煩わしくなってしまいますので」
「ピンクカーネーション？」
伊知花が不思議そうにその単語に触れた。
秀晶は昨日のひすとり庵の時の花束写真を見せた。
「伊知花達にはまだ話してなかったっけ。花はピンクのカーネーションに決まったんだよ。桜の代わりにこれ」
「へえ、マミーピンクだね。でも茶会にはちょっと色きつすぎない？」
「ほ、伊知花、お前花詳しいのか！？」
「何よ、コバ、鳩がＢＢ弾食らったようなその変な顔は？」
「こら、その発言は大炎上するから止めろ！」
「それより銃好き女子が花好きならいけない訳？私だって一応乙女なんだからね」
「その武装で乙女って強調されてもよ」
「コバ君、外見や服装で人を判断してはいけません。伊知花さんは素晴らしい方です。持久走とか器械体操とかも上手ですし」
「ほらー、コバ。私、汐恩に褒められてるぞ」
ベエと舌を出す伊知花に吉継は、体育しか評価されてねえとツッコミたかったが止めた。
「それはそうと、伊知花さん。このカーネーションではいけないのでしょうか？」
「そうだね。桜の代わりっていうならもっとピンク抑えた方がよくない？ここらへんの桜はもっと白に近いからこのベビーピンクの方が似合うと思うけど」
伊知花はスマホで薄い桜色の画像を見せた。
「あら、本当にこの方が色が薄目で落ち着いていますわね」
「でしょ？亭主の汐恩が主役なら花はこれくらい控え目にした方がいいよ」
「伊知花さん、私ともっとお友達になりましょう！」
いきなりグッと汐恩は目を輝かせて伊知花の手を握った。
「へッ？」
「貴女は本当に素晴らしい審美眼をお持ちになっていると思います。是非今度私のお茶の先生に紹介したいですわ。何でしたら私と一緒に三斎流を習いませんか？」
「わ、私はそういうのはいいよ」
「いいえ、そう仰らずに是非！」
「コバ、ちょっと笑ってないで助けなさいよ」
「汐恩、落ち着け。また脱線してるぞ。友達増えて嬉しいのは分かるけど咲良がスケッチ待ち構えてるから」
「ああ、これは失礼を。皆さん、他に何かご意見はございますか？茶道具についてでも結構ですので」
しかし、ガラシャらしくという漠然とした枠であり、これというアイデアがポンと出るわけではない。全員がうーんと腕を組んで考えたまま暫く沈黙に固まってしまった。
「なあ、汐恩、これは一応保留にしておいてそろそろ茶菓子の試食をしようぜ。茶菓子が出来れば茶屋のアイデアも出るかもしれないし」
吉継が提案すると皆は揃って「賛成！」と手を挙げた。
この食いしん坊どもめ、と笑いながら吉継は隣のテーブルに用意してある全国の銘菓を運んできた。
「汐恩は薄茶を点ててくれるんだろ？」
「はい、簡易なので今回は水屋のようにポットのお湯を使います」
汐恩は五人分の茶碗と、盆にお茶のセットを持ってきていた。
「じゃあ、もう人数分点て始めてくれ。俺は菓子を切り分ける。山ほどあるから一つを少しずつ切って食べないと直ぐに腹が膨れるからな」
「大丈夫だよ、コバ。私も咲良もこのために朝ご飯抜いてきたからバッチコイだよ。でもよくこんなに菓子が集まったね」
「今度の茶会で販売する全国の菓子店舗が主催者である父の元にサンプルとして沢山送ってきたんです。これでもまだ一部なんですよ」
汐恩は器用に茶筅を扱いながら明かした。
皆の視線はカラフルな菓子の包みに釘付けになった。
戦国大名に関した「麩の焼き」や「松風」を始め、他に鹿児島明石屋の「軽羹(かるかん)」、愛媛県一六本舗の「一六タルト」、山口県御堀堂の「外郎」、島根県三松堂の「鯉の里」、大阪府小島屋の「けし餅」、秋田県榮太郎の「さなづら」等々が机一杯に並んでいる様子は圧巻であった。
「あ、忘れてた～。私のお母さんから、これみんなで食べなさいって～」
咲良が鞄から菓子箱を取り出して吉継に渡した。
包み紙を開けると中には「有楽窓」と書かれた包み紙が見えた。
「これ犬山の若松屋阡壱（せんいち）さんの銘菓なの～。薄く焼いてあるお菓子だから何枚でも食べれるよ～。私の家の常備菓子なの～」
「ほう。じゃ、折角だからこれから食べようか」
薄茶をたっぷり点てた汐恩もテーブルについて全員で試食会が始まった。
「あ、この有楽窓、見た目硬いと思ったら結構しっとりしてるね。生地に練り込んであるの小豆と、桃かな？この香りは」
有楽の茶室「如庵」の細い丸竹を感覚無く並べた窓をモチーフにした菓子を口にした秀晶が早速感想を述べた。
「さすが晶ちゃん～。そうそう、桃の果肉が入ってるんだ～。美味しいでしょ～？コバ君はどう～？」
「果物の香りって面白いな。汐恩はどうだ？」
「そうですわね。よく考えられているお菓子だと思います。しかし、私が有楽の茶菓子を食べる日が来ようとは夢にも思いませんでしたけど」
「ま、三斎流には加勢以多があるからな。じゃ、一旦薄茶で口をリセットしてから次々と同じように食べていこうか」
吉継は菓子の袋を開けては黒文字で菓子を切って皆に配った。
そしてそれを食べては薄茶を飲んでまた食べて茶を飲んでの繰り返しとなった。
「うっぷ、もうギブアップ。入らない」
全部食べ終わった直後に伊知花が苦しそうに口を押さえた。
「あのな、だから細かく切ったんだ。それをお前は欲を張って一個ずつ食うからだぞ。自業自得だ！」
吉継はゴロンと寝転ぶ伊知花に呆れてから汐恩に向いた。
「どうだ、何か気に入ったのあったか？」
「個人的には山葡萄を寒天で固めた『さなづら』が美味しかったです。素朴な葡萄の風味が好印象ですね」
「晶は？」
「うーん、甲乙付けがたいけど、好きなのはこしあんがカステラ生地でのの字に巻いてある『一六タルト』かな。タルトじゃなくロールケーキじゃんってツッコミ所満載だけど、柚子の香りもしてて美味しかった。あれでバター使ってないのは凄いよ」
「そうだな。江戸時代、松山藩主・松平定行が、長崎へ出向いた際に南蛮菓子に出会ったのが始まりだ。元々は餡子じゃなくてジャムだったらしいけど愛媛じゃ知らない人間はいないくらい有名な和菓子なんだ。ちなみに咲良は有楽窓以外で………」
「あに（何）？」
「お前、ちっちゃいくせに大食漢な」
まだ一人モグモグ口に和菓子を詰め込んでいる強者の咲良に吉継は二の句が継げなかった。
「あー、食べた～！敵さんのお菓子も中々美味しいねえ～」
「何だ、元のトコの勝栗ＯＲＩＢＥ食べてたのか」
マリアが気を利かせて以前の残った織部饅頭を冷凍保存していたのを解凍して今日の試食会にも出していたのである。
「ラム酒使ってるのは面白いと思うよ～。伊知花ちゃんはこのお菓子苦手だけど」
「あれ、そうなのか、伊知花？」
横を向いて伊知花は超渋い顔で答えた。
「私ラム酒は臭いから嫌い。佳乃も美豊も苦手だよ」
「は？あいつら元に付いてるんだろ？」
「義理じゃない？多分試食とか地獄だと思う。無理して食べてるの想像できる」
「ああ、そういえば男子もラム苦手なの何人かいたな」
「ヨシ、それって投票するとき私達にとって有利じゃない？茶屋の評価とは別だけどラム嫌いならあっちには多分票入れないでしょ？だったらこっちはラム使わなければいいんだしさ」
すると全員の視線が秀晶に集まった。
「な、何？」
「晶、お前すげえ欠点に気付いたな。そうだよ、ラム嫌いの奴はあっちには投票しないんだ！」
「確かに、晶さんの仰る通り、ラム酒の香りは子供には強いですものね」
汐恩もなるほどと感心しながら議題を進行した。
「ではそういう事を踏まえて私達のオリジナル菓子を考案していきましょう。コバ君は何かありますか？」
「うーん、ラムが臭いと言っても香りがあった方がやっぱり印象が強くなるかな。ほら、晶も一六タルトで柚子の香りがって言ってたろ。香り付けはラム以外で何か使えたらいいんだけど、リキュールって種類多いし、使い方間違えると元達と同じになっちまうし」
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		<title>菓子は菓子なれ⑭</title>

		<description>マリアは頭を振った。
「取り返しの付か…</description>
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			<![CDATA[ マリアは頭を振った。
「取り返しの付かない事なんてありまセン。アナタが元気でいてくれるのがワタシには世界で一番大事なんデス。この世の中で家族ほど大切なものはありまセン。アナタはワタシの掛け替えのない宝物デスヨ」
「お母様」
「アナタの名前、汐恩の元はＳｅａｎ（ショーン）デス。それは神の恩寵、つまりご加護がありますようにとワタシが名付けマシタ」
「お母様が？」
「Ｓｉ。アナタが好きなガラシャと同じ意味デス。アナタが産まれてきてくれた事に感謝シテ」
「そうだとも」
忠時も汐恩の頭を撫でているマリアの手の上に手を重ねた。
「スペイン語のグラシアスもそこから来ているんだ。神の恩寵が、やがてありがとうへと変わった。私達はお前が産まれてきた感謝と同様に、お前が人生に感謝できるようにという願いも込めたんだよ」
「お父様………」
「汐恩、お前が細川家のために頑張ってくれているのは嬉しい。しかし、私達はお前が何者でなくても娘というだけで誇りに思っている。それに家のことは兄の忠史に任せてお前はもっと自由に生きればいいんだよ」
「そうデス。アナタはアナタの幸せを掴んで欲しいのデスヨ、ボニータ」
するとまた泣き出して汐恩はマリアに抱き付いた。
「ありがとう、ママ！」
「アア、初めてママと呼んでくれマシタネ」
感激してマリアも汐恩をギュッと抱きしめた。
「ママ、大好き、ママ、ママ！」
「ワタシも愛してマスヨ、ボニータ」
【主、吾もそなたに礼を申す】
キッチンでその成り行きを静かに見守っていた吉継に唐突に胸の金吾鉛筆が切り出した。
【何だよ、突然】
【これも立派な人助けじゃ。主の尽力で吾の成仏も一段と近くなったに違いないからの】
ああそうだったな、と人助けなど全く考えてもなかった吉継は一人笑った。そして隣の秀晶に振り向いた。
「ありがとな、晶。ケーキの十字型とか作ってもらって助かっ………」
「うわああん」
秀晶が汐恩達一家を見て泣いていた。
「ど、どうした、晶」
「いい光景だよね、やっぱり家族はこうじゃなきゃ駄目だよね」
「もらい泣きかよ、お前も涙脆いな」
以前の母親と仲違いしていて最終的に仲直りした自分の境遇と重ね合わせたのだろう。涙を袖で拭く秀晶に吉継はテッシュを渡した。
「だってさあ」
秀晶はブビと鼻をかんだ。
「なあ、晶、ところで前のガラシャ灯籠の写真覚えてるか？京都にあるの」
「え？あの鶏が上に載ってるやつ？」
「あの時、俺、汐恩に忠興が作ったかもしれないって話したろ？」
「うん」
「実は、あれ作ったの、俺の中では忠興とは別に候補が二人いるんだ」
「どういう事？」
「あの灯籠がどうして京都にあるかという事を踏まえて考えてみたんだよ。京都は場所によって隠れキリシタンが多かった土地だ。現に今もマリア観音とかが残っているしな。でもあの灯籠にはガラシャの名前が彫られていた。となると細川家の縁の品であるのは間違いない」
「うんうん」
「じゃあ忠興かと思うと関ヶ原後は京都から直ぐに九州の小倉へ領地替えされている。そして熊本に移った。熊本の忠興が作ったなら手元に置いているだろう。それにキリシタンを最後には追放しているから自分からその灯籠を持っているのは危ない。となれば京都にいた細川に関係ある人物じゃないかって考えるのが妥当だ」
「京都の細川？」
「一人目はガラシャの長男・忠隆だ。一度は廃嫡され仲違いした忠隆は和解した忠興が八代で一緒に暮らそうと誘ったけどそれを断って京都に住み続けた。その家系は後に長岡内膳家として継承されている。裏紋も明智の桔梗紋を使ってるから、忠隆が母の供養に作ったという可能性も考えられなくはない」
「なるほど」
「忠隆は次男の興秋と同じくヨハネの洗礼名を持っている。でもそれをあまり表に出すことはしなかった。だからもう一人の候補の方が俺自身はしっくり来るんだ」
「もう一人の候補ってもしかして幽斎？」
「惜しい。晶、お前、その幽斎の妻知ってるか？」
「ああ、えっと、沼田麝香(じゃこう)、だっけ」
「そう、幽斎夫妻は関ヶ原合戦後京都にいた。正室の麝香も当然一緒だ。その麝香なんだけど、嫁であったガラシャの死に様を聞いてから、一年後にカトリックの洗礼を受けてる」
「えッ、義理のお母さんだよね、麝香？そこまでガラシャに思い入れあったの？」
「よっぽど感銘を受けたんだろうな。自分が犠牲になって細川家を守る事となったガラシャの死は姑の心を動かした。その洗礼を受けて授かった名前が驚きだよ」
「何？」
「麝香の洗礼名はマリア。細川マリア、今のマリアさんと全く同じ名前さ。後に麝香は人質になる途中で逃げた孫の興秋の代わりに江戸へ人質として渡ってその地で亡くなった悲しい運命を辿ったけどさ」
吉継はまだ抱き合っている汐恩とマリアの姿を見て言った。
「Ａｖｅ Ｍａｒｉａ，ｇｒａｔｉａ　ｐｌｅｎａ、『アヴェマリアの祈り』にはマリアとガラシャの名前が並んでる。細川マリアと細川ガラシャ、時を超えた親子の出会いに見えないか、あの二人？」
「もう、止めてよ、ヨシ」
また感激にむせび出す秀晶に笑った吉継であったが、ある事を思い出してバックヤードに戻って、細川一家の前にやってきた。
「汐恩、ほら、これ忘れてるぞ」
吉継の腕には大量のピンクのカーネーションの花束があった。
「あ、そうでした」
涙を拭いて汐恩はその花束を受けるとマリアに、「ママ、これを」と手渡した。
「ワタシに？」
「このピンクのカーネーションの花言葉は『感謝』です。スペインの国花のカーネーションは聖母マリアの涙から生まれたとコバ君から聞きました。ですから私は私のせいで辛い思いをしてきたママにこの花を贈りたいのです。今までごめんなさい、そして私を産んでくれてありがとう」
「ボニータ、人生で最高のプレゼントデス。アリガトウ」
マリアは再び花束越しに汐恩を抱擁した。
キッチンではワーンと秀晶がまた泣いている。
ホントに泣き虫だな、あいつ、と微笑ましく笑いながら吉継はマリアに手を向けた。
「マリアさん、その花、お帰りになるまでこちらでお預かりします。それと忠時さん、あれをそろそろ汐恩に見せますね。汐恩、ちょっとこっちに来てくれ」
吉継はカーネーションを音依に渡すと汐恩を奥座敷の前に誘導し、扉を開けた。
「見せたいのはこれだ」
「まあ、これは！」
衣紋掛けに掛かった細川ガラシャの着物に汐恩は驚いた。
「それな、マリアさんが前もって作ってくれてたんだ。いつかお前に着せたいって。今日忠時さんにマリアさんには内緒でここに運んできてもらってたんだ」
「ママが？」
汐恩はマリアに振り返った。
マリアは、いつの間にと夫に呆れながらも答えた。
「ええ、いつでも着れるようにサイズを合わせてありマスヨ」
「ママ………」
「汐恩、感激するのはまだ早いぞ。ほら、こっちも見てみろ」
吉継は緑色の茶碗を木箱から取り出した。
「これはマリアさんの故郷の焼き物『テルエル焼き』だ。これもマリアさんが前々からお前に使って欲しいって特別に焼いてもらってたんだ」
「綺麗………」
手にとってうっとり模様を眺める汐恩に吉継は更に提案した。
「どうだ、今度の茶会にそれ使ってみないか？そのガラシャの着物を着て」
ハッと大きく目を開けて汐恩は吉継を見た。
「それはとても名案です。いいえ、それ以外考えられません」
「だ、そうですよ、マリアさん。よかったですね、長年の願いが叶って」
吉継は万事計画通りに運んだ得意顔をマリアに向けた。
するとマリアは急に吉継を固く抱きしめ、Ｍｕｃｈａｓ　ｇｒａｃｉａｓ（ムーチャス・グラシアス/本当にありがとう）と礼を言ってから飛び切りの笑顔を表した。
「¿Te casarás con mi hija bonita cuando crezca?（テ・カサラス・コン・ミ・イーハ・ボニータ・クアンド・クレスカ？）」
「え、何て言ったんです？」
ボニータだけは聞き取れたが後は分からない。
「今はまだ秘密デス」
吉継はマリアに唇へ人差し指を当てられウインクされて戸惑った。
「プッ、ヨシちゃん、いよいよこれは大変ねえ」とスペイン語を理解している音依が笑うと、「うーん、ヨシ君なら、有りかな。父親としては複雑だけど」と忠時は腕を組んで考え込んだ。
【おい、金吾。マリアさん、今何て言ったんだよ。お前なら分かるだろ】
吉継は二色鉛筆に尋ねたが、
【アハハ、面白そうだから教えてやらぬ】
とケラケラ笑って拒否された。
「ねえ、音依さん、今の何て意味なの？」
秀晶が音依の袖を引いて尋ねると、音依は秀晶の耳元でヒソヒソと話した。すると突然驚いた顔をした秀晶が大慌てでマリアに向いて両腕をブンブン振った。
「マリアさん、ダメです！そんなの！」
「ん？何故ダメなんデスカ、晶？」
「ええ、それは、その………」
と、その秀晶の煮え切らない態度で察したマリアは汐恩を背中から抱きしめて秀晶に言った。
「ワタシのボニータは負けまセンヨ、晶」
「そういうのは本人の気持ちです！親が決める事じゃないです！！」
「おい、晶、そんなに興奮して何だったんだ？」
「うるさい！全部ヨシが悪いんだからね」
「ええー、俺なんで悪い事してないのにいつも責められんの？」
理不尽さにブツブツ文句を呟きながらもキッチンに戻った吉継は着座を勧めた。
「ま、とにかく色々一段落ついた所で、このケーキ食べませんか？折角焼いたので」
「お、そうだね、頂こう。さ、汐恩、カウンターで私達の間へ座りなさい」
「はい、お父様」
従順に腰掛けた汐恩に忠時は笑った。
「ところで私はパパとは呼んでもらえないのかい？」
「お父様は日本人ですからお父様です。でもママはスペイン人ですからママと呼びます」
汐恩は右隣のマリアの腕に引っ付いて反論した。
「うーん、マリーと仲良くなってくれたのは嬉しいけど、急に寂しいな」
「お父様にはお兄様がいらっしゃるから良いではありませんか」
バッサリ父親を切り捨てて汐恩はマリアに向いて言った。
「ママ、あの、巡礼の貝なんですけど、壊してしまって本当にごめんなさい」
「コンチャならもういいんデスヨ、ボニータ。気にしないで下サイ」
「あ、そうでなくて、その、よろしければ私もいつかサンティアゴ巡礼に連れて行って頂けませんか？ママと一緒にママの歩いた道を歩きたいんです」
「カミーノに？」
「はい。それと、ママの産まれたアルバラシンも見たいです。駄目ですか？」
マリアは満面の笑みでまた汐恩を抱きしめた。
「それナラ夏休みとかにグァポと三人で行きマショウ。ボニータに案内したいところスペインに一杯ありマス。デモ、カミーノは距離長いカラ、数年に分けて行きまショウネ」
「はい！あ、それと」
体を離して汐恩はある事を願った。
「スペイン語とスペイン料理も教えて下さい。私、ママに教わりたいです」
「¡Vale！（バレ）」
マリアは嬉しそうに親指を立てた。
「バレ？」
「スペイン語でＯＫという意味デス。シカシ、あのミガスの出来ではボニータに料理教えるの中々骨が折れそうデスネ」
「あ、酷いです、ママ」
「アハハ、スペイン料理は良いですケド、他の日本料理トカハ音依に教えてもらったらどうデスカ？音依それは凄い料理人デスヨ」
「あ、確かにそうです」
「何、汐恩ちゃん、私に料理習いたいの？」
音依はカットしたアーモンドケーキを三人に出しながら笑った。
「はい、お母様の料理の手解きはとても丁寧でよく理解出来ましたので。大雑把なコバ君とは天地の開きがあります」
するとそれを耳にした吉継は前も同じような比較されたなと思い出しつつもひねくれ気味に言った。
「ふん、教え方が雑で悪うございましたね」
「拗ねないの、ヨシちゃん。それより、皆さんコーヒーは？マリアさんはいつものようにカフェ・コルタードを、レチェ・テンプラーダでいいんですか？」
「Claro！（クラーロ/もちろん）」
「では私はカフェ・ソロで」と忠時が注文すると汐恩は「私はママと同じで」とまた母親にベッタリくっついていた。
「じゃ、ヨシちゃん、コーヒーお願いね」
「ダコール」
「しかし、汐恩のこの変わりようったら」
秀晶もキッチンテーブルでタルタを食べながら冷笑した。
汐恩は照れながらも秀晶へ睨みを利かせた。
「よろしいではございませんか。何か悪いですの？」
「別に悪いとは言ってないけど。あ、そうだ、ヨシ」
「うん？」
エスプレッソマシーンを操作しながら吉継は秀晶に振り向いた。
秀晶は花瓶に活けた先程のカーネーションの花束を指さした。
「大茶湯の花ってさ、そのピンクのカーネーション使えない？ほら、汐恩は茶碗もテルエル陶器使うんでしょ？だったら国花のスペインで統一出来ないかな。それに関ヶ原桜少ないからピンクって花見に映えると思うんだけど」
するとこの発言に直ぐさま一同は酷く驚いた顔を揃って秀晶に向けた。
基本的に茶席にいける茶花（ちゃばな）は季節に応じた日本の花が使われる。しかし日本の花であっても沈丁花、深山樒、鶏頭の花、女郎花(おみなえし)など禁花（きんか）といって嫌われる種類もあり、西洋の花はそもそも日本古来の茶道の茶花には考えられておらず、一般的に合わないと言われている。
「あ、やっぱり茶会向きの花じゃないかな、アハハ」
よくよく考えてみた秀晶は頰を掻いたが、汐恩は余計目を見開いた。
「晶さん、貴女凄い発想なさるのね！それとても素敵だと思います！」
「え、マジ？」
「西洋の花が絶対に禁花と決められている訳ではありません。それに椀がスペインなのですから花も日本産にこだわる必要がどこにありましょう。それに決めます！」
真剣な顔付きで汐恩はポンと掌を叩いた。
「いいの、ホントに？」
意外な高評価に驚く秀晶であったが、吉継も「カーネーションいいな」と賛成した。
「今年寒くて桜の開花遅れそうって気象予報で言ってたから。大瓶で活ければ結構桜の代わりに見栄えいいんじゃないか？マリアさん、テルエルの花瓶で良さそうなのあります？」
「フフッ、実はいくつか用意してありマスヨ」
「わあ、さすがママ、頼りになります」
「じゃあ花入れと花は決まったな。茶碗もテルエル焼きで汐恩の着物も決まったし。他の細かい道具はみんなで相談するとして、大まかな菓子作りの基盤が出来てきたな。でも、さすがは晶。何気ない閃きで流れを変えるんだから、味方でいてくれて心強いよ」
細川家にコーヒーを出した後、吉継は秀晶にカフェオレを差し出した。
「えへへ、そ、そうかな」
「むむ、さすがは私の好敵手の晶さんですわね。一瞬たりとも侮れません」
「ちょっと、汐恩、今は茶会の仲間なんだから、そういうのは休戦」
「ああ、そうです。今後の課題は茶屋比べですわね」
ケーキを食べながら汐恩は戸惑った顔を上げた。
「こらこら、また一人で抱え込むな。これからはみんなで取り組んでくって決めたろ？」
「は、はい。そうでした。でも具体的にどうしたらいいんでしょう」
「三人だけで話し合っても平行線だからな。とにかく一度『チーム汐恩』を立ち上げよう。伊知花と咲良と合流して作戦会議を開く。晶、女子の方は任せて良いか？」
「了解」
秀晶はナイフとフォークでＶサインを作った。
「じゃ、俺は三大に声掛けてみるよ、っていつ集まろうか。茶会記の締め切り十八日だっけ。集めるの来週の水曜か。あんま時間ないな。俺抜きで先に細々したの決めてもらうしかないかな」
厳しい目付きで吉継はカレンダーと睨み合いした。
しかし汐恩が口を尖らせた。
「いえ、それは困ります。コバ君が茶菓子作りのメインなのですから、不在ですと足並みが揃いません。それに同時進行で進めていかないと到底間に合いませんし」
「うーん、そうは言っても学校終わったら俺仕事だし、週末も朝昼仕事だし。定休日の水曜しか空く時間無いしな」
するとここで音依が開口した。
「ヨシちゃん、全部決まるまでお店の手伝い休んで良いわよ。土日のランチタイムも」
「は？いや、でもそれじゃ、母さんと父さんに負担が」
「あのね、ヨシちゃんが店に出るまでは私達はずっと一人で回してきたのよ。親を信用しなさい。それよりヨシちゃんは全力で汐恩ちゃんの力になってあげなさい。これは師匠としての命令です。いいわね？」
「母さん、ありがとう」
「だったら、ヨシ、早速明日の日曜集まる？私、伊知花とかにメッセ送るけど」
秀晶がＬＩＮＥの開いたスマホを挙げた。
「そうだな、茶屋のレイアウトとかもあるし急ピッチで進めていかないと。汐恩それでいいか？」
「申し分ございません」
「場所はどうする？」
「それはよろしければ私の家で」
「おいおい、みんなが集まるにはあの茶室は狭すぎるだろ」
「いえ、私の部屋に集合しましょう。一応二十畳ありますので、ある程度の人数でも大丈夫です」
「個室に二十畳って相変わらずスゲえな。じゃ、作戦本部は汐恩の家で決定な。晶、女子へ連絡頼む。俺も男子の方はやっておくから」
吉継はＬＩＮＥでメッセージを送っていた。
「イエッサー」と秀晶も手早く画面にタッチしていた。
そんな二人の様子を見ていたマリアは汐恩にこっそり耳打ちした。
「素敵な友達が出来て良かったデスネ、ボニータ」
汐恩は上機嫌に笑って答えた。
「Ｓｉ、ｍａｍａ！」

「あはは………」
翌三月十二日、日曜日、午前十時。
約束通り汐恩の部屋へ皆が集合した途端、吉継は笑うしかなかった。
温泉旅館を思わせるような広い畳敷きの和室の壁には不釣り合いなスペインサッカークラブ、レアル・サラゴサの旗が幾つも垂れ下がり、その下には大小様々の烏帽子を付けたくまモンのぬいぐるみが所狭しと並べてあった。
「汐恩、お前、一日で極端に変わり過ぎだろ」
汐恩の格好も百八十度の転換である。
普段の和装でなく、肩の出たオフホワイトのセーターに白百合が多数プリントされた紺色のミニフリルスカート、それに黒いニーソックスを履いている。そしてトレードマークともいえるストレートヘアがウェーブのかったスタイルへと変わっていた。
すると、焦げ茶色のローテーブルに片肘をついて胡座で座った吉継の右隣に腰を下ろした汐恩が、呆れている吉継の右頬をいきなり思い切りつねった。
「いてて、何するんだよ、汐恩！」
「そういう時は珍しがるより、先ず着こなしを褒めるべきです。セレブレティーとしてのマナーがなっておりませんわね、貴方」
胸に垂れ下がった黄金色のホタテ貝の小さなネックレスがチャラリと揺れた。
「お前は庶民の俺に何を求めてるんだよ！それにつねる事はないだろうが」
この破壊王め、と小声で吉継は文句を吐いた。
「何ですって！？」
「いいえ、何でも無いです………」
恐怖の眼差しに吉継は汐恩から少し離れ身構えた。
しかし、汐恩は負けじと吉継の右腕を掴んで自分の方に引き寄せ、顔を近付けた。
「いつまでもレディーに怯えるなんて失礼です。これでも結構傷つきますのよ」
「悪かった、悪かったって」
吉継は汐恩の腕から抜けて、壁の赤い紋章旗を見た。王冠の下には後ろ足で立つライオンが描かれている。
「それより、サラゴサのフラッグとはある意味マニアックだな」
「ママが育った地元のクラブですもの。ママも応援しているようなので私もそうしようかと」
「はは、サッカーの話なら左人志の奴喜ぶぞ。あいつスペインリーグとかもすげえ好きだし。一度二人で話してみれば………いててててて」
またしても汐恩に頬をつねられた。それも二倍ぐらいの力強さである。
「いってーな！俺が何したよ！」
汐恩の手から離れた吉継は食ってかかったが汐恩は自分の手を見て不思議そうに聞き返した。
「いえ、何となく。本当にどうしてでしょう？」
「それは俺の台詞だ。今日の集まりが武将の敬称不要ってのは分かるけど、お前、変なイメチェンしてからどうかしちまったんじゃねえの？」
「へ、変？」
「そうだ、その髪だっていつもの真っ直ぐなのが良いのに」
「………ストレートがお好みなんですの？」
「お前にゃ前の方がマシなだけだ」
「そうですか」
軽い笑みを浮かべて汐恩は吉継の隣にきちんと座り直した。
「ねえねえ、ヨシ、私は？」
左隣に座った秀晶が吉継の左腕を取って揺すった。
「何だよ、晶？」
「私の格好は変じゃない？」
白デニムのホットパンツに紺色のリーボックのパーカーを着た秀晶が聞いてきた。
「は？」
「だってさ、汐恩ばっか褒めてズルイ」
「………おーい、今の流れのどこにそんな要素あった？」
吉継は訳も分からず左右に揺られたが、目の前の胡座をかいていた京極伊知花が、さも下さらそうに短い八重歯を出して掌をヒラヒラと振った。
「晶、コバにお洒落の感想求めたって時間の無駄無駄。何、その、よっしーがソースカツ丼食べてるプリントのパーカーは。ダッサ！」
「お前、全国のよっしーファンに謝れ。それよか、お前のそのミリオタ満載の格好には言われたかねーよ。ここのお手伝いさん玄関でメチャクチャ警戒してただろうが。それに人の家来るのにモデルガン装備してくる奴がいるか！執事さんに取り上げられるのは当たり前だろ」
帽子から靴下までミリタリーファッションで固めた、額に迷彩ストールを巻いてその上から透明なレギュレーターゴーグルを着用している伊知花に吉継は言い返した。
「チッ、気の利かない執事ね。折角汐恩を守ろうとしてきたのにさ」
「あのな、今日はお前らのサバゲー大会に来たんじゃねえぞ。汐恩が撃たれるはずないだろ」
伊知花は小学生ながら「クイーン」という大人のサバイバルゲームの女子チームに属していて、東海大会では常に上位にいた。伊知花は銃器の扱いに慣れていて仲間からは「リトルクイーン」と呼ばれている。その伊知花が声高に反論した。
「甘いわね、コバ。私達の中ではいつでも戦場よ。敵もどこから攻めてくるか分からないから武装は鉄板でしょうが。大将の首取られたら負けなんだからね。今川義元が良い例でしょ」
「ここは桶狭間じゃねえ！茶会の相談に無粋な武器持ち込むな、この馬鹿伊知花」
「馬鹿とは何よ、コバのくせに」
「何だと！」
すると伊知花の右隣の、ピンクセーターを着た小田咲良が赤いヘアゴムで止めただけのおさげ髪を揺らせて仲介に入った。
「伊知花ちゃんも、コバ君も喧嘩はめっ、よ～！二人は寝返り組なんだから仲良くね～」
「一緒にするな！」「一緒にしないでよ！」
とハモる二人に咲良はニコニコとして手を合わせた。
「ほら、やっぱり似た者同士だよ～。スマイルスマイル～」
間延びした声で咲良が言った。
「………もう、あんたのそのほわっとした顔見てるとどうでも良くなってくるわ」
伊知花は咲良の頭を和んだ顔で撫でた。
ちなみに寝返り組というのは関ヶ原小学校五年一組の中での不名誉なあだ名である。小早川吉継（小早川秀秋）を筆頭に、脇坂英治（脇坂安治）、橘川広樹（吉川広家）、京極伊知花（京極親子）の四人であり、伊知花だけは女子一人なので特にその名称は嫌がっていた。
「でもお前らホント仲良いな」
吉継が姉妹のような同級生に笑った。
「当たり前。私達は共にキリシタン、特にジョアン繋がりなんだから。だからガラシャ好きの汐恩に協力するのは当然でしょ。ね、咲良」
「うん、そうだね～。汐恩ちゃんに友達って言ってもらえたんだからすっごく嬉しい～。友達の力になるのは当たり前だよ～」
それを聞いて汐恩は少し照れていた。細川家に着いた早々名前で呼んで下さいと頼んだら二人は何のためらいもなくあっさり了承した。
「京極高知（たかとも）と織田長益（ながます）の洗礼名か。なるほど、有楽の茶室も『如庵』だもんな。でも京極家と細川家は超仲悪かったぞ。忠興が丹後宮津から小倉へ所領替えになった時に寺の釣り鐘を持って行こうとしてそれで京極家臣と揉めてから高知とは絶縁したからな。それに高知の次男の広高は三千家（表千家・裏千家・武者小路千家）の祖となった千宗旦の弟子になってて、細川三斎流とは関係ないだろ」
「歴史の事は細かいわね、コバは。だったら咲良はどうなのよ。それこそ織田有楽流で三斎流とは関係ないでしょ！」
「有楽は三斎とは仲良かったからいいんだよ。何たって敬愛してた信長の弟だからな。それに織部に有楽は茶が下手って馬鹿にされてたからこっちにつくのは道理だろ。な、源五？」
「………ゲンゴ？」
それを耳にした咲良は、
「コバ君、私、昔のあだ名で呼ばないでっていつも言ってるよね～。撃ち殺すよ～。月の出てない夜には気を付けな～」
と目だけが笑っていない満面の笑顔で指の銃をあっという間に額へ突き付けた。
茶道有楽流の祖となる織田長益は信長の弟であり、本能寺の変の折、甥の信忠を自害させ自分だけが逃げ延びてそれを「織田の源五は人ではないよ お腹召せ召せ 召させておいて われは安土へ逃げるは源五 むつき二日に大水出て おた（織田）の原なる名を流す」と皮肉られていた。
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		<dc:date>2018-01-02T14:18:52+09:00</dc:date>
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	<item rdf:about="https://granpa.novel.wox.cc/entry36.html">
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		<title>菓子は菓子なれ⑬</title>

		<description>「何よ、さっきまでは汐恩だって忠興って…</description>
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			<![CDATA[ 「何よ、さっきまでは汐恩だって忠興って呼び捨てにしてたくせに」
「あ、あれは」
「こらこら、二人とも話を遮るな。ここからが本題なんだから」
「ごめんなさい」「ごめん」
汐恩と秀晶は同時に謝った。
「そして重賢公が着手した政策で有名なのが徹底した質素倹約だった。着物を贅沢にしないとか、風呂の湯を毎日変えるのは不経済だとか、客の御馳走の質を落とすとか。それは広く『節倹耐乏（せっけんたいぼう）の生活』と呼ばれたんだ。そんな中、酒の肴として考案されたのが一文字ぐるぐるだった。安くて簡単で美味しいと評判になったその料理は忽ち熊本中に広まって、それがこの料理の起源って訳」
「なるほど、スペイン料理にしろ熊本料理にしろ様々な歴史がありますのね」
汐恩は箸を置いて声を落とした。
「それなのに私ときたら自分の感情で勝手に毛嫌いしていたとは本当に情けないです。お母様のへの態度もそうです。どれだけ謝罪しても到底許して頂けるとは思えません」
「そんな事はないさ、マリアさんは本当に汐恩の事が大好きだからな。謝れば許してくれるよ」
「しかし、それだけでは私の気が収まりません。むち打たれて牢獄にでも叩き込まれても軽い罰です」
「あのな、お前は一々大袈裟で言葉が重いんだよ。マリアさんを信じろ」
「でも………」
「ねえ、汐恩ちゃん」とここで音依が割って入った。
「マリアさんはサンティアゴだけでなく聖母も信仰しているのよ。キリスト教は『赦し』の教えでもあるの。そんな慈愛のある人が娘を許さないと思う？それにマリアさんは誰に対しても怒った事が無いのよ。もちろん今までの貴女の態度に対しても、ね」
「それでも私はお母様に対し何か償いをしないといけないと思うのです。ただ頭を下げるだけではとても」
「ふふッ、じゃあ一つとっておきの手があるわよ。ついでにマリアさんに凄く喜んでもらえる方法がね、試してみる？」
「な、何でしょうか！」
汐恩は勢いよく身を乗り出した。
「簡単よ、貴女が晶ちゃんにした同じ事をマリアさんにもするの」
「は？」
「つまり料理ね」
「え、それは大惨事になっちゃうんじゃ」「え、それは大惨事になっちゃうんじゃ」
吉継と秀晶が一語一句同じ台詞を言い放った。
「ちょっとお二人とも声を揃えて失礼です」
前歴がある汐恩は秀晶と吉継を拗ねた顔で見つめた。
音依は微笑んだ。
「大丈夫よ、私が直々にみてあげるから。今度の土曜日、ここを臨時休業にするから夜にマリアさんと忠時さんをスペイン料理のフルコースにご招待しましょう。もちろん、マリアさんには汐恩ちゃんが関わってるのは内緒でね」
「休業？いえ、そこまでして頂くのはさすがに」
汐恩は躊躇って頭を振った。
「いいのよ。今のひすとり庵があるのは忠時さんのお陰でもあるもの。これは小早川家が細川家に対しての恩返し。細川家の方々が幸せになってくれれば私も嬉しいわ」
「お母様、ありがとうございます」
「でも母さん、時間もそんなに無いよ。素人の汐恩にフルコース作らせるのって無理なんじゃ」
「何を言ってるの、コース料理はヨシちゃんの担当でしょ」
「は？だって今」
「コースは、って説明したでしょ。いい、みんな聞いてね。実はね………」
音依はそうして三人にとある考えを伝えた。

それから三日後の土曜日、午後七時。
「本日臨時休業」との手書きの紙が貼ってある玄関の扉がガラッと元気よく開いた。
「オラ、音依、ヨシ！ご厚意に甘えてやってきまシタ」
忠利のコートの腕に手を絡ませていたマリアが手を挙げて挨拶した。黒いスキニージーンズに茶革のブーツを履き、タータンチェックのシャツの上にはオレンジのブレザーと髪には白いニット帽をかぶっていた。ニット帽には「ＭＩ　ＣＡＲＩＮＯ　ＥＳ　ＰＡＲＡ　ＴＩ」（ミ・カリーニョ・エス・パラ・ティ/私の愛情はあなたのために)とのエンブレムが縫いつけてあり、相変わらず名家の夫人とは思えない気軽な形である。
「やあ、音依さん、マリーに倣ってカジュアルでって指定があったから私もラフな格好で来たけど」
フィッシャーマンニットセーターに黒いダッフルコートを羽織った忠時が薄青のスラックスに掛かった小雪を払って笑った。
「いつも和服ですからたまにはよろしいんじゃないですか。さ、カウンター席へどうぞ」
玄関に出迎えていた音依が二人の上着を預かって着座を勧めた。
「Ｂｕｅｎａｓ　ｎｏｃｈｅｓ（ブエナス・ノーチェス/こんばんは）、忠時さん、マリアさん」
いつもの赤いユニフォームの胸ポケットに赤、黄、赤に並んだ横三色のスペイン国旗の簡易ワッペンを貼り付けた吉継がキッチンから挨拶を返した。
マリアは席に着くなり周りを見渡した。いつもと異なってカウンターの空いた場所には赤いカーネーションの鉢植えがいくつも並べてある。
「オウ、Clavel（クラベル）はスペインの国花デス。今日はスペイン一色デスね」
「はい、いつも細川家の方々にはお世話になっていますので母さんに頼んで買ってきてもらいました。特にマリアさんに喜んで頂ければ」
「グラシアス（ありがとう）、ヨシ！」
「さ、ヨシちゃん。料理の方、お願いね。私はお酒を担当するから」
キッチンに戻った音依が吉継に頼んだ。
「ダコール、メトレス（師匠）！」
吉継はエプロンの紐をギュッと締め直すと調理に取り掛かった。
音依はカウンターの前に立つと二人に聞いた。
「さて、忠時さん、マリアさん、今夜のお酒は私が選ばせて頂いてよろしいでしょうか？」
「もちろん。お任せという話ですからね。マリーもそれでいいかい？」
「Ｓi」
「では少々お待ちください」
音依は二つのタンブラーに、片方は白ワインと黄色いフルーツジャムを、もう片方には赤ワインにレモン炭酸水を注ぎクラッシュゼリーとキューブアイスを追加してステアした。そして直ぐに出来上がったそのカクテルを九曜紋のコースターに載せて二人に差し出した。
「お待たせしました。細川コンビカクテルです」
「コンビカクテル？」
忠時は二杯のグラスを見比べた。
「別名カップルカクテルです。二人で来店されてこれを頼むと特別価格で提供させて頂いてます。忠利さんのは忠興公のオリジナルカクテル『比翼連理（ひよくれんり）』、マリアさんのはガラシャの『ティント・デ・パスクワ』です」
「ほう、比翼の鳥、連理の枝かい？なるほど仲の良い象徴だね」
比翼の鳥は雌雄それぞれ目と翼を一つずつ持ち、常に一体となって飛ぶ空想上の生き物で、連理の枝は別の木の幹や枝同士が途中で絡まったもので、離れがたい仲の例えである。忠興とガラシャは夫婦であったのでその名が付けられた。
忠時は忠興の「ｔａｄａｗｏqｕｉ」とローマ字刻印されたプラスチックマドラーが差し入れられたカクテルを見た。下に沈殿したジャムが層になっていて、忠時はそれを混ぜて飲んだ。
すると白ワインの甘さの中に馴染みのあるほろ苦さが見え隠れした。
「む、これは晩白柚のジャムだね！それも皮入りのジャムだ、違うかい、音依さん？」
「はい、熊本は晩白柚の産地なので。それに合わせるつもりで白ワインは熊本ワイン肥後六花シリーズの『デラウェア』を選びました」
「肥後六花って熊本藩士が育てた六種類の花？」
「ええ、肥後椿（ひごつばき）、肥後芍薬（ひごしゃくやく）、肥後花菖蒲（ひごはなしょうぶ）、肥後朝顔（ひごあさがお）、肥後菊（ひごぎく）、肥後山茶花（ひごさざんか）の六種です。それをラベルに使ったワインがそれです。忠時さんのは白椿、マリアさんのは花菖蒲の赤ワインを使用しています」
なるほどと頷いた忠時は隣のマリアのカクテルを眺めた。
するとマリアは口を付けずにマドラー袋に印刷されていた細筆の文字を難しい顔でずっと眺めていた。躊躇いもなく力強い筆遣いである。
「うーん、ワタシ、まだこういう読み取り苦手デス、グァポ、コレ分かりますか？」
「どれどれ、貸してごらん………うん、これは確かガラシャ直筆の短冊じゃないかな？東京の永青文庫で見た記憶があるよ」
「では何テ書いてあるのデスカ？」
「えっと、何だったかな」
必死に思い出そうとしている忠時に音依は袋の裏に訳が書いてありますよ、と助け船を出し、説明を更に重ねた。
「『たつねゆくまほろしもなつてにても　たのありかをそことしるへく（尋ねゆく幻もがなつてにても魂のありかをそこと知るべく）』。源氏物語の桐壺からガラシャはその歌を選びました」
「あ、そうだ、確か、味土野の幽閉の時に」
「その通りです。この桐壺帝の歌は元々白居易の長恨歌（ちょうごんか）の、亡くなった楊貴妃の魂を方士（幻術師）に探させた玄宗皇帝の詩から引用されたものです。桐壺の帝の歌は亡くなった更衣の魂を探してくれるような方士がいてくれれば、という悲しみに満ちています。でもその短冊の文字にはガラシャなりの感情が込められている気がしてなりません」
「え、どういう事だい、音依さん？」
すると音依は袋を手にして文のある部分を指さした。
「ガラシャの書いたこの歌には実は原文の『たま（魂）』から『ま』の字が抜けています。正式は『たまのありかをそことしるへく』です。ガラシャはいつも手紙の署名に簡略した『た』を記しています。明智たまの『た』です。この一字省略は戦国時代では珍しい事ではありません。つまり『た』はガラシャ自身。つまり魂の行方を捜している、というのはガラシャ自身が自分の心の拠り所を探しているとも考えられるのです」
「ほほう、なるほどね」
「それからやがてガラシャはキリスト教徒となり、後の手紙には『からしや』と記しています。その歌はいわゆるガラシャの人生の分岐点となったような歌なのです。ガラシャは味土野へ護送される時も家臣から自害を勧められましたが、それを拒否しています。生きたいと願う心が降り掛かる困難に立ち向かっていったのです。苦難の連続でガラシャの心はいつも迷っていたと思います。しかし、関ヶ原前までガラシャは苦しみに堪えました。堪えながらも必死に力強くこの歌を綴ったのです。ですから当店ではマドラー袋にそれをプリント致しました」
「オー、よく分かりマシタ。コレでスッキリしてお酒が飲めマース」
マリアは先がスプーンになっているマドラーでクラッシュされたレモンゼリーをすくいつつワインカクテルを口にした。
「ン、コレはティント・デ・ベラノですネ！懐かしいデス！それと混ぜてあるのただのレモン果汁でなく、ゼリーにしてるの面白いデスネ」
マリアは嬉々としてそれを飲んだ。
夏の赤ワインを意味するティント・デ・ベラノは地元民にとってはメジャーなカクテルでバルではサングリア（赤ワインに炭酸飲料と砂糖漬けにしたフルーツを混ぜたカクテル）よりよく飲まれている。
「普通はもっと安い赤ワインを使うんですけど折角なので熊本で統一しました」
笑う音依に忠時は尋ねた。
「でもパスクワってスペイン語で復活祭だよね。ティント・デ・パスクワなら復活祭の赤？どうしてガラシャのカクテルにその名前を？」
「それには二つの理由があります」
音依は指を二本立てた。
「秀吉から味土野の幽閉を解かれてもガラシャが完全に自由の身になった訳ではありません。移ってきた大坂屋敷は、秀吉の住む大坂城とは目と鼻の先にあり、そのためいつも監視が付いてました。それでもキリスト教の教義を聴いて感心を持ったガラシャは洗礼を受けるためにこっそり屋敷を抜け出し、教会へ向かいました。その時が実は復活祭の期間だったのです」
「へえ、それは知らなかったな」
「そしてもう一つ。ガラシャは正体を隠していたためにその場では洗礼を授けられませんでした。屋敷に帰る後を付けて教会が忠興公の妻だと知ってから後に侍女の清原いとを通して洗礼を授けました。その時に付いた洗礼名がガラシャで、その名を侍女を通じて与えたとされるのがスペイン人の祭司、グレゴリオ・デ・セスペデスです。もちろんこれには諸説あります」
音依はペンでメモ用紙にいくつかの単語を書いて見せた。
「ポルトガル語のｇｒａçａ（ガラサ）から変化したものだとか、イタリア人司祭・オルガンティーノがｇｒａｔｉａ（グラツィア）から名付けたとか。事実、『アヴェマリアの祈り』の冒頭ではＡｖｅ Ｍａｒｉａ，ｇｒａｔｉａ　ｐｌｅｎａ（アヴェ・マリア・グラツィア・プレーナ/アヴェマリア、恵みに満ちた方）とありますしね。しかしながらセスペデスはガラシャの死後もその命日に追悼ミサを行いました。ですからこのカクテルにはスペインの名前を付けたのです」
するとここで背後の吉継が音依に声を掛けた。
「母さん、前菜出来たよ」
「あ、仕上がった？じゃ、ここからはヨシちゃんにバトンタッチね。忠時さん、マリアさん、私は料理に合わせたワインをお持ちしますから後ほど」
音依は今晩のメニュー表を見て地下のワインセラーへ降りていき、代わりに吉継がカウンターの前に立った。
「お待たせ致しました。先ずは前菜の『Ｖｉｅｉｒａ　ｇｒａｔｉｎａｄａ（ビエイラ・グラティナーダ）』です」
吉継はホタテの貝殻にグツグツと湯気立つグラタンをバゲットスライスと共に二人に差し出した。
「これはホタテ貝のグラタンかい？」
「はい、スペイン沿岸部は、特にガリシア地方は魚介の宝庫でもありますので。ベシャメルソースの定番ですが」
「ふむ、美味しそうだ」
忠時はスプーンを受け取ると、早速熱々の具にスプーンを差し込んで口に運んだ。
「むッ！！」
忠時は直ぐに驚いた。定番とは言葉の引っ掛けで、口に入るとズッキーニやネギや人参とは別に複雑な貝の甘さとコクがたっぷり入っているホタテに絡み合ってきた。
「オウ、これとても美味しいデス。ムール貝や海老は入っていまセンガ、普通のビエイラ・グラティナーダとは全然違いマス。何デスカ、コレ？」
忠時と同時にマリアも驚いて吉継を見上げた。
吉継は手柄顔で笑った。
「実は具材の貝に細工をしたんです」
「貝ニ？」
「本来は生のホタテを使うのですが、今回は三種のホタテを用いました。一つは生、二つ目は乾燥ホタテを戻したもの、三つ目はホタテのライト燻製です」
「そうか、乾燥ホタテと燻製ホタテを使ったからスープにコクと香りが出たんだね」
「はい、中華の技法を応用しました。貝は天日に干す事でグッと美味しくなりますから。あ、それと前菜はもう一つあるんです」
吉継はそう言うと、小さな小皿に載った、串に刺さった、ニンニクとオリーブオイルで煮込まれたホタテが二つと、三センチ程の小さく赤い瓢箪が二つ串打ちされたものを前に置いた。
「ビエイラのアルアヒージョと瓢箪のピンチョスです」
「へえ、ホタテのアヒージョをピンチョスにしたのかい？どれどれ、うん、これも面白いね」
忠時はホタテを満足そうに頬張った。
対してマリアは瓢箪串を不思議そうに見ていた。
「マリー、どうしたんだい？」
「グァポ、コレ、食べれるのデスカ？スペインでは瓢箪は食べ物じゃありまセン」
「それは食用瓢箪だよ」
「食用？」
「マリアさん、それは隣の養老町で作られている漬け物なんです。ほら、マリアさん、小聖堂で秀吉の瓢箪の事話してたでしょう。それでオリーブの実やピクルスの代わりに今回はそれを使ってみたんです」
「あ、ああ………そうだったんデスカ」
小聖堂の瓢箪と聞いてマリアは少し動揺しつつ、漬け物をコリコリと口にした。
「オ、コレは中々乙な味デス」
相変わらず日本語が堪能なマリアに吉継は苦笑いしつつ、前菜を食べ終えた二人へ音依が持ってきた白ワインをグラスに注いだ。
「どうぞ、ガリシア州のワイン『ビオンタ・アルバリーニョ』です。辛口なのでシーフードにはこれが最適との母さんの薦めですので」
「へえ、ガリシアにはガリシアって訳だね」
「はい。その後にはこれをどうぞ」
吉継は次いでスープを出した。
「『ソパ・デ・マリスコス』です」
魚介類のスープというスペイン料理の皿には頭付きのオマール海老・ホタテ貝・鱈の切り身が浮いていた。
「お、オマール海老とは嬉しいね。それにこれにもホタテが入っているね」
「はい、炒めたタマネギとニンニクを足してフュメドポワソンで魚介を煮込みました。貝はアサリ等を使う場合が多いのですが、今回は良いホタテが手に入りましたのでそちらを使用しました。バゲットを浸して召し上がっても美味しいですよ」
「なるほど、そうしてみよう」
忠時は勧められるままバゲットと共にスープを楽しんだが、マリアはじっとスプーンに載ったホタテ貝を黙って眺めていた。
「マリー、どうしたんだい？冷めてしまうよ」
ハッとしたマリアは、
「あはは、そうデスネ」
と慌ててスープを食べた。
「三品目は『Ａｒｒｏｚ　ｃｏｎ　ｐｕｌｐｏ　ｙ　ｖｉｅｉｒａｓ（アロス・コン・ポルポ・イ・ビエイラス）』です。タコとホタテのリゾットはガリシアのメジャーな料理でもありますね』
「ガリシア、ホタテ………」
マリアはまたしてもトマトソースで煮込まれた米から覗くホタテ貝をスプーンで掘り出して何かを考えていた。
「マリー？」
「あッ、ハイ、食べマス、ワタシ」
しかし美味しいという評価も無く、ただひたすらにマリアはリゾットを平らげた。
吉継はそれを見計らって次の料理を出した。
「四品目は肉料理です。『Pollo al chilindrón（ポジョ・アル・チリンドロン）』、御存知マリアさんの出身のアラゴンの名物煮込み料理です。タマネギ、トマト、ピーマンの炒め煮ですが、肉は羊肉を使いました」
「これは懐かしいね。私もテルエルにいた時に食べたよ。うん、生ハムもちゃんと使ってあって美味しいよ、ヨシ君」
忠時はナイフとフォークを持って料理を楽しんでいた。
「ありがとうございます。では肉なのでこちらの赤ワインは如何でしょうか。『ウルトレイア・サン・ジャック』２０１３年ものです」
「ほう、これもスパニッシュワインかい？」
「そうです。産地はガリシア州に近いカスティーリャ・イ・レオン州のビジャフランカ・デル・ビエルソです………マリアさんは如何ですか？」
吉継は躊躇った顔でマリアに尋ねた。またしても料理に口を付けず黙って陶器の器を見ていた。
その深皿は真ん中がくびれていて瓢箪の形をしている。
「ヨシ、コレどうして瓢箪の形の器なんデスカ？」
突然、聞いてきた。吉継は口籠もって返答した。
「え？それはさっきも、言いましたけど、ほら、秀吉の」
「フーン、そうデスカ………」
マリアは不可解に満ちた表情で吉継を見上げた。
「ところでこのワインは音依が選んだんですヨネ？ナノニその音依がいないのはどうしてデスカ？」
不審げにキッチンを見渡すマリアに吉継は焦って食事の続きを促した。
「またワインセラーへ行ったんじゃないですかね。それより冷めない内に召し上がって下さい」
「まあ、別にいいですケド」
マリアは急に楽しいという風情もなく淡々とそれを食べ切った。
「さて、最後はデザートとコーヒーです。デザートはこちらのアーモンドケーキになります」
吉継は大皿に載った茶色のホールケーキをカウンターに置いた。
「コレは！！」
マリアはそれを見るなり驚愕に固まった。
こんがり焼かれた丸いカステラ生地のケーキの上には粉砂糖で型抜かれたサンティアゴ騎士団の十字架がシルエットでクッキリと現れていたからである。
「『タルタ・デ・サンティアゴ』です。サンティアゴ・デ・コンポステーラの修道院で作られたのが始まりの、スペインを代表する伝統的なケーキです」
よく見ると、ケーキの載ってる皿には縁に沿ってチョコレート文字で「Ｂｕｅｎ　ｃａｍｉｎｏ　Ｐｅｒｅｇｒｉｎａ！（ブエン・カミーノ・ペルグリーナ/よき巡礼を、女性巡礼者よ）と書かれてあった。
「………ヨシ、いくつか尋ねたいコトありマス」
強ばった表情を向けてマリアは立て続けに質問した。
「どうして今日はガリシア料理が多かったのデスカ？ワインの産地ビエルソはカミーノ巡礼路の途中にありマス。それにウルトレイアはフランス語でもっと前にと巡礼者にかける言葉デス。理由を教えて下サイ」
その青い瞳は懐疑と焦燥に満ちていた。
「ごめんなさい、マリアさん。実は全部忠時さんから聞きました」
料理の真意を見抜かれた吉継は申し訳なさそうにスッとマリアの前に例のクレデンシャルを差し出した。
ここで全てを察したマリアは血相を変え忠時に向かって声を張り上げた。
「Ｙｏ　ｐｅｎｓｅ　ｑｕｅ　ｅｓｔａｂａ　ｅｘｔｒａño！Ｇｕａｐｏ,¿Por qué has hablado con Yoshi?  Era un secreto！（ヨ・ペンセ・ケ・エスタバ・エクストラーニョ！グァポ、ポル・ケ・ハズ・ハブラド・コン・ヨシ？　エラ・ウン・セクレト/何か変だと思った！グァポ、どうしてヨシに話したの？秘密だったのに！）」
「ああ、マリアさん、待って下さい！巡礼の事に気付いたのは俺なんです。忠時さんはただ俺の疑問に答えてくれただけなんです」
詳しいスペイン語は分からずともニュアンスで推量した吉継は興奮するマリアに謎を解いた経緯を最初から説明した。
「ソウ、だったんデスカ。あの時コンチャを見つけられたのは迂闊（うかつ）デシタ」
聞き終わったマリアは他人に秘密を知られたせいか意気消沈して腰を下ろした。
「マリアさん」
と吉継は呼び掛けて言った。
「最後にもう一品だけ召し上がって頂きたい料理があるんです」
「ごめんなサイ、今はもう何も食べたくありまセン」
実はマリアはいつも心の中でコンチャに汐恩の事全てにおいて願掛けをしていた。そのコンチャはいわばサンティアゴとの秘密の約束であり、それを暴露されてしまったのが余程ショックだったのかマリアは視線を落として首を振った。
「いいえ、これだけは何としてもお願いします。マリアさんの今後にとっても大事な料理なんです！お願いします、一口だけでいいんです！」
吉継は固い声で真剣な顔を向けた。
「………分かりマシタ。一口だけナラ」
マリアは小声で渋々了承した。
「ではちょっとお待ち下さい」
吉継はバックヤードへ駆けていき、そして直ぐに一皿の料理を持ってきてマリアに出した。
どうぞと差し出されたのは件のミガスである。
「コレは、テルエルの………」
マリアは馴染み深い料理を前に複雑な顔をした。そして汐恩にひっくり返された過去の映像が過ぎった。分かってもらいたかったけれど、失敗してしまった。スペイン料理全体を嫌いにさせたきっかけとなったのがこのミガスである。あれ以降ミガスはマリア自身も口にしていなかった。
「さあ、約束です、一口だけ」
スプーンを渡して吉継は鬼気迫る表情で迫った。
「Ｓｉ」と不本意ながらマリアはそれを一口すくって食べた。
「どうですか？」
「………炒め過ぎデス。それとオリーブオイルが少なくて全体的にパサパサデス。目玉焼きも焦げてマス。ヨシらしくありまセン」
マリアは顔を伏せスプーンを置いて溜息を吐いた。
「やっぱりですか。これでも一応当人なりに頑張ったんですよ。ここまで教える母さんも大変だったんですから」
「………え、ヨシが作ったのではないのデスカ、コレ？」
「ええ、ちゃんとしたミガスの料理法、これを作った本人に伝授してあげて下さい。今から呼びますね」
「？」
疑問符を浮かべた顔のマリアにニコリとしてから吉継はバックヤードに声を掛けた。
「おーい、そろそろ、出てきていいぞ、汐恩！」
するとそこからしずしずと赤いエプロンを着けた汐恩がうつむいたまま現れた。
「ボニータ………」
マリアは愕然として立ち上がった。
汐恩はカウンターを抜けて母親の前に立った。
「このミガス、もしかしてアナタが作っタノ？」
「はい」とだけ汐恩は答えると突然マリアに勢いよく抱き付いた。
「お母様、今までごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
大声で泣きじゃくりながら汐恩はただ何度も何度も謝罪の言葉を繰り返した。
マリアは不測の事態に困惑して皆を見渡した。そこには笑顔の忠時をはじめ、吉継と、隠れていた音依と秀晶までもが揃って笑みを浮かべていた。
仕組まれた状況に感付いたマリアは忠時に向いた。
「グァポ、コレは一体」
「騙したみたいで悪かったね、マリー。でも、汐恩に本当の事を分かってくれる日がきてほしいって願っていただろう。今日がまさにその日なんだよ」
「で、デモ」
「間接的ではあるけれども全てはサンティアゴ様と聖母マリア様の思し召しさ。ヨシ君は私達にとって汐恩に目覚めを与えてくれた神の使いだったんだよ。感謝しよう」
忠時はマリアに向かって十字を切った。
マリアはいつまでも泣きやまない娘の頭を優しく撫でた。
「ボニータ、グラシアス」
「お母様、どうしてお礼なんて………ぶって下さいまし。私お母様にずっと酷い事ばかり………巡礼の貝も壊してしまって………ミガスもひっくり返してしまって、取り返しの付かない事を………私悪い子供でした、ですから私、どんな罰でも受けますから、許して下さい」
汐恩は泣き濡れた顔を上げてひたすら謝った。
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		<title>菓子は菓子なれ⑫</title>

		<description>「それにちゃんと歴史が評価してる件もあ…</description>
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			<![CDATA[ 「それにちゃんと歴史が評価してる件もある。八代将軍徳川吉宗がある時ガラシャをこう評したそうだ。『松平の御家のかく御繁栄のことハ偏(ひとえ)に細川忠興か妻の義死より起りし』と」
「え、吉宗がそんな事を！？」
「つまり歴史的に意味があったんだよ、ガラシャの死は」
「………そうですか、無駄じゃ、なかったんですね」
「ああ、平和な世が続いた礎になったと徳川将軍に言わしめたんだ。だからもう悲しむなよ。俺だってガラシャは大好きなんだからさ」
相好を崩す吉継に汐恩の目頭がぐっと熱くなった。
「ありがとう、コバ君」
「じゃ、そろそろ細川の話はここで切り上げて食事にしようか。約束通り最高のご馳走を振る舞ってやるよ。ちょっと待っててくれな」
「はい、とても楽しみです」
汐恩は憑き物が落ちたような清々しい笑顔を吉継に向けた。
吉継はするとバックヤードからボウル一杯に入った細々と千切られて軽く塩水を掛けられ一晩おいたパン屑を、フライパンで、たっぷりのオリーブオイルと、ベーコンとチョリソーソーセージとニンニクの細切れを炒めた後に追加し、そのパンをヘラで更に細かく潰すように一緒に炒めた。
そしてパンがこんがり金色に色付いてきたらそれを木の器にこんもりと盛り、別のフライパンで焼いていた目玉焼きをそこへトッピングしてついでに皮付きの葡萄の粒も五粒ほど飾りで載せた。
「さあ、今日のご馳走が出来上がったよ」
吉継はそれを二人の前にスプーンと共に置いた。
すると途端に汐恩の顔色がみるみる険しく変わった。
「これは前に話していた残飯じゃありませんの！コバ君、端から私を馬鹿にするおつもりだったんですか！！信じられません！！何ですか、こんなもの！！」
汐恩は立ち上がって耳をつんざくような大声で息巻いて器を掴みひっくり返そうとした。
しかし吉継はそれを予想していたのかその腕を掴み平然と切り出した。
「これは残飯なんかじゃない。『ミガス』という伝統的なスペイン料理だ」
「………み、がす？」
「それも『Ｍｉｇａｓ　ｄｅ　Ｔｅｒｕｅｌ（ミガス・デ・テルエル/テルエルのミガス)』と呼ばれてマリアさんの故郷の料理だよ。説明するからとにかく座ってくれ」
汐恩は予想外の展開に困惑したが吉継の勧めでペタンと腰を下ろした。
「汐恩がここに初めて来た時忠時さんが言ってたろ。スペインのパンは堅いと。スペインの気候は日本と違って常に乾燥してる。それにビニールとかで個別包装もしていないから元々堅いパンも直ぐにカチカチに固まってしまうんだ。でもそれは大事な食料。捨てずにどう調理するかと考えて生まれたのがミガスだ。いわばパンのリメイク料理だな。うちは父さんのパンが美味しいから残ることはないけど、今回は敢えてそのパンを乾燥室で乾かしたんだ。それに掛かった日にちが今日までの四日間だった。日本でも余った米をそういう風にアレンジする事は多いぞ」
「あ、前の冷やご飯対決の料理がそうだったんだね」
秀晶はイタリアンお焦げとライスバーガーを思い出した。
「そうそう。ま、日本の場合一般的にはお茶漬けとか雑炊とか炒飯が多いけどな。このミガスもパンの炒飯だと言えなくもない」
「なるほど」
秀晶は納得して頷いた。
「スペインは豊かな国じゃなかった。庶民は長らく困窮して食べるものにも事欠いていた。でもそんな中でも美味しく食べようと工夫されたのがこのミガスなんだ。名前こそそのままスペイン語で『パン屑』なんだけどその時には大層なご馳走だったんだよ。残飯なんてとんでもない。マリアさんは本当に自分が育った所の食事をお前に食べさせて、自分の事をもっと知ってほしかったんだ」
「………嘘です、そんなの」
汐恩は拳を握り歯を食いしばった。
「だったら何故私が病気の時そばにいてくれなかったんですか！私をほったらかしにして、細川の財産に飽かせてバカンスで遊び歩いているなどまともな母親じゃありません！」
「それなんだけどな、汐恩、誤解だ、全部」
「誤解！？何がですの！」
「あー、うん、論より証拠だな。晶、あれ、出してくれ」
吉継は急に秀晶に向いた。秀晶は頷くと持っていた鞄から一つの白い、赤い紐付きのホタテの貝殻を取り出して汐恩に見せた。
「汐恩が割ったのこういうのじゃない？」
「それですそれです。思い出しました、その憎むべき形は！」
「ちょっと興奮しないで！手に取ってよく見てよ。これただのお土産の首飾りに見える？いかにも大き過ぎるでしょ」
秀晶は強引に汐恩にその貝殻を渡した。
汐恩は心底嫌そうな顔をしつつもそれを観察した。
「あら、何かマークと文字がありますわね」
直ぐに汐恩は殻の表面に描かれた、下向きの剣形の赤い十字架と裏にＲｄｏ. ｄｅ Ｓａｎｔｉａｇｏというスペイン語を見つけた。
吉継は言った。
「Ｒｄｏはスペイン語でＲｅｃｕｅｒｄｏ(レクエルド)の略、思い出って意味だよ。つまりそれはサンティアゴの思い出って意味さ。その貝は晶に復元してもらった巡礼の記念品だ。俺達はマリアさんの小聖堂で実物を見たから思い出したんだ」
「巡礼？」
「そのホタテ貝の貝殻はｃｏｎｃｈａ（コンチャ）と言ってサンティアゴ巡礼に欠かせない印なんだ。大抵は瓢箪と杖でセットになっている。正確にはヨーロッパホタテ貝だけどな」
「サンティアゴって何です？」
「キリストの弟子で聖・大ヤコブだよ。何か違和感があったんだ。マリアさんは、俺と晶が連れていかれた小聖堂にあった瓢箪を秀吉の旗印だって誤魔化してたけど、秀吉はキリシタンを弾圧したからカトリック教徒がそのシンボルを飾る訳がない。だから俺はその時直ぐネットで調べたんだ。そうしたらサンティアゴ騎士団の赤い十字架がついた瓢箪の画像が見つかった。それはかつて巡礼路を歩くための水筒だったんだ」
「あの、先程からその巡礼って一体何ですの？」
貝をカウンターに置くと汐恩が訝しげに尋ねてきた。
「汐恩、お前、お遍路さんって分かるか、四国八十八箇所霊場巡り？」
「え、ええ。もちろん。白装束に身を包んで金剛杖をついて四国中の弘法大師縁の仏閣をたずね歩くものですわね」
「そうだ。その四国巡礼と似たものがスペインにある。日本と違ってただ一つの目的地だけをひたすら目指して歩いていくんだけどな」
「目的地？」
「サンティアゴ・デ・コンポステーラだよ。そこはスペイン北西ガリシア州の都で、その都市はバチカンとエルサレムに並ぶキリスト教の聖地なんだ」
吉継はスマホで、いくつものルートが描かれたスペインの地図を見せた。
「その聖地巡礼の地へは主にスペインを横断・縦断する形で、自転車か徒歩で数百キロの道を時間を掛けてたどり着くのが一般的なんだ。大抵は徒歩だけどな。巡礼者は様々な思いを持ってその道を歩いて行く。巡礼のルートもフランス発、スペイン発、ポルトガル発まで色々ある。巡礼者はその証としてサンティアゴの象徴であるコンチャをリュックや杖につけていくんだ」
「その貝殻が通行手形みたいなものなんだよね、ヨシ？」
秀晶がカウンターの貝を見て再確認した。
「そうだな。でもクレデンシャルっていう巡礼手帳の方が通った経路とかが分かりやすいかな。最終地点に到達するまでに教会とか市役所とか宿とかの各ポイントに貝やサンティアゴなんかを模したカラフルなスタンプが置いてあるんだけど、通過する度にスタンプを手帳に押していくんだ。それには場所だけじゃなく日付も記されるから一目瞭然だし」
「あの、コバ君、一体何をお話しされているか理解に苦しむのですが………」
汐恩は更に困惑して表情を強張らせた。
吉継は大きくため息を吐いた。
「あのな、汐恩、そのコンチャをマリアさんが持ってた意味まだ分からないか？それはサンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼者が持つもので、地中海に売ってる土産物なんかじゃない」
「え？」
「マリアさんが病気で苦しんでいるお前を余所に金を使ってバカンスを楽しんでいた？馬鹿も休み休みにいえ。マリアさんはお前の病気が治るよう、手術が成功するよう祈るために巡礼の旅にスペインへ出かけてたんだよ。自分の信仰するサンティアゴに救いを求めるためにな。それもフランス国境近くのソンポルト峠から八百五十四キロもある正反対のガリシアまでの長い道程を女性の身で、たった一人で歩き通したんだ」
これがその証だとばかりに吉継はスタンプが隙間もない程埋め尽くされた古いクレデンシャルと、金色の貝殻の模様が散りばめられた赤い紙筒から取り出した、サンティアゴが挿絵されたラテン語の書類を一枚汐恩の前に置いた。
「………え、え？」
汐恩は力なく開いた手帳を見つめた。その押されたスタンプにはスタート地点からゴール地点までが分かる日付が一つずつペンで書き込まれていて、それは間違いなく自分の手術の後から一月の間の数字だった。
「もう片方のこれはコンポステーラという巡礼を終えた証明書だ。マリアさんの名前と到着した日時も記載されている」
吉継は丸まったＡ四紙の書類を広げて汐恩の目の前に寄せた。
「汐恩、お前は想像出来るか、八百キロ以上もある道を一人で黙々と歩いていくマリアさんの姿を。娘の無事を黙々と祈りながら十キロ以上もある重いリュックを背負って歩き抜いたその姿を。短期間で無理矢理歩き通したんだ。顔は日焼けして靴もボロボロで足もマメだらけになった。それでも懸命に細川の家に帰ってきた。そこでお前の手術成功を聞いて安心したのか倒れてしまったんだ」
「そんなの………嘘です」
手帳を持つ手を小刻みに震えさせて汐恩は吉継を見上げた。
吉継はコンスポテーラを大切に筒に戻しながら続けた。
「嘘じゃない。俺はマリアさんには内緒で忠時さんと会って全部相談した。そうしたらクレデンシャルとコンポステーラを貸してくれた上で色々話してくれたよ。マリアさんの巡礼はお前への願掛けだ。だから忠時さん以外には里帰りの意味を秘密にした。だからお手伝いさん達はそれを観光旅行と勘違いしてしまったんだ。これを見てみろ」
吉継は次にポケットから一枚の写真を渡した。
「それはマリアさんが小聖堂に隠し持ってるサンティアゴのコンチャだよ。こっそり忠時さんに撮ってきてもらったんだ。マリアさんはサンティアゴのお陰でお前が助かったと感謝し、そのお前に幸福があるようにそれを首に掛けようとしていた。それをお前は勘違いして振り払って割ってしまったけどな。マリアさんはそれを一つ一つ拾い集めて接着剤でくっつけたんだ。娘を助けてくれたサンティアゴの思い出としてそれを今でも大事に保管してる」
「あ、あ」
「それとマリアさんは娘が病気で苦しんでいるからって巡礼中の食事も殆どが粗末なもので、わざわざ長距離の道を選んだのはそうするとサンティアゴ様がお願いを聞いて下さるんじゃないかって。
実は巡礼証明書を貰うだけなら長距離を歩かなくても最後の残り百キロから歩いてスタンプをクレデンシャルに押してもらえば発行してもらえるんだ」
「え？」
「でもマリアさんは闘病していたお前の苦しみを長く歩くことで共有しようとしたんだ。季節も真夏だったから熱中症で倒れかけた事もあるそうだ。巡礼は体調を考えると真夏と真冬は避けるのが無難だ。でもお前の事を思うとマリアさんは形振り構わず炎天下を歩いた。何度も意識が無くなりかけても他の巡礼者に助けられ励まされて満身創痍(まんしんそうい)でゴールの大聖堂へ辿り着いてサンティアゴ像へひざまずいてお願いした。『サンティアゴ様、ワタシの大事なボニータを助けて下サイ。ワタシの命を引き換えにしても構いませんカラどうかあの子を元気にして下サイ』と」
「私………」
写真を見つめていた汐恩の頰から一筋の涙がすうっと流れた。
「………私、今まで何をしていたのでしょう、何を。それに何故お母様は何も仰って下さらなかったのでしょう」
それからもう片方の目からも溢れた涙が止めどなく流れ続けた。
「マリアさんは」
吉継はクレデンシャルと写真を取り上げ、代わりにハンカチを差し出して言った。
「マリアさんはお前が誤解している事も知っていた。忠時さんは無理にでも説明しようとしていたみたいだけど、何せお前は超が付く程頑固者だからな、聞く耳持たなかっただろう。だから忠時さんをマリアさんが止めてたんだ。いつか分かってくれる日を待とうって。例えその日が来なくてもボニータが元気でいてくれれば自分はそれで幸せだって」
「わあああああああ、お母様！ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい！！！」
憎悪の糸が一度に切れたのか汐恩は謝りながら顔を涙でクシャクシャにして小さな子供のようにわんわん大声で泣き続けた。
「やれやれ、やっと事情を察してくれたみたいね、汐恩ちゃんは」
暫くして泣き止んでくると音依が汐恩の前に立って一冊の大学ノートを手渡した。
「それ見てみて、マリアさんが使っていた昔のノートよ」
「………お母様の？」
涙と鼻水を拭き取って汐恩は古いタイプのノートをペラペラとめくった。
そこには決して上手とは言えない字で平仮名や漢字やカタカタがビッシリ書き込まれていた。
「それマリアさんが日本語を勉強した証なの。この段ボールに一杯入ってるわよ」
音依はミカン箱を重そうにヨイショと持ち上げカウンターに置いた。
「へー、やっぱりマリアさん努力家だったんだ。日本語上手だもんね」
感心する秀晶に音依は立てた人差し指をノンノンと振った。
「これが百箱以上あるのよ。忠時さんに借りたのはこれだけ」
「百！」
「文字だけじゃないわ。日本の歴史・文化・政治・経済・古代の風習・もちろん関ヶ原の事にも精通するくらい猛勉強したの。辞書とか教科書なんてボロボロよ。マリアさんはねスペインまで追っかけてくれた忠時さんの熱意に応えるために命懸けで励んだのよ。お爺様、お婆さまに認められるようにね」
「お爺様達が？それはどのような意味なのでしょう？」
ノートから目を上げて汐恩は音依を見た。
「貴女が生まれる前にお爺様とお婆さまは続いて亡くなっていたから、汐恩ちゃんはその様子を知らないわね」
「はい、遺影でしか存じませんので」
音依は次いで吉継に向いて尋ねた。
「ヨシちゃんはマリアさんと忠時さんの話どう聞かされた？忠時さんがスペインに行った後」
「え、ああー、確か忠時さんが両親を説得してマリアさんを細川家に迎え入れたって」
「あらら、マリアさんもまた控え目に話したわね」
「違うの？」
「大違いよ。忠時さんのご両親、汐恩ちゃんからは祖父母ね、そのお二方はそれは大層厳しくてね。外国人を嫁にするなんて歴史ある細川家に泥を塗るつもりか、絶対許さないと猛反対してたのよ。でも忠時さんが帰国せず細川家と縁を切るなんて言い出したから、今度はマリアさんに難題をふっかけたのよ。当時忠時さんは大学二年生。忠時さんが卒業するまでマリアさんが細川家に相応しい教養や立ち居振る舞いを身につけなければ付き合いを許可しないと」
「三年で名家の基準に達しろって？そんなの日本人でも難しいよ」
「でしょうね。でもマリアさんは細川家の近くにアパートを借りてアルバイトをしながら勉強や作法に励んだの。もちろんその間、忠時さんが手伝う事も認められなかった。でも、マリアさんは自力でやり遂げたのよ」
「ひえー、マリアさん、凄いな！」
「忠時さんだって努力したのよ。マリアさんを円滑に迎えるには自分も御両親を納得させるだけの成果を出さなきゃならないって経営学と経済学をトコトン学んで、在学中に投資に成功して細川家の資産を倍にしたんだから」
「知りませんでした。お父様とお母様にそんな過去が………」
汐恩は小さな声で零した。
音依はノートを元の段ボールに戻して過去を振り返った。
「細川家に嫁に来てからもマリアさんは大変だったのよ。いくら忠時さんがこれからの時代は国際的じゃないと駄目だとご両親に説いてもお二方は昔気質だったから外国人ゆえに何かにつけて厳しく当たったの。スペインの国民性は総じて陽気で大らかだけど、それも煩わしいと押さえ付けてしまったのね。でも祖父母が亡くなると忠時さんはマリアさんを解放した。もっと自由にしていいんだって」
「そうだったのですか」
「だからマリアさんの服装も認めてあげてね。私、あの装い気に入ってるの」
「は、はい。それはもう。しかし私はそんな両親の苦労も全く知らずに汗顔の至りです。それにお母様のこれまでのご尽力に比べれば私の今までの努力など何と取るに足らないちっぽけなものだったのでしょう。それなのに私お母様に負けまいといつも罵ってしまって」
「じゃ、汐恩ちゃん、もうマリアさんを女狐扱いしない？私にとってもマリアさんは大切な友達なのよ。正直内情を知っていた私には結構聞くには辛かったんだけどね」
「ああ、申し訳ございません。短刀があったら直ぐにでもこの腹掻き切ってしまいたいです」
汐恩は自己嫌悪に陥った表情をもっと暗くした。
吉継は苦笑して言った。
「母さん、反省してる汐恩を責めるなって。それと汐恩も穴があったら入りたいくらいにしとけよ。それよりミガス食べてみないか？晶もさっきから我慢してるからさ」
「そうだよ、冷めちゃわない内に食べようよ、汐恩」
「ええ、そうですわね、折角作って下さったんですもの」
気を取り直した汐恩はスプーンで目玉焼きの黄身を潰すとそれをソーセージとベーコンとパンを一緒にすくって口に入れた。
「美味しい」
汐恩は思わず口を押さえた。
口内に広がるニンニクの風味とオリーブオイルが染みこんだカリッと焼けたパンが、脂のきいた具材と混ざり合い、とろっとした黄身がそれを包み込むシンプルではあるが甘塩っぱい味わいに感動した。
「わ、これマズい訳ないよ」
秀晶もガツガツと食べながら感想を述べた。
「そもそもパンにオリーブオイルだもんね。そこにガーリックとかソーセージとかベーコンだなんて美味しいミックスになってるもん。それに葡萄がさっぱりとアクセントになってて」
「あはは、二人に気に入ってもらえて何よりだよ」
殆ど空になりかけた二つの容器を見て吉継は笑った。
「実は料理、ミガスだけじゃないんだ。先に仕上げておいたこれも」
吉継はキッチンテーブルに掛けてあった布をめくってその下に隠されていた料理を二皿ずつ二人の前に置いた。
一品目は生ハムと黄色く揚がった野菜がサンドされたバゲットサンドイッチが一つ、二品目はグルグルに巻いた茹で緑ネギの塊が五つほど皿にのっていた。隣には赤茶色のソースが入った四角い小鉢が添えられている。
「汐恩、これは俺が熊本の郷土料理とスペイン料理を合わせた、お前のために作った創作料理だ。良かったら食べてくれないか」
「熊本とスペインの？」
「それともまだ熊本嫌か？」
「いいえ、もう熊本もスペインも今日で大好きになりました。だから喜んで頂きます」
汐恩は満面の笑みを吉継に向けた。
「そっか、じゃあ先に料理の名前だけ伝えるな。向かって左の皿が『ハモン・デ・テルエルと辛子蓮根のボカディージョ』、右が『一文字（ひともじ）ぐるぐる・タラゴナ風』だ」
「あ、これ、マリアさん達がこの前食べていたスペインのサンドイッチだよね」
秀晶がボカディージョを指さした。
「そうだ。それとついでにスペインバルみたいにこれもな」
吉継はワイングラスに入った赤いドリンクを二人の前に置いた。
「ちょっとコバ君、ワインはさすがに。私達小学生ですわよ」
汐恩は慌てて手を振った。
「大丈夫だよ、汐恩。ヨシはそんな非常識な事しないって。ね、ヨシ、これお酒じゃないんでしょ？」
「はは、さすが晶。そう、スペインの『モスト』っていう葡萄ジュースなんだ。バルの雰囲気出るだろ？とにかくボカディージョの方から食べてみてくれ」
「はい。では、頂きます」と汐恩は手を合わせてから、パンを四分の一程千切ってパクリと食べた。
すると蓮根の薄切りのシャクシャクという歯切れのいい食感とスペイン生ハムの極上のコクが混ざってその後にガンと鼻に抜ける辛さが襲ってきた。
「くうー」
二人は鼻を押さえ涙を浮かべたが、次には、
「美味しいッ」
とムシャムシャと食いついて瞬く間に完食した。
「ヨシ、これ考えたね。マスタードの代わりに薄切りの辛子蓮根挟むなんて」
秀晶はモストを飲みながら感激した。
「いいえ、晶さん、それだけではありませんわよ。全体を中和させるために溶けたエメンタールチーズが入っておりましたもの」
「ありがとう、二人とも。料理の説明が省けたよ。ところで汐恩、辛子蓮根って細川忠利公が元で誕生した話って知ってるか？」
「え、そうだったのですか！」
「ああ、忠利公は元々病弱で食欲があまりなかった。それを見かねた知り合いの羅漢寺の玄宅和尚が工夫して作ったのが、造血作用があって且つ栄養に富んだ辛子蓮根だったんだ。蓮根の穴に辛子味噌詰め、油で揚げる事で忠利公はその味付けを気に入り食欲を取り戻した。その衝撃的な風味もそうだけど、辛子蓮根の断面が細川家の九曜紋と似ている事から明治時代まで製造法は門外不出とまでなっていたんだ。これが熊本辛子蓮根の謂われだ」
「そうだったんですね、確かにこの辛さは元気が出そうです」
「じゃあ今度は右の皿のを」
吉継は二人に箸を渡して促した。見た目はネギの上に更にネギをグルグルと巻いてあるだけにしか見えないが、その隣の四角い小さな器に入っている赤茶色のソースに汐恩は目がいった。
「こちらのソースは何ですの？」
「あ、そうそう。そのネギをそのソースにつけて食べてくれ」
「あ、はい」
汐恩は言われたままネギをソースに潜らせて口に入れた。
「ん！甘い！これ不思議なソースです」
トマトの酸味が漂ったかと思えば別の香ばしい甘さが次々と追い掛けてきた。
汐恩は一口食べ終わると吉継に説明を求める目を向けた。
「それはスペインのサルサ・ロメスコだよ」
「サルサ？」
「ソースの事。だからこれはロメスコソースだな。オリーブオイルで炒めたアーモンドスライスと松の実、グリルしたパプリカ、そしてパプリカパウダー、レモン汁、タバスコ、水煮トマト、塩胡椒、すり下ろしニンニクをフードプロセッサーにかけたものがそれ。ネギによく合うだろ？」
「はい、ナッツの風味がきいていてとても美味しいです。でもこのネギもとても甘いのですが？」
「裏庭のバーベキューコンロで丸まま太ネギを真っ黒に焦げるまで焼いてから、皮をむいて甘くなった中身だけを使ったからな。スペインのカタルーニャのタラゴナ地方じゃカルソッツという白い太ネギを炭火で焼いてロメスコソースで食べるＣａｌｃｏｔａｄａ（カルソターダ・ネギの炭火焼き）がある。それを応用したんだ」
「へえ」
「でもそれだけじゃ熊本にはならないだろ。熊本には昔から一文字ぐるぐるというひともじ(熊本のワケギ)を一本まま茹でてそれを太い根の方を芯にしてグルグルと上の部分を巻き付けて、酢味噌で食べる料理法があるから今回それを活かしてみたんだ。一旦焼いて中身だけ取り出した太ネギに別の煮たワケギをそこに巻き付けたのがこの料理だ。だから一文字ぐるぐる・タラゴナ風」
「なるほど。それでこの甘さでしたのね」
「な、ネギって美味いだろ？晶はどうだ？」
吉継が秀晶に感想を尋ねると口にネギをモグモグ噛みながらマリアのように三本指でチュッと口元を鳴らした。汐恩は複雑な顔で窘めた。
「晶さん、それはスペインのジェスチャーです。貴女が真似る必要はないでしょう」
「カッコイイじゃない。学校で流行らせよっかな」
「晶、お前がやると洒落にならんから止めろ」
吉継も笑って制止した。
「えー、面白そうなのに。あ、そうだ。ねえ、ヨシ、この料理も細川と関係あるの？」
「もちろん」
頷いた吉継は次いで汐恩に向いた
「汐恩は、熊本藩六代藩主・細川重賢（しげかた）公は知っているだろう？」
「あ、はい。財政的に苦しかった熊本藩を立て直し『肥後の鳳凰』と呼ばれた名君でしたから」
「へえ、私、細川はガラシャと幽斎と忠興と忠利くらいしか知らなかったなあ。剣豪・宮本武蔵を雇い入れたのって忠利だったしさ」
思い出すように秀晶は四本の指を順に折った。
吉継は追加で説明した。
「重賢公も熊本では有名だぞ。享保の頃は熊本の財政は先代からの累積赤字とか凶作が原因でひどく逼迫（ひっぱく）していて、『鍋釜の金気（かなけ・鍋などにつく赤黒いしぶ）を落とすに水はいらぬ。細川と書いた紙を貼ればよい』とからかわれたくらい酷くてな。重賢公は新しい事業を興したり、新田開発を行って飢饉に備えたり、藩校を作るとかして教育に力を入れたりもした。その成果もあって熊本藩の財政は見事に再建されていったんだ」
「へえ、やるね、重賢」
「晶さん、さっきから呼び捨てで何ですか。私も細川の傍系ですからコバ君みたいに『公』を付けて下さいまし」
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		<title>菓子は菓子なれ⑪</title>

		<description>「ね、ヨシ、私の事嫌いになった？これ絶…</description>
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			<![CDATA[ 「ね、ヨシ、私の事嫌いになった？これ絶対イジメだよね？」
固まったまま秀晶は白目を向けた。
「違う違う！断じて違う！何で俺がお前のこと嫌いになるもんか！」
吉継は濡れタオルで秀晶の顔と手を拭きながら慌てて弁明した。
「そ、そう？」
好きと言われた訳ではないが秀晶は嬉しそうに頬を染めた。すると吉継はそのまま皿を進めた。
「だから嫌いになってないからこの卵焼きも食べてくれ」
「鬼か！嫌よ、もうこんな拷問！」
「そんな事言わずに頼むよ。そうだ、今度晶のために美味い菓子何か作ってやるからさ」
「じゃあ、マカロン焼いてくれる？美味しいヤツ」
秀晶は間髪容れず注文した。
「へ、マカロンでいいのか？」
「その代わりちゃんと今月の十四日に頂戴よ」
「十四日？ああ、ホワイトデーな。何だ、そんな風に頼まなくてもちゃんと渡すつもりでいたぞ。お前からチョコレートもらったし」
「え、ほ、ホント？それって」
「クロと真央にも返さなきゃと思ってたし、じゃあ纏めて焼いて………いてて！」
ギリギリと骨が砕けるくらい手を思い切り握り返された。
「ソレハドウモアリガトウ」
「何怒ってるんだよ、そしてその機械的な返事も」
「ふん、それよりこの黒い物体食べなきゃ終わらないんでしょ。食べるわよ、食べれば良いんでしょうが、食べれば！」
自棄になって秀晶は豪快に卵焼きを半分バクリと食べた。
「！！」
そして突然バタリとカウンターに突っ伏せた。
「お、おい、晶、しっかりしろ！」
秀晶は震える片手を挙げ呟いた。
「ヨシ、私死ぬ………これはもはや毒物………ちゃんと味見した？」
「いいや、そんなにか」
吉継は残りの一部分を指で摘んで口に入れた。
「おえッ！！」
反射的にベッと掌に吐き出した。
秀晶が毒という意味が良く理解できた。外側が焦げ臭いのはもちろん、中は生焼けで、味も甘いのか酸っぱいのか、塩辛いのか、例えていうならヘドロである。
吉継はバックヤードに向いて叫んだ。
「汐恩、お前、卵液に何足した！」
「………汐恩？これ汐恩が作ったの？」
ガバッと起き上がった秀晶が険しい顔で聞き返した。
ハッと吉継は口を押さえた。
「何だ、そういう訳？二人して私をからかおうって魂胆なの」
「おいおい、それは」
「違います！！」
突然エプロンを着けた汐恩がバックヤードから秀晶の前に走ってきた。
「コバ君は悪くありません。悪いのは全て私です。コバ君は私に協力してくれただけです」
「協力？」
「仲直りのです。とにかくごめんなさい、晶さん。昨日、不快な思いをさせてしまって本当にごめんなさい！」
汐恩は深々と頭を下げた。
「私、晶さんには嫌われたくない。いいえ、クラスの皆さんにも嫌われたくないんです。でも私そういうのどうしていいか分からなくて。仲が良くなればどこかで破綻して離れていってしまうんじゃないかって恐れていたんです。それに気付いていたのですけど、認めたくなくてこんな風になってしまって」
「で、なんでそれがこんな激マズ料理と繋がるのよ」
半分疑った眼差しをして秀晶は皿を箸で叩いた。
「それは、その………」
言い淀む汐恩に代わって吉継が説いた。
「ほら、汐恩って家が家だからキッチンに入った経験もなくてさ、まともに料理したこと無いんだよ」
「でも家庭科の調理実習とかあるでしょ」
「それが、汐恩のグループ、全員さっきの晶みたいに倒れちゃってな。それ以降汐恩には料理させるなって暗黙の了解が出来たんだ」
「は、これってその出来なの？」
「汐恩の中では最高の出来上がりのはずだったんだが。汐恩、お前、今朝俺が教えた通りにやって何でこうなるんだよ？」
「食事好きの晶さんに喜んで頂きたかったんですもの」
「お握りはふっくら握れって教えたよな。米粒を潰さないように！」
「でも途中で崩れてはいけませんでしょ。だから昨日のコバ君のライスバンズみたいに強く握ったんです」
「加減ってのがあるだろうが！餅みたくなってたぞ。それにツナマヨも入れ過ぎだ」
「それは晶さんがツナマヨがお好きだと伺っていたので」
「具と米のバランスもあんの！それと卵焼きに何入れた？もはや出汁巻きの味じゃないぞ」
「それはもっとコクのある風にしようとお酢とか砂糖とかケチャップとか味噌とかマヨネーズとか色々混ぜたんです。それと健康を考慮してヨーグルトと納豆をさらに加えました。複雑な風味ならより楽しんで頂けると」
「なあ、それもう出汁巻きじゃないよな。それと味噌汁も味噌こしでしっかり漉して、具材も慌てずにしっかり切れって教えたはずだぞ。あー、もう、お前が自信持って途中から一人でやりますっていうから任せたのが俺のミスだったよ」
するとここで秀晶が、
「アッハッハハハハ！」
と腹を抱えて大笑いした。
「晶、さん？」
「何だ、あんた、普通に欠点のある駄目女子じゃない。馬鹿馬鹿しい」
「ば、馬鹿馬鹿しいなんて、酷いです、晶さん」
「そうじゃないよ。馬鹿馬鹿しいのは臍を曲げてた私。汐恩がやっと近くに感じたよ」
ずぶの料理素人が一晩でここまで仕上げるのは大変だったろうと秀晶も理解した。その証拠に汐恩の目の下にはクマが出来ていて全部の手の指には包丁で切ったのだろう、絆創膏だらけになっていた。
「超まずかったけど嬉しかったよ、ありがと、汐恩」
「ええ、それ素直に喜べないです」
「一応褒めてるから喜んでよ。それと私もゴメン。昨日は言い過ぎた」
秀晶はペコリと頭を下げた。
「晶さん………ではまた晶さんとお呼びしてよろしいのですか」
「いいよ、汐恩」
「ありがとうございます、晶さん」
少し潤んだ瞳で汐恩は笑った。
吉継は秀晶に感謝した。
「晶、サンキューな。じゃあまた茶会の菓子作りに戻ってきてくれるんだろ」
「うん、戻るけど、二つの条件を付ける」
「何だ？」
「ちゃんと伊知花と咲良も呼んでみんなで一緒に考える事。そして汐恩は私だけじゃなくクラスの女子全員を名前で呼ぶ事。いい、汐恩？」
「わ、分かりました。頑張ります」
「そんなに気負わなくて大丈夫だって。その前に解決しなきゃならない大きな問題があると思うよ、ね、ヨシ？」
秀晶は意味深に吉継へ視線を向けた。
吉継は汐恩にほくそ笑んだ。
「そうだ。決戦は水曜日だな」

それから三日後の三月八日、午後七時。
定休日のひすとり庵にはキッチンに定番の赤いユニフォームを着た吉継と、その隣には音依が立っている。そしてすっかりカウンター席に馴染んだ汐恩とその右隣には秀晶が座っていた。
「さて、今日は汐恩にご馳走を振る舞うんだけど、その前に一つ俺から汐恩にどうしても言っておきたい事がある」
「何でしょう？」
学校からそのままやってきていた制服姿の汐恩は尋ね返した。
吉継は口を開いた。
「細川忠興公の事だ。お前、忠興公が乱暴者でガラシャに酷い扱いをした。そして子供達も手荒く扱ったって理由で嫌いなんだよな」
「忠興に公の敬称など必要ありません。特に味土野に押し込めておいて側室を持つという発言には嫌悪しか感じませんから」
汐恩はキッと眉を集めて続けた。
「私は味土野へ実際行って参りました。山深く人との接点もなくガラシャはどれだけ心許なかったでしょう。それなのに忠興はそんなガラシャの気持ちも察せずのうのうと側室などとは！清廉潔白な高山右近を見習うべきです！」
「なるほど。お前の主張はよく分かったよ。でも反論させてくれ」
「どうぞ何なりと」
反り返って汐恩は腕を組んだ。
「味土野に閉じたのは本能寺の変を起こした光秀には荷担しない忠興の表明だったのは知ってるよな。そして山深いそこには血気にはやってガラシャを襲おうとする者もいない。つまりはガラシャを庇護したんだ。俺はその点において忠興なりの不器用な優しさだと思う」
「ふん、それは忠興擁護派が使う陳腐な言い逃れですわね。幽閉は全て忠興が自分の名誉のためにした事ですわよ。あの冷血漢にそのような情けがあるものですか」
「じゃあ、側室の件についてだ。右近はキリシタン。教えに従い一夫一婦制を守ったけど、忠興はキリシタンじゃない。それに当時の大名は大抵嫡子を作るために側室を持つのが当たり前だった。だからそもそも忠興が右近と比べられるのは変だ」
「それはそうですけど、父親である幽斎も妻は麝香（じゃこう）だけでしたし、ガラシャの父であった明智光秀も妻は煕子（ひろこ）一人でしたわ」
「でもそれは忠興の周りがたまたまそうだったというだけだ。お前は信長・秀吉・家康の三英傑にも同じ事が言えるのか？側室を持つのは間違っていると」
「そ、それは………」
「おっと、勘違いするなよ、俺は別に側室を持つべきだと勧めてるんじゃ無い。当時はそれが当たり前の時代だっただけだ。それに忠興が側室を増やすという発言はもしかしたら別の思惑があったんじゃないかと俺は考えてる」
「別の、思惑？」
「これはあくまでも俺の持論だが」
と吉継は前置きして述べた。
「忠興はガラシャが勝手にキリシタンへ改宗したから腹を立てていた。時代はキリシタン禁制へと向かっていた。そんな中での改宗は果たして忠興の主であった秀吉からはどう映ると思う？それもガラシャは信長を殺した張本人の娘。もし忠興がそれを黙って見逃していたら………」
「あ、謀反の可能性が！」
秀晶が気付いて言った。
「そうだ。秀吉はキリシタンの勢力を豊臣の権力を脅かす存在として恐れていた。自分の正室がそのキリシタンになった。九州を平定して益々力を付けてきた秀吉に忠興は焦った。細川家に難癖を付けて潰すことなど造作もないだろう。忠興は侍女の鼻を削いでからガラシャの喉元にも刀を突き付けた。それでもガラシャは頑なにキリシタン信仰を止めようとしなかった。忠興はガラシャをその場で殺すことも出来た。でもそれはせず代わりに側室の話を持ち出した」
「だからどうしてそうなるんですの！」
「分からないか？秀吉は大の女好きだ。その秀吉を真似て忠興も女に狂ったとなれば秀吉は忠興がガラシャの意向を受けて謀反するなど疑いもしないだろう。これは忠興の細川家を守る当主としての最適な手段だった」
「そのような事、牽強付会（けんきょうふかい・都合の良い屁理屈）も甚だしいですわ！単なる忠興の女好きです！」
汐恩は憤激してカウンターに手を突いて立ち上がった。
「落ち着けって、俺の持論だって先に言ったろ。別に証明されてるわけじゃない」
「あ、はい。それは、そうですわね」
汐恩は冷静になって座り直した。
「でも、忠興が細川家を守るという点では特に気を遣っていたのは確かだ。味土野幽閉を秀吉から解かれても忠興は大阪の玉造屋敷にガラシャへ監視を付け外出出来ないようにした。それはガラシャが『逆賊の娘』である事実に変わりなく秀吉に警戒されないようにしたからだ」
「いいえ、それは忠興の嫉妬による束縛に過ぎませんわ。そこまで深く考える人間ではありません」
「ま、それは否めないな。ガラシャと目があった庭師を斬り殺しているのもこの頃だったし」
「でしょう？」
「ただ、細川家は室町以来の名門とはいえ、その立場はいつも危うかった。昔、前将軍を殺され主人を失った幽斎は後の将軍となる義昭を擁立しようと全国を転々と渡り歩いた。その時幼少の忠興は家臣の家に預けられ貧しい暮らしをしていた。そのトラウマもあったのだろうと思う、忠興は他の大名以上に家を守る事に必死になった。本能寺の変の時光秀に味方するかどうかも一大決断だった。間違った選択をすればいくら名門であっても、時は戦国、容易に潰されてしまうだろう。もちろん関ヶ原の時もそうだった。細川家は織田・豊臣・徳川の激流の中を必死に生き抜いたんだ。ところで汐恩は長男の忠隆と次男の興秋に忠興が無情な行いをしたと癪に障っている。そうだな？」
「そうです」
「でもそれは一方的なガラシャ目線だ。長男の忠隆は、ガラシャが死んだ時、逃げた嫁・千世を庇った。しかもその嫁は前田利家の娘だ。関ヶ原に勝利した家康が恐れていたのは毛利と前田だ。毛利は何とか調略に成功し所領を減らす事が出来た。しかし、なお力を持っていたのは前田だ。利家の妻まつを江戸に人質に取っていたとはいえ油断出来ない。豊臣家も秀頼が生きている。前田との縁戚は徳川にとって目の上のこぶだ。関ヶ原以前、謀反を計画したと噂された前田利長と縁戚だった細川家も家康から同じ罪を問われた苦い経験がある。だから戦後であろうが忠興はその前田の嫁をいつまでも離縁しない忠隆を跡継ぎから除いた。これは間違いなく細川家を守るための決断だったろう。世は徳川に傾いていた。三男の忠利を江戸に遣わして徳川と強固な関係を築きたい忠興にとって忠隆は排除しなければいけない、いわば見せしめだった」
「それでも親として温情を持てたのではないですか！」
「情けは充分にあったさ。京都の幽斎のもとに逃げ込んでいた忠隆夫妻を忠興は手に掛けなかった。もちろんその夫婦の存在を公に認める訳にはいかないから生活費を融通する事はしなかった。そのために貧しくなった忠隆は最終的に妻を離縁した。それから後に忠興は忠隆と和解し、時にはお茶を点て、熊本の八代で共に暮らそうとまで誘っている。本当に忠興が冷酷であればとっくに忠隆を見捨てている」
「では次男の興秋はどうなのです？いくら大阪の陣で豊臣方についたとはいえ、家康は戦後許してやると明言したのですよ。それを忠興は認めず自害に追い込んだ。これは惨い仕打ちとしか言いようがありません」
「そうかな？俺には忠興の気持ちが何となく分かるよ。興秋は忠隆が廃嫡された後、細川の跡継ぎは当然次男の自分だと思っていた。しかし、徳川家が陰で口を出し三男の忠利を選んだ。そりゃそうだ。江戸にいた忠利は秀忠のお気に入りだったからな。『徳川実記』には興秋は弟が家督を継ぐ事を喜んだと書いてあるが、それが本当かどうか分からない」
吉継はふうと一旦息を吐いてから話を継続した。
「忠興は興秋がキリシタンである事から家督を忠利に決めたという説もある。忠興は忠利の代わりに江戸への人質に興秋を選んだ。興秋はその途上で脱走しやがて豊臣に味方し大坂の陣を戦った。大坂についたのは跡を継げなかった自暴自棄のせいだったのか、大坂方にキリシタンが多くいた事が理由だったかも不明だ。でもこれは江戸にとっては途轍もなく危ない思想だった。そんな危険分子を、いくら家康の裁量とはいえ、許したとしたとあれば細川家は警戒されるかもしれない。許すと言ったのも忠興の出方を窺っていただけかもしれない。現にお家騒動で徳川家によって改易された大名は多い。小さな綻びも放置しておけば大きな破れとなる。忠興はだから興秋に自害を強いた。でも忠興も怒りながら心の内では泣く泣く処断したと思う。誰が好き好んで大事な息子を殺すもんか」
「しかし忠興はガラシャを見殺しにしたのも同然です」
汐恩は別の方向に話を逸らせた。
「もし忠興が有事の折には逃げろと端から命じていればガラシャは死なずに済んだのです。それを………」
悔しそうに唇を噛む汐恩に吉継は恬として言った。
「へえ、俺はあの時にガラシャが亡くなってよかったと思ってるぞ」
「な！」
汐恩は驚いて、そして気色ばんだ目で吉継を睨んだ。
「どういう意味ですの！返答次第ではいくらコバ君でも許しませんわよ！」
対して吉継は冷静に答えた。
「汐恩、お前ガラシャの辞世の句を覚えるだろ。詠んでみてくれ」
「はあ？」
「いいから頼むよ」
「散りぬべき 時しりてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ、ですわよ」
「それだよ。その句のようにガラシャは自分で死の頃合いを見計らったんだ。本当は三成の軍隊に囲まれてても落ち延びることは出来た。実際忠隆の嫁もそうだし、侍女とかも生き延びているからな。でもガラシャはここが自分の死に時だと細川の屋敷で細川家家臣の小笠原少斎に胸を突かせ生涯を終えた」
「えっと、西軍に捕らえられたら忠興に迷惑が掛かると思ってそうしたんだっけ」
秀晶が伝記を思い出して言い足した。
「それもある。でもガラシャは前々から己の人生や生死について悩んでいた。宣教師へもしもの時には死を覚悟していますと打ち明けていたしな。それは一方でキリスト教を通じて天国に憧れていたからだ。ガラシャの人生は波瀾万丈だった。忠興は家を守るので懸命だったけど、ガラシャにはそれ以上に不幸が降り掛かった。父は逆臣と討たれ、母も死亡。ガラシャ自身も巻き添えになった。玉造屋敷でも駕籠の鳥のように押し込めらた環境にいたガラシャがキリスト教を信仰するにつれ罪も汚れも無い天国へ行きたいと願ったのは当然だろう。そして三成の隊に囲まれたその時こそ自分の魂が救済されると考えたはずだ。跡継ぎ候補となる男児を三人も産み、夫の忠興には力もある。細川家は自分がいなくてももう大丈夫。後は如何に自分の魂を昇天させるか、そうガラシャは思い至ってあの辞世を詠んだと思う」
「それは」
「実際、ガラシャが教会から送られたキリシタンのテキストである『こんてむつすむん地（Contemptus mundi/キリストに倣いて）』にはこう記されている。『でうすの御くにはなんだちのうちにありといふごなり。こゝろのそこよりでうすにたちかへり奉り、此はかなきせかいをいとうふべし。しからばなんぢのあにまくつろぎを見つくべし』」
「え？」
「『神の国はあなたがたの内に在ると主はいわれる。心を傾けて主に向かいなさい。そしてこのみじめな世を捨てなさい。そうすればあなたの魂は平安を見出すであろう』だよ。それにもう一つ。もしガラシャが生き延びていたら後の世はガラシャにとって生き地獄になっただろうな。何せ徳川も結局キリシタン弾圧に回ったからさ。島原天草一揆の様はガラシャも聞いていられなかったろうよ」
「う」
「ガラシャは他のキリシタンが殺されていくのを黙って見過ごすか。もしかすると細川家に累が及ばないように離縁を望んで磔刑になっていたかもしれない。子供達を嘆き悲しませていたかもしれない。いずれにせよそれはガラシャが希望する道ではなかったと思う。だからあのタイミングでの死はガラシャにとって最も幸せだったんじゃないかって俺は考えるんだ」
「………」
汐恩はうつむいて黙ってしまった。
そんな気落ちする汐恩に吉継はポケットから取り出した、灯籠が映っていた一枚の写真を見せた。
それは竿の部分がない火袋までの歪な三角形のような石灯籠で、上の宝珠の部分が座った鶏と変わり、くり抜かれた丸い火口には十字架が見え、その真下には雌雄の鹿が向かい合いに彫られていた。
「これは？」
汐恩は全体的に朽ちた灯籠に見入った。
「京都玉屋の奥庭にあるガラシャ灯籠と伝わっているものだ。下にガラシャとローマ字が彫られている。ガラシャの灯籠といえば高桐院の春日灯籠ばかりに目がいくけど、これも貴重品だ」
「ガラシャ灯籠………」
「面白い作りしているだろ。火口の十字架なんて露骨にキリシタン灯籠だよ。上の鶏は聖書でいう『ペテロの鶏』で、鹿は、これは春日神社の眷属ではあるけれど、キリスト教における鹿は『詩篇(しへん)』で別の意味に捉えられていると思うんだ」
「ペテロ、詩篇？」
「俺も聖書は詳しくないから母さんに教えてもらったんだけどな。福音書の記載で、キリストが処刑される前に弟子のペテロが師であるキリストの事を、処刑を見に来ていた見物人からペテロ自身が迫害されないように、鶏が鳴く前に三度あんな人は知らないと周囲に言うだろうと予言され、その通りの状況になった。ペテロは鶏の鳴き声で師の予言を思い出し激しく泣いたんだ。それからキリスト教における鶏は、罪に対する懺悔とか目覚めの象徴となった。よく教会の屋根に風見鶏が飾られているのはそれが起源さ」
「鹿は？」
「旧約聖書の詩篇四十二編二節、『水の川床を前に喘ぐ鹿のように、神よ、わたしの魂はあなたに喘いでいます』から鹿は神への憧れのシンボルになった。つまりこれは聖書を現してる灯籠でガラシャの死後供養のために作られた可能性が高い。そしてその依頼主が忠興だとも考えられなくもない」
「な、何故です。その根拠は！」
「その向かい合った夫婦鹿だよ。それは忠興が添い遂げられなかったガラシャを思って彫らせたんじゃないか？忠興はガラシャのキリシタン改宗に怒ったが、その死後は逆にキリスト教に対してとても寛容になったんだ。それに息子・忠利からの依頼もあってガラシャの葬儀をオルガンティーノ司祭に一任しミサを執り行わせた。その時、忠興は金の延べ棒五本を司祭に送っている。忠興自身もミサに参列し、その荘厳さに感動した。その後も小倉の領地に教会を建てたり宣教師と親しくなったりまるで人が変わったようになった。ガラシャの供養のために九曜紋が付いた南蛮鐘を小倉の南蛮寺に送ってるしな。ある時なんかはキリシタン嫌いの清正と宗派について言い争いになった程だ」
それでも、と反論しかけた口を掌で押し止めて吉継は補説した。
「ただ後々徳川がキリシタン弾圧に踏み切ったから忠興もそれに従わざるを得なかった。もしかして忠興は自分が死んだらガラシャとまた昔のように仲の良い夫婦に戻りたいと願ったんじゃないか。新婚当初は二人とも仲睦まじく、忠興はガラシャに手作りの百人一首を作ってプレゼントしてるし、ガラシャも忠興のために露払いっていう雨具を自分で織って仕上げてるしな」
「………」
「確かに忠興は短気で乱暴者だっただろう。残されている悪い逸話も多い。でもその一方で高山右近が徳川の命でマニラに追放が決まった時もそれを躍起になって取り成そうとしたり、利休の処分が決まった時も見送りに来たのは織部と忠興だけだった。それに息子の忠利が病気になったら食事の内容に気を付けるよう心配の手紙も出している。その辺りはおねと秀吉の間を気遣った信長に似てる部分があるのかもしれない。そして晩年には性格も穏やかになり、『善人とは明石浦の荒波に揉まれ滑らかになった牡蠣殻の如きを善き人』とまで将軍秀忠へ進言している」
「コバ君は結局何が言いたいのですか！？」
気が揉めた汐恩はその真意を問い詰めた。
吉継は真っ直ぐに汐恩を見た。
「汐恩、お前、本当は忠興が嫌いじゃないだろ」
「そんな事ありません。大嫌いです！」
「そうか？高山右近はつい最近カトリックの総本山バチカンから福者(ふくしゃ・聖人に次ぐ崇敬の対象)の認定を受けた。でもガラシャはその対象には選ばれない。なぜならガラシャはキリストの教義のためじゃなく細川の家のために命を落としたからだ。あれだけ酷い目にあった家のためにその身を犠牲にした不条理が納得出来てないんだろ。どうせなら信仰のために死を選んで欲しかった、とお前はそう考えてるはずだ」
「あ、う」
「それとお前がわだかまっているのはガラシャが無駄死にしたと伝えられている事にじゃないのか。そういった事をお前は忠興憎しの感情に置き換えているだけにしか俺には見えないぞ」
「く………うッ」
色々反論しようとしたけども総じて図星だったのか汐恩は口を閉ざしてしまった。
「ガラシャが死んだ事に対しての評価は様々だ。妻の死を知った忠興が怒りでがむしゃらに戦い勝利を収めたという人間もいれば、その死が関ヶ原合戦に大して影響を及ぼさなかったと言い切る人間もいる。汐恩はもしかしてガラシャには死んで欲しくなかったんじゃないか？どうして逃げなかったんだとどこかで嘆いているんじゃないか。俺はそう感じるよ」
汐恩は頭を垂れると暫く沈黙した。そして間を置いてから訥々(とつとつ)と話し出した。
「それはそうだと思います。私は苦難の中堪えて生きた力強いガラシャが好きです。だからどんな手を使ってでも生き延びてほしかった。もしかすると生きてても殺されはせず右近のように外国へ追放されていたかもしれません。それはガラシャにとって天国だったと思うのです。しかし、ガラシャは死を選んだ。それが本当にガラシャにとって幸せだったのかどうか正直分からないのです」
「いや、俺は幸せだったと確信してるぞ」
と吉継は断言した。
「ガラシャはキリスト教に出会うまでは傲慢な性格だった。でも改宗してその真理を探究するにつれ穏やかに変化したという。いつも死と隣り合わせの戦乱の中でやっと安らげる場所を見つけたんだ。そして憧れていた神の元へ行ける。それはきっと究極の幸せだったと思うぜ」
「コバ君………」
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		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2018-01-02T14:17:57+09:00</dc:date>
		<dc:creator></dc:creator>
		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
	</item>
	<item rdf:about="https://granpa.novel.wox.cc/entry33.html">
		<link>https://granpa.novel.wox.cc/entry33.html</link>
		
				
		<title>菓子は菓子なれ⑩</title>

		<description>（そういや汐恩の友達って誰だろ。私？ヨ…</description>
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			<![CDATA[ （そういや汐恩の友達って誰だろ。私？ヨシは、うーん、汐恩の中では友達じゃないな。男子には友達はいないだろうし。女子も元は敵だし、長月もそうかな。今のところ茶会でこっちに付いてるのは伊知花（いちか）と咲良（さくら）くらいだけど、二人とも汐恩の事呼び方『細川さん』だし、汐恩も『京極さん』、『小田さん』だもんな………）
すると、
「晶さん」
と唐突に汐恩が呼び掛けてきた。
「な、何？」
動揺して秀晶は顔を上げた。
貴女は、と汐恩は言い始めた。
「貴女は勉学も優秀、スポーツも万能、気さくで大勢から人気がある。そのたまに口に付く福井弁も愛嬌があり、何より歌の才能は誰よりも抜きん出ている」
「何よ、突然。褒め殺し？」
「貴女は私の良き好敵手です。でもそれに対しコバ君は歴史の知識と料理の腕に関しては些か認めますがその他は凡庸な男子に過ぎません」
「今度はヨシの悪口なの？」
不快な顔で秀晶は目を吊り上げた。
「悪口ではありません。悉く真実です」
「あのね」
「だから私は不思議なのです」
「何が」
「優秀な貴女がそんな冴えないコバ君を何故好きなのか、という心境がです」
「なななななななななななななななななななななな、おめ、何言ってるやって！！」
動じた秀晶は顔を真っ赤にしてバシャバシャとお湯を叩きまくった。
「非常に分かりやすい人ですわね、貴女。今更誤魔化さなくてもよろしいでしょう」
「………いつから気付いてたの？」
冷静な汐恩に秀晶も落ち着き、首までお湯に浸かり直して尋ねた。
「貴女、コバ君にバレンタインチョコレートあげていたでしょう」
「でもそれは私だけじゃないもん。長月とか真央だって」
「畔田さんは幼馴染みですし、井伊島さんはどう考えても義理です。それを横目に見ていた晶さんの顔は露骨に面白くなさそうでしたわよ。あれで露見していないとお思いでしたの？」
「う」
「まあ、コバ君は鈍感ですから、貴女からのチョコレートもお礼くらいしか思ってないでしょうけど」
「うう」
他人に指摘されると余計辛くなった。
「しかし、受け取ってもらえるだけ有り難いですわよ。私なんて最高級の抹茶をお送りしましたのにその日に突き返されましたもの」
「それは茶会の誘いの品だったからだよ。そういえば汐恩は誰かにチョコレートあげたの？」
「は？」
「は？って誰か汐恩は好きな男子いないの？ほら、治部君なんて汐恩に気があるみたいだけど」
すると冷たい目で汐恩は秀晶を見た。
「石田君？冗談はここだけにして下さいな。勉学の才はあっても他に特出しているものもありませんし、何より三成好きな人間をどうしてガラシャ好きな私が好むとお思いなんですの？ガラシャを取り囲んで死に追い込んだのは一体誰だと」
「ああ、ごめんごめん。そうだったね。じゃあ嶋君とかは？サッカー上手で結構女子に人気あるよ」
「私サッカー嫌いなんです」
汐恩はシャンプーのために浴槽を出て椅子に座り、タオルとバレッタを外した。
「ああ、そう」
性格とか見た目とか全く関係無しにバッサリ斬られた左人志に秀晶は若干同情した。
「予め申し上げておきますけど今の学校に私と釣り合う殿方などおりませんわよ。将来はどこか名家の方とご縁があるでしょうし」
「名家ね。だったらどうして関小に通学してるの？それこそ名古屋とかの名門校に通えばいいのに」
「お父様の意向なんですの。関ヶ原で生まれたからには義務教育の間は地元に通うようにと。しかし高度な教育を維持するために超一流の家庭教師に来て頂いておりますが」
「ハハハ。あ、そういえば一度聞いておきたかった事があるんだけど」
秀晶は思い出して浴槽の縁に両腕を預けた。
「今日は質問攻めですわね。どうぞ」
汐恩はシャンプー液で髪を洗いながら言った。
「ヨシさ、いつから汐恩を呼び捨てにしてるの？他の男子は全員『細川さん』だよね」
「ああ、あれは元々罰ゲームから始まったのですわ」
「罰ゲーム？」
「二年前でしたわね、クラス会で椅子取りゲームがあったのです。その時、真っ先に負けた生徒が最後まで残った生徒に罰として何か命令されるというルールが決められたのです。それで最初に負けたのがやる気のないコバ君で最終勝者が意気込んでいた松平さんだったのです」
「うん？それが汐恩の何に繋がるの？」
「最後まで聞いて下さいな。松平さんはコバ君に一年間女子を苗字でなく名前で呼ぶようにと命じたんです。クラスは面白がりました。コバ君はいじめられてましたからその延長で松平さんが公開でイジメをすると思ったんでしょう。男子もおかしそうに笑ってましたし、コバ君本人も嫌がっていました。しかしゲームのルールは絶対です。ゆえに私が率先して私の名前で呼ぶよう進言したのです」
「汐恩が？」
「最初は抵抗してましたけど、寸止めでコバ君の顔の前で拳を止めてからは大人しく従いました。それからですわね。以降コバ君は私だけでなく女子全員を名前で呼ぶようになったんです」
「ほへー、やるなあ、元」
秀晶は感心した。汐恩は手を止めて秀晶に向いた。
「何故そこで松平さんをお褒めになるのです？」
「あれ、もしかして汐恩、気付いてない？元、ヨシのイジメを無くすためにその命令を思い付いたんだと思うよ。誰だって名前で呼ばれれば親しく感じるもん。その頃からじゃない、ヨシのイジメが減ってきたのも？」
「そう言われれば確かに………いつの間にか女子も抵抗なく名前呼びを受け入れてますし」
汐恩はシャワーのお湯で髪を洗い流しながら理解した。
「ヨシね、元を結構評価してるんだ。あいつは馬鹿だけどカリスマ性が凄いって。聞いた話じゃ元、知り合い百人に声掛けて伊吹山にみんなで登ってお握り食べたって。元の事心底嫌ってる人間関小にいないんじゃないかな」
「ふん、友達なんて量より質ですわ。多ければ優れてるものでもありませんし」
「でも今回の茶屋比べはそうはいかないでしょ。お菓子作りもだけど、クラスの人集め、汐恩は何か考えてる？このままじゃ確実に負けるよ」
「それは………」
汐恩は蛇口を閉めて暫く黙ってしまった。そしてその答えから逃れようとタオルを髪に巻き、再び浴槽に浸かってきた。
「話は変わりますが、コバ君は本当に料理馬鹿なのだと昔から感じていましたわ」
「ん？」
「コバ君、数年前に廊下で数人の男子に囲まれて殴られていたんですけど、パンチを防御するどころか腕を後ろに組んでいたんです。まるでボクシングのサンドバッグでした。だから男子も好き勝手に殴り続けていたんです」
「そんな酷い事が！？」
「どこの学校にもイジメはあります。特に子供の場合加減を知りませんから。しかし、私はそういう大勢で一人を叩くのは卑怯だと思いまして、その男子生徒を全て投げ飛ばしたんです。古武術を喧嘩に使ってはいけませんと先生からは教えられてしましたが我慢が出来なかったので」
「ああ、その武勇伝は他の子から聞いたよ」
女子に武勇伝もどうかと思うけど、という続く言葉を秀晶はグッと飲み込んだ。
「でも私はいじめていた連中よりただ無抵抗に殴り続けられるコバ君に腹が立ちました。それで詰め寄って問い質したんです。『貴方は背丈もあるし反撃しようと思えば反撃出来るでしょう』と。そしたらコバ君は小声でこう答えたんです。『俺の手は料理をする手で人を殴る手じゃない』と。あれはきっとお母様の言い付けを守っていたんでしょうね」
汐恩は音依の「料理人はとても手を大事にする」という先程の言葉を思い出していた。
「それでも覇気無く項垂れているコバ君に私は顔を上げさせて言ってあげました。『うつむいてはいけない。いつも頭を高くあげていなさい。世の中を真っ正面から見つめなさい』と」
「へー、良い言葉だね」
「ヘレン・ケラーの名言です。うじうじと勇気無く下ばかり見ていては視野も狭く将来なんて見えませんもの。ただ、コバ君は私が男子を投げ飛ばした事で私に怯えてその言葉なんてすっかり忘れてしまっているでしょうけれど」
「あはは、ヨシ、汐恩が一番怖いっていつも公言してるからね」
「ふん、そうでしょうとも。間違っても私がコバ君を名前で呼ぶことは無いでしょう」
「え、どういう意味？」
「私、価値があると認めた方にしか名前で呼ばないと決めているんですの。先程も説明致しましたけれど晶さんは優秀さゆえ名前でお呼びしているのです」
「は？価値って何？」
「そのままの意味ですわ。人より優れた資質を持つ。それが私にとっての人間の価値です」
「じゃあ伊知花と咲良は友達じゃないの？茶会だって汐恩の味方に付いてくれてるじゃない」
「京極さんと小田さんですか？クラスメートではありますけどさほど能力も見当たらず価値となればはっきり申し上げれば無いですわね。今のところ良い人員にはなると思いますけど」
「人員って、あんた、あの子達を何だと………」
秀晶がむっとして反論しようとすると、ここで浴室の扉が勢いよく開いて、
「お待たせ、我が娘たちよー」
音依が浴槽にザブンと飛び込んできて二人にお湯をすくってバシャバシャ掛けた。
「ちょっと音依さん」
「きゃあ、な、何ですの、一体」
「あはは、娘、娘！」
音依は大はしゃぎで騒いでいた。
それからはもう浴室はお祭り状態になっていた。

「全く、疲れましたわよ、貴方のお母様には」
ダークグリーンのパジャマ姿でリビング椅子に深く腰掛けた汐恩に吉継は散々文句を言われた。
「………すまん。母さん、娘が欲しかったから」
大体想像が付いた吉継はスウェットの上にＡＪＩＤＡＳ（アジダス）のパーカーを着込みながら謝った。そして当の音依は騒ぎ疲れてとっくに寝てしまっている。
「にしてもさ、汐恩のパジャマ、音依さんのにしては小さいよね。それに男っぽいし」
吉継の隣でローヤルすこやかを飲みながらジャージ姿の秀晶が振り返って不思議そうに聞いた。
「ああ、それ多分ジョルジャのだな。父さんの引き出しから出してきたんだと思う」
「ジョルジャ？」
「新開来栖（しんかいくるす）。父さんの前の子供だよ。今、イタリアに住んでて、ジョルジャは向こうでのあだ名」
「前の子供？」
「晶にまだ話してなかったっけ。俺の父さん再婚だぞ」
「え、え！！」
「そんなにビックリする事か？父さんは母さんより十歳年上だからな。父さんの最初の奥さん、来栖産んでから直ぐに病気で亡くなってさ。男一人で育てるのは難しいだろうって新開の家のイタリアの親戚が来栖を引き取ったんだ。それから何年か経って母さんと出会って結婚した。二度くらい来栖ウチに遊びに来たからその時のパジャマだと思う」
「何か、ヨシの家も複雑だねえ」
「来栖と一緒に暮らしてる訳じゃないからな、別に何とも」
吉継はゲーム機のセッティングをしながら淡々と答えた。
「コバ君、それは何ですの？」
興味をそそられたのか汐恩が聞いてきた。
「ん？プレステだけど。まだ寝るには少し早いから久し振りに遊ぼうと思って」
「へえ、それが噂に聞くゲーム機なんですか」
汐恩は機械に近付いてじっくり観察した。
「冗談抜きに知らないのか？」
「メディアでは拝見した事はありますが実際には今日が初見です」
「お嬢様にも程があるぞ、お前」
吉継は簡単にゲーム機について教えてやった。
「あ、そうだ。汐恩ならこれ気に入るかもしれないな」
吉継はそのままゲームをスタートさせた。
するとそれは「戦国無双4」で、吉継はとあるキャラクターを映し出した。
キャラは幼い声で喋った。「世界は不思議で美しいのじゃ！」
「な、何ですの、彼女は」
汐恩はツインテールの紫髪でゴスロリの衣装に身を包んだキャラクターが「やっちゃうのじゃ！」とか「スッキリなのじゃ♪」とか機嫌良く敵をなぎ倒していく様を見て驚いた。
「これ、細川ガラシャだぜ。強いだろ。結構気に入ってるんだ」
「電源オフ！」
汐恩は突然ゲーム機のコンセントをブチッと抜いた。
「うわー、何すんだよ、壊れるだろ！」
唐突なセーフモード画面に慌てる吉継に汐恩は言った。
「キャラがとても幼稚臭くて不愉快です。そもそもガラシャは戦う姫ではありませんし、ストーリーも背景も支離滅裂です。学習には不適当です」
「このゲームは教材じゃねえよ！あ、よかった。データ破損してなくて」
再度コンセントを付け直し、電源ボタンを入れて異常なしを確認した吉継は胸をなで下ろした。
「それより他に面白そうな種類はないのですか？私も体験してみたいです」
「………お前、全然反省してねえな」
「ねえ、ヨシ、三人で遊ぶなら『虎食え』がいいんじゃない？コマンドも簡単で初心者向きだし」
「そっか、トラクエがあったか」
「とらくえ？何ですの？」
「ああ、某超メジャーゲームのパロディーみたいなものかな。ワゴンで安く売ってたから試しに買ってみたら意外とハマってさ。プレイヤーも敵も全部動物なんだよ。ほら、これ」
吉継は動物達がラスボス風の虎と戦っているイラストが載っている薄い説明書を渡した。
汐恩はパラパラパラと指で弾くように中を見た。そして一分もしない内にそれを吉継に返した。
「はい、これで粗方理解致しましたわ。では始めましょう」
「今のでか！それに理解したって、お前ゲーム自体初めてだろ」
「このような薄いもの速読で読めてしまいますもの。それに機械は別にＰＣもスマホも普段から扱っておりますので私にかかれば難しいものではありません」
「まあ、そこまで自信があるなら試しにやってみるか」
吉継はディスクをＰＳに挿入すると二人に別のコントローラーを渡した。
「じゃ、俺は盗賊アルマジロをチョイスっと」
吉継はグルッと体を丸めたアルマジロを選択した。
「あはは、アルマジロ、宝物ハンターだもんね、ヨシにピッタリ。私はいつものフクロウ僧侶でいこっかな」
「危なくなったらいつものアカペラソングで回復よろしく」
「任せてよ！」
「………貴方たち楽しそうね」
置いてけぼりの汐恩が少し苛立ち気味に鼻を鳴らした。
「時間空いたら晶と結構やりこんでるからな。汐恩も早くキャラ選択しろよ」
「え、ええ。では私はオオカミ勇者で」
汐恩は二人の間に割り込んで中心に座った。
「え、汐恩、勇者に一匹属性のオオカミ選択するの？普通ライオンとかヒョウとかサーバルキャットとかだよ」
秀晶は説明書を指さしながら焦った。
「それは単に推薦というだけでしょう。私は私の好きに選ばせて頂きます」
「ちょっと汐恩さあ、少しは人の忠告を………」
「ま、晶、いいんじゃねえ。苦労はするけど攻撃方法によってはボスタイガー倒せるかもしれないぞ。俺達がサポートすれば何とかなるだろ」
「う、ヨシがそう言うなら、私はいいけど」
「じゃ、クエストスタートだな」
吉継達三人はコントローラーを握ってテレビモニターを見た。
そこは広い草原となっていてレッサーパンダとかツチブタが暢気に往き来している。
対して吉継は丸まってゴロゴロと転がり、秀晶はその上を低空飛行している。
「コバ君、どうして歩かないんですの。それに晶さんももっと高く飛ばないとマップ全体が見えないではありませんか」
「あのな、ゲーム始めたばかりだからたいした装備もないし、レベル低いからこうやってＨＰ温存してんだよ。突然の攻撃からも身を守れるからな」
「丸まって隠れる所など貴方の分身みたいですわね」
「うるさいよ」
「それでも敵を倒せばレベルもスキルも上がるのでしょ。ドンドンと進めば良いではありませんか。とにかくあのうろうろしている動物達を狩ればよいのでしょう。では『白い牙』！」
汐恩はいきなり必殺技のボタンを押した。するとオオカミの牙がブーメランのように口から飛んで一度に三匹ものツチブタを切り裂いて倒した。
「あら、結構容易ですのね。これなら楽勝ですわ」
「おい、汐恩、一番格下に必殺技出してどうする！少しはＨＰとか考えろよ。半分以下に減ってるだろが」
「でもそれはこのツチブタを食べれば回復するのでしょ？」
「それはそうなんだけど」
「では問題無いではありませんか。さ、回復しましたしこの先の森へ参りましょう。大物が待ち構えている雰囲気がありますわ」
「汐恩、その森は油断しちゃダメだよ、そこには………」
ふんふんと鼻歌を歌いながら機嫌良く勝手に森へ向かう汐恩に秀晶は注意した。
すると森に入るやいなや枯れ葉が一面に舞い上がり無数の狸がわらわらと現れた。
「な、何ですの、これ！」
「だから気を付けろって言ったじゃない。狸の幻術だよ。どれが本物か分からないんだから。焚き火アイテムが無いと絶対勝てないよ」
案の定狸達が総勢で三匹に群がりボコボコにされ、「昇天しました」との文字が無情にも現れた。
「も、もう一度初めからやり直しましょう。ね？」
汐恩は最初のステージから始めた。しかし次も無鉄砲に水辺へ近付きハシビロコウに毒柿を投げつけられ全匹が死亡。三度目は氷山でレベル違いの皇帝ペンギンに単独で挑み平手打ちをされて、子供ペンギンに襲われまたしても全匹死亡。挙げ句の果てはナマケモノを侮って爪で攻撃され、秀晶が必死に回復呪文を唱えるも、汐恩の暴走で全匹昇天。
ラスボスタイガーに辿り着くどころかレベルすら一向に上がらない。
「これ、そもそもシステムが壊れているんじゃありません？」
イライラして汐恩はゲームに文句を言い始めた。
「………私、家に帰る」
すくっと秀晶が静かに立ち上がった。
え？と汐恩と吉継は秀晶を見上げた。そこには冷めた表情があった。
「信じられない、もう付き合ってられない。私はあんたの便利な駒じゃない」
「あ、晶さん？」
「仲間を仲間とも思わない汐恩に幻滅した。茶会の協力ももう止める。転入の時助けてくれたから良い友達になれると思ったけど私の勘違いだったみたい。理屈ばかりこねて人の気持ちも大事にしない。自分一人で生きていると思ったら大間違いだよ」
秀晶は失望の眼差しを汐恩に投げ付け、背中を向け部屋を出て行こうとした。
「お待ちになって、晶さん」
慌てて汐恩は秀晶の肩を掴んだけれども、秀晶はその手を振り払った。
「もう軽々しく名前で呼ばないでよ、細川さん」
仰々しく汐恩を苗字で呼んだ秀晶はそのまま振り向きもせず出て行き、「ちょっとここで待ってろ」と汐恩を制した吉継がその後を追った。
そうして十五分が過ぎた頃、吉継がパーカーのフードに雪を載せて部屋に戻ってきた。
「あの、コバ君、晶さんは………」
「送っていったから自分の家で寝てると思う」
「あ、あの、ごめんなさい………」
汐恩は正座して頭を下げた。
パーカーを脱いだ吉継はその前に屈んで言った。
「謝る相手を間違えてるんじゃないか、お前」
「う」
「晶から聞いたぞ、また友達の価値がどうのこうの言ったらしいな。仲間無くすからその考えは止めろって昔一度戒めたよな。どうしてわざわざみんなから距離を置こうとするんだ？」
「それは………」
「名家のプライドなんかじゃないよな。だったらお前は誰にも助けの手を差し伸べてないしもっと冷酷になってる。でもお前は時折とても優しくなったりするし、たまに意地悪に振る舞ったりする。まるで別の汐恩がもう一人いるみたいだ」
「ふふふ、ではもう一人の私は失格ですわね」
突然汐恩は手の甲に涙の粒を落とし、自虐的に笑って呟いた。
「一人で生きていると自惚れるなってお父様にも晶さんと同じに言われてぶたれたのに、何も学習していないのですから愛想を尽かされて当然です」
「汐恩」
「正直に申し上げますと私どうやって人と付き合って良いのか分からないんです。多分、幼少の時の母の裏切りにあってから誰も信用出来ないのだと思います。私はもう独りぼっちです」
すると吉継はこの時不意に長月が出したタロットの「隠者の逆位置」を思い出した。
誰かとつながりたい気持ちはあるけれども、自分を変えるくらいなら孤独を選ぶ。それがそのタロットの意味であった。
吉継は定めに逆らうように汐恩の悲嘆に暮れた顎をグイと持ち上げた。
「うつむいてはいけない。いつも頭を高くあげていなさい。世の中を真っ正面から見つめなさい。確かヘレン・ケラーの言葉だったよな。独りぼっちだと？お前には俺が見えてないのか？」
「コバ君………貴方、あの時の事覚えてらしたの？」
汐恩は虚ろな泣き顔を驚きに変えた。
「そりゃあ強烈だったからな。お前が男だったら大親友になれたのにと悔しかったよ」
吉継は手を汐恩の頭に載せかえて微笑した。
「でもお前が女でも俺はお前の友達のつもりでいる。俺に価値があろうがなかろうが勝手にそう思ってる。俺はお前を手助けするって約束した。そして絶対裏切らない。だからもう悲しむな」
「コバ君、ありがとうございます」
汐恩は口元を押さえた。
「そんな堅苦しくなるなよ。たまに見る不敵で意地の悪い汐恩の方が俺は好きなんだけどな」
「えッ、好きって………」
突如赤面する汐恩に吉継は急いで言い繕った。
「おい、変な意味じゃないからな。こう、何て言ったら良いんだ、そう！小悪魔的な人望みたいな」
ここで汐恩はクスクス笑い出した。
「それ褒め言葉なんですか？やっぱり貴方変です」
その角の取れた笑みを見て吉継は安心した。
「変で結構だよ。さて、それより先ずは晶との関係を修復しないと」
「ああ、そうです。どう致しましょう、私、晶さんを怒らせてしまって」
おろおろ戸惑う汐恩であったが吉継は気楽に伸びをした。
「それは意外と難しくないかもしれないぞ。但し、これから直ぐに汐恩の努力が要るけど、頑張ってみるか？」
「は、はい。必要とあれば是非に。何を致せばよろしいのでしょう」
「うん、それはな………」
吉継は汐恩にとあるプランを語った。

翌日三月五日の日曜日、昼のランチが終わったひすとり庵の中では秀晶が無表情で黙々と皿を洗っていた。忙しいから今週も昼間手伝って欲しいと吉継が頼むと、秀晶は不承不承に店に出てきてくれた。
そうしていつもように週末ラッシュが終わり、昼の営業が終わりの午後二時になって吉継は無人の店内を見渡した。高影は既に仕事を終えて中に引っ込んでいる。
「お疲れ、晶」
吉継は洗い物を終えた秀晶に労った。
「ん」
昨日の出来事を引きずっているのかタオルで手を拭きながら元気なくポツリと秀晶は呟いた。
こりゃ結構重症だな、と吉継は苦笑いした。
「そうだ、晶ちょっと今日の昼まかない、少し簡単な料理になるけどいいか？」
「別に何でもいいよ、ヨシも疲れてるだろうし」
「あー、そういう意味じゃないんだ。とにかくここへ座ってくれ」
吉継は秀晶の手を引くと無理矢理カウンター席に座らせた。
「な、何、急に」
「いいから、待っててくれな。直ぐ持ってくるから」
そうして小走りで吉継はバックヤードへ入っていった。それから三分程してトレーに載せたセット料理を運んできて秀晶の前に置いた。
「お待たせ。さ、食べてくれ」
「………食べてくれって、これを？」
秀晶は渋い顔でカウンター越しの吉継を見上げた。
目の前の料理は皿に載ったお握りが二つと、長方形の切っていない一本のままの厚焼き卵焼きと味噌汁であるが、どの料理も異様な空気を漂わせていた。
お握りは三角か丸か分からない程凸凹で形を留めていないし、味噌汁も切れずに中途半端に繋がった油揚げと太いままのワカメがビロビロと浮いている。そして卵焼きに至っては形がどうという前に真っ黒に焦げていた。
「ヨシ、私に怨みでもあるの？」
「ま、まあ見た目はともかく食べてみてくれよ」
「そりゃまあ、食べるけどさ」
怖々と秀晶はスズッと味噌汁から飲んでみた。
そして忽ちブハッと吐き出しゴホゴホと咳き込んだ。
「辛い。これ味噌入れ過ぎだよ。それに味噌溶け切ってないのがあってダマになってる」
「じ、じゃあ、口直しにお握りはどうだ。焼き鮭とツナマヨなんだけど。海苔が巻いてあるのがツナマヨな」
ヒクヒクと口元を痙攣させて吉継は勧めた。
秀晶は嫌そうな顔で奇妙な米の塊を見つめた。
「口直しって、余計悪化しそうなんだけど………」
「まあ、その、実検だと思ってさ、頼むよ」
「実験？何の？」
「それは後で」
「分かったわよ」
秀晶は焼き鮭の方を手に取った。ぱっと見、表面のご飯粒が潰れて糊の塊のようになっていて、この時点で美味しくないのが分かる。それでも一口食べてみた。案の定ヌチャヌチャと口にまとわりついてくる。折角の中の具材の焼鮭が美味しくても周りの米が死んでしまっていた。
「激マズイ」
と口にしたかったが、お握りはもう一つ残っている。一旦食べ残しを皿に置いて海苔が巻いてある方を今度は口で噛んだ。と直ぐに中から大量のツナマヨがばっと溢れて秀晶の手と口周りがベタベタの油まみれになった。
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		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2018-01-02T14:17:37+09:00</dc:date>
		<dc:creator></dc:creator>
		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
	</item>
	<item rdf:about="https://granpa.novel.wox.cc/entry32.html">
		<link>https://granpa.novel.wox.cc/entry32.html</link>
		
				
		<title>菓子は菓子なれ⑨</title>

		<description>「汐恩ちゃん、よかったらマリアさんとの…</description>
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			<![CDATA[ 「汐恩ちゃん、よかったらマリアさんとの間で何があったか話してくれる？」
沈黙を破って音依が冷静に聞いた。
「え？いえ、これは細川の問題なので………」
「いいえ、マリアさんはシップスの一員ですもの。もし悪巧みを企んでいるなら私も無関係ではないわ。もし汐恩ちゃんの言う通りなら私も貴女の味方になってマリアさんの悪事を暴いてあげる」
「本当ですの！」
「ちょっと、母さん！マリアさんはそんな人じゃ………」
「ヨシちゃんは少し黙ってて」
「は、はい」
含んだ笑顔での威嚇に吉継は沈黙した。
「それで、どうして汐恩ちゃんはマリアさんが悪人だと思ったの？」
汐恩は少し視線を落として話し出した。
「実は私、幼い頃は病弱でまもなく脳の病気に罹ったんです。それも生死をさ迷うような」
「えッ、病弱？」
予想外の過去に秀晶は驚いた。
汐恩は息を吐いて秀晶をチラリと睨んだ。
「今の私はその病を克服してから体を丈夫にするために武術などに励んだのですわよ。話の腰を折らないで頂けます？」
「ああ、ごめん、続けて」
「私は今でも覚えています。手術が成功して自宅で療養する事となったのですが、そこにあの女の姿はありませんでした。そして使用人達の噂話を耳にしてしまったのです。何でも私の手術の寸前にスペインへ里帰りしたと。それも事もあろうに一ヶ月もの間バカンスへ出かけたというのです」
「は？マリアさんがか？」
吉継も驚いて聞き返した。
「そうです！思い出すのも忌々しいのですが、実の娘が生きるか死ぬかの瀬戸際だったのに自分はのうのうと遊び呆けていたのです！信じられますか！その証拠にあの女は真っ赤に日焼けした顔で細川家に帰ってくるなり遊び疲れて倒れてしまったのですのよ。私はその話を耳にしたとき腸（はらわた）が煮えくりかえりそうでしたわ」
「………ねえ、汐恩、それ、ホント？聞き間違いじゃ？」
秀晶が恐る恐る尋ねた。
「いいえ、状況証拠もありますわよ。暫くしてから私に会いに来たあの女狐はスペインの記念品だとか言って私の首に貝殻の首飾りを掛けようとしていたのですから」
「貝殻？そりゃあどんなんだ？」
この時吉継が不意に聞き質した。
「さあ、詳しくは覚えてはおりませんけど、白くて大きな貝でしたわね。どうせ遊び歩いていた地中海かどこかで買った安物でしょう。私、そんなもの掛けられたくなかったので振り払いました。床に落ちて粉々に砕けましたから良い気味でしたけど」
汐恩は吐き捨てるようにふんと鼻を鳴らした。
しかし何故か吉継は腕を組んで考え込んだ。
「………スペイン、貝殻の首飾り」
「どうかなさいましたの、コバ君？」
「あ、いや、それだけかマリアさんとの事？」
「ふふッ、それからがあの女狐の本性が出たのですわよ」
汐恩はニヤリと黒い笑みを浮かべた。
「私に腐った性根を悟られたのを理解したのか、あの女は意地悪をしてきたのですわ」
「どんな？」
「一度私に手作りの料理を御馳走したいと出したのが、驚きましたわ、何と『残飯』ですのよ」
「残飯を？」
今度は音依が反応した。
「はい、ボソボソのパン屑をかき集めたものを深皿に入れてドンと私の前に置いたのです。葡萄の食べ残しとか肉片とかも混ぜて。そこへ滑稽にも目玉焼きなんて載せてるんですのよ。人を馬鹿にするのにも程があります」
「うーん、パン屑に肉片って、マリアさんってそういう人だったんだ」
秀晶も驚きつつ苦い表情をした。
「でしょう！ある意味虐待ですわよ」
「ヨシはどう思う？」
秀晶は吉継に話を振ったが吉継は必死に何かを思い浮かべようとしていた。
（待てよ。そのパン屑って確かどこかで………）
しかし曖昧で明確な記憶が出てこない。汐恩は吉継を無視して最後に言った。
「それが嫌がらせてあるのは一目瞭然でした。悔しいやら腹立たしいやらで私それもひっくり返してやりましたわ。それからは私スペインに関わる食べ物は一切口にしなくなったのです」
「スペイン？」
「何でも故郷の料理だと丁寧に嘘までついてましたわよ。どこに残飯を堂々と娘に料理として出す国がありますか」
（貝殻の首飾り、パン屑。まさか！）
その時はっと吉継の頭の中で様々な情報が繋がった。
「おい、汐恩、お前、とんでもない勘ち………」
が、このとき音依が吉継の口の前に前に掌を突き出した。
「ヨシちゃん、ストップ。それ今言っちゃ駄目」
「え、だってこのままじゃ」
どうやら音依も何かを察したようであったがそれを制止された吉継は戸惑った。
「そうだ。ねえ、汐恩ちゃん、今度の水曜日の夜、ここに夜ご飯食べにいらっしゃいな。ヨシちゃんがそれまでに材料を用意して美味しいものご馳走してくれるそうだから」
音依は吉継に意味ありげなウインクした。
吉継はそのサインの意味を即座に理解した。
「そうですの、コバ君？」
「ああ、この世の中でお前が食べた事のない最高の料理を作ってやるよ」
「ではあのオムレツを超える一皿なのですね。楽しみにしておきます」
するとと、ここで汐恩の腹からグウという音が漏れ聞こえた。
「あら、嫌ですわ。失礼を致しました」
安心して食欲が出たのか空腹を知られた汐恩は顔を真っ赤にして俯いた。
「汐恩ちゃん、夕食まだ食べていなかったの？」
「あ、はい、それどころではなかったので」
「なら丁度良かったわ。私達晩ご飯今からなのよ。よかったら一緒に召し上がってらっしゃいな。それと今日は天気もこんなだしウチに泊まっていくといいわ。晶ちゃんも泊まり組だし、ね？」
「あ、それは大変有り難いのですが、迷惑ではございませんか？」
「ウチは大歓迎よ、今日は娘が二人に増えたみたいで嬉しいもの。じゃあ忠時さんへ連絡しておくわね。ヨシちゃん、その間に冷凍ご飯レンジで全部温めておいて」
「冷凍ご飯を？」
「そ、リメイク料理用にね。よろしく」
音依はスマホを持つとリメイクという節だけを強調してバックヤード奥へ消えていった。
リメイクとは「作り直す」という意味である。吉継はそれを聞いて音依の裏の企みにピンと来た。
「了解、母さん」と小さく呟くと吉継はラップしてあるご飯の塊をいくつかレンジにかけ始めた。
奥からは音依が忠時と何か話し合っている声が小さく聞こえてきた。
吉継は次に冷蔵庫からエビやイカなどの魚介類と鯖の切り身を取り出しキッチンへと運んだ。
そこへ丁度音依が満面の笑みで戻ってきた。
「汐恩ちゃん、お泊まりの連絡しておいたからね。警察へ捜索願が出される寸前だったみたいよ。忠時さんも大層心配していたわ。泊まるなら行儀良くしなさいって伝言を預かったわよ。明日は日曜だから夜に迎えにみえるそう」
「そうですか。率爾（そつじ）ながらかようなご迷惑をおかけした事まこと失礼致しました」
怒りを収めた汐恩はいつもの通り背筋を伸ばして深々と頭を下げた。
音依は笑って手を振った。
「あはは、汐恩ちゃん、ここは公の場でもないしもっと砕けていいのよ。そんな畏まった態度に出られる高級店ではないからね。さて、そろそろ料理を始めましょうか」
「あれ、母さん手伝ってくれるの？今日は俺の賄い当番なのに」
「これだけの食材を短時間で一人で料理するのは二人の美少女の空腹を長引かせてしまうもの。それは罪というものよ。ね？」
音依は汐恩と秀晶に笑いかけた。
二人は少し間が悪くなって視線を外した。
「母さん、クラスメートをからかわないの。で、結局何を作るの？」
「うーん、そうねえ」
音依は食材を暫し眺めてからとある提案をした。
「あ、そうだ。久し振りに師弟対決しましょうか？お小遣いアップをかけて」
「今から？」
突然の申し出に吉継は戸惑った。相手は母であるが一度も勝利した事のない、周りからオールラウンダーと崇められる師匠・小早川音依である。
「そうよ、審査員は汐恩ちゃんと晶ちゃん。いつものルールで一票でもヨシちゃんに票が入れば引き分けで五千円。二票だと、今晩は特別二万円」
「二万！！ホント？」
「やる？その代わりご飯が主役で制限時間は三十分よ」
「やります！」
ヨシは短時間にも関わらず躊躇わずに即決した。
「あはは、ヨシは相変わらずお小遣いに目がないねえ」
半笑いする秀晶に吉継は肯定した。
「そりゃそうだろ、こちとら金吾の金遣いの荒さのせいで貯まらないっての。いい加減大きな金額が欲しいからさ」
「キンゴ？誰です？」
不思議そうに汐恩が問い掛けた。
「あ、いや、何でもないよ」
焦って吉継と秀晶が同時に首を振った。
「晶さんまで何ですか？」
じっとより不可解な眼差しを向ける汐恩に誤魔化すように吉継は尋ねた。
「それより汐恩は何か食べたいジャンルはあるか。和食とかフレンチとか」
「そうですわね。出来れば和洋折衷のような面白いものであれば」
「了解。晶は鯖で良かったんだよな」
「うん、更に和洋折衷のような面白いものであれば」
「ハイハイ」
師弟対決は弟子の吉継が食材を先ず選択する事が出来る暗黙のルールがある。吉継は食材を前にして暫く考え込んだ後、温めたご飯と、鯖の切り身・生姜・レタス・レモンを選んだ。
「あら、ヨシちゃん、それだけでいいの？」
「へへへ、ちょっと思い付いた策があるんだ」
「そう、じゃあ私は遠慮無く残りの食材を使わせてもらうわね」
音依はエビとイカ、そして外国の野菜などを自分のまな板へ持っていった。そして姿勢を正し、
「さて、お二方、これより我等ひすとり庵のシェフ両名が腕によりを掛けて料理をお作り致します。題は『誰か助けて隣の冷やご飯』対決です。どうぞご堪能下さい」
と恭しく頭を下げたが、秀晶は心中で「相変わらずのネーミングセンスの無さだなあ」と笑っていた。
「ではクッキングスタート」
音依の掛け声と共にキッチンの二人は驚くべきスピードで調理を始めた。
音依は手早い魚介の下拵えと共に真っ赤なソースを作り、吉継は鯖の骨抜きと合わせ調味料を合わせつつ、フライヤーの温度を計っている。
「まあ！」
二人の華麗な動きに汐恩は見惚れていた。
そんな汐恩に秀晶が言った。
「汐恩、これがカウンター席の魅力だよ。シェフは俳優、私達は観客。まるで演劇の舞台見てるみたいでしょ？」
「え、ええ、そうですわね」
「でもテーブル席ではそれは絶対に味わう事は出来ない」
「あ………」
「料理人がお座敷で料理する事もあるけどそれはある程度の下拵えが出来てから。でもカウンターは違う。キッチンで調理する料理人もお客さんに一から十まで、それも一挙手一投足見られているからいつも真剣になる。とある食材がみるみる内に一品の料理へと変化していく。見てて楽しいし熱意が伝わってくるよ。ここは客と料理人が一体となる特別席なんだよね。それでも汐恩はテーブル席が良い？」
「それは、もう違います」
秀晶は責めているのではないけれど、汐恩は初めて店に来た時、カウンター席を貶した自分の言動を思い出して途端決まりが悪くなった。
「違うなら良かった。ねえ、汐恩この際だから色々聞きたいんだけど」
「何でしょうか？」
「ヨシから情報で汐恩が忠興嫌いなのは知ってるけど、やっばりガラシャの幽閉が原因なの？」
すると汐恩は冷徹な眼差しを向けてそれを認めた。
「もちろんです。同じキリスト教者であった高山右近は清廉潔白な方でした。それに比べて忠興は五人も側室を持つと言い放つなどとても正気の沙汰ではありません。けれど、それだけではありません。自分の子供達への酷い扱いも要因の一つです」
「子供？」
「忠利公以外に子供がいたのは御存知ですわよね」
「えっと、長男の忠隆（ただたか）とか次男の興秋（おきあき）とか、全部で六男四女だっけ？」
「そうです。長男は関ヶ原の折、母であるガラシャが亡くなったのに対し、同じ場所にいた忠隆の嫁である千世が逃げたのを庇った事で廃嫡（はいちゃく・跡継ぎを断念させられる事）、次男の興秋は三男の忠利公が嫡子に選ばれた事で自暴自棄になり大坂の陣で豊臣方に味方した事で父親から責任を取らされて自害。家康が許すと言ったにも関わらずですよ。これらは忠興に寛容さがあれば全て丸く収まっていたのです。乱暴で粗野で自分勝手でとても好きになれません。だから私は正直その祖となった熊本も熊本料理も好きではないのです」
「えー、勿体ない。私昔熊本にお父さんと一緒に遊びに行ったけど色々野菜とかの料理あって美味しかったよ。馬刺しとかも」
「全く興味ございません」
「じゃあ今度の和菓子も熊本に関係するものは嫌なの？」
「出来れば使いたくありませんわ」
（ありゃあ、これは根っこからコジレ系だわ。茶会大丈夫かな）
秀晶は途方に暮れた顔を更に歪めた。
「さて、お待たせしました。出来上がりましたよ」
二十分も立たない内に音依が料理を仕上げてきた。
「少し飛び散るからこれを着けてね」
音依は紙エプロンを渡してそれを首から垂れさせると、カウンターに二人分の石で出来た器を置いた。中には小さめの揚げたお握りが三つと大きく割れた薄い茶色の煎餅のようなものがバラバラと散りばめられていて、器自体も高温で熱していたためかジクジクと中身が焼けている音が聞こえている。
次いで音依は両手に持った二つの湯気の上がった手鍋から熱々のソースをその器の中に、
「イッツ・ショータイム！」
と注いだ。
するとジュワワワと激しく汁の弾ける音と湯気が辺りに立ち上った。
「ひゃあ！」
二人はビックリするのと同時に興味を持って器の中を覗いた。
そこには揚げお握りが半分程浸かった赤いソースに剥いたエビ、四角くカットされたイカとムール貝に、煮込まれた色取り取りの野菜がミックスされていて、ソースの飾りとしてイタリアンパセリの葉が何枚か載っていた。
「『イタリアンお焦げ』よ。さあ、お熱い内に召し上がれ。火傷しないようにね」
二人は音依からスプーンを渡されると先ずソースをすくってフーフーと冷ましながら一口飲んだ。
途端トマトの酸味に魚介の複雑な旨味がじっくり絡んできた。
「ま、これは何と絶妙なトマトソースなんでしょう！」
汐恩は驚いて二口目を飲んだ。
音依は簡単に説明した。
「それはエビ・貝・魚のアラから取ったフィメにイタリアントマトの水煮と細かく切った野菜と共に煮込んだスープ・ド・ポワソンにとろみを付けたものなのよ。今度はご飯を崩してその中身と他の具材とをソースに絡めて食べてみて」
「はい」
汐恩は音依の指示通りにご飯にスプーンを入れてみた。そうすると中から白い液状のものがトロリと流れ出てきた。汐恩はそれを揚げた米とエビ・イカと共にすくって口に入れた。
「ああ、何という素晴らしいハーモニー」
口一杯にソースの旨味とそれとチーズのコクが混じり合った。
カマンベールチーズに似ているがそれより苦味がなくクリームのように滑らかである。
病み付きになりそうな味に堪能しつつ汐恩は尋ねた。
「このお握りの中のチーズは？」
「それはイタリア・トスカーナの白カビチーズ『グッチョ』よ。ヒツジと牛の生乳のブレンドチーズなんだけど、ミルクが濃縮したような感じでしょう？」
「ええ、まさに。でもそれだけではありませんわ。もう一つ別のチーズの味がしましたもの」
「それならこれだよ、汐恩」
秀晶が先程の割れた煎餅のようなピースをスプーンに載せて見せた。
「焼きチーズだよ、食べたことない？」
「焼き、チーズ？」
「やっぱ知らないか？ピザ用の溶けるチーズをフライパンで焼くとこんな風にパリパリになるの。おやつとかにもいいんだよ。でもさすが音依さん、揚げお握りにしたお焦げだけじゃなくチーズまでこんなのを使うなんて発想」
「ふふッ、ありがとう。これはイタリアのＲｉｓｏｔｔｏ　ａｌ　ｓａｌｔｏ（リゾット・アル・サルト）っていうリゾットのお焦げを大きくアレンジしたものなの。ただ焼くだけじゃつまらないから中にイタリアンチーズを入れてトロトロと焼きチーズでサクサクの食感を二つ同時に楽しめるようにしたのよ」
「具材も美味しい。イカだけじゃなくてムール貝とか手長エビとか。野菜も日本の野菜じゃないし」
「トレヴィーゾっていうチコリとズッキーニ、セロリ、ペペローニ（パプリカ）、カブの仲間のコールラビ、イタリアンカリフラワーのカーボルフィオーレを使ってるから魚介の風味を損なわないようにあっさりした味に仕上げてあるのよ。美味しい？」
「それはもちろん。やっぱり音依さんの料理は凄いな～。こんなのを簡単に作っちゃうんだもん」
秀晶は感心していたが隣の汐恩は無心にパクパクと食べて瞬く間に器は空になった。
「はあ～」
満足して思わず長い溜息が漏れた。
「その食べっぷりなら気に入ってもらえたみたいね」
音依が微笑むと汐恩はかっと顔を赤くした。
「申し訳ございません、はしたなくも」
「どうして謝るの？私は空になった器とお客様の満足そうな表情を見るのがとても嬉しいの。その二つはこの手で作った品を美味しく食べてもらえた証」
音依は目を軽く閉じて両掌ですくうような形を作った。
「手？」
「この手は料理を作る器官であるけれど、お客様の喜びを受け取る器官でもある。つまり料理人の手は心と同じ。だから私達料理人はとても手を大事にするのよ」
「手を大事に………」
汐恩はすると調理に没頭する吉継を凝視した。
「ヨシちゃん、まだ？もうそろそろタイムリミットよ」
「ほい、今出来たよ！」
吉継はするとソフトボールを少し平たくしたような大きさの料理を白いワックスペーパーに包んで、カウンターのトレーに置いた。
「お待たせしました。『ライス・さばーガー』です」
「ライス？さば………？」
聞き慣れない名前に目をパチクリしてどうしていいのか迷う汐恩に吉継は言った。
「クラス全員で一回隣の垂井町へバーガー食べにいったろ。あれだよ」
「ではハンバーガーなのですか、これは？」
「いいから開けてみろって。紙は半分だけ開けて中身がこぼれないように下は受け皿にしてくれな」
「あ、はい」
汐恩はペリペリと紙をめくった。
そこには黄かがった茶色に焦げた丸いライスバンズに二種類の濃い茶色の中身が赤めのソースとレタスに挟まって三層に見えた。
「パンでなく焼き飯ですの？中もパティでないようですが」
「肉じゃないけどバーガーの一種だよ。とくかく温かい内に食べてくれ」
「うう、口を大きく開けるなど下品な………ナイフとフォークはございませんの？」
「無い！こういうのは大口で食らいつくのがマナーなの。ほらさっと食べる！」
「仕方ありませんわね、では」
汐恩は出来るだけ小さな口でバーガーを頬張った。
モチッ・シャクッっという二つの米の感触と揚げた魚の風味とそれをまとう辛口のソースが舌に襲ってきた。
「ん、辛い！」
想像していなかった辛みに汐恩は驚いたが、噛んでいる内にその辛さが甘みへと変わっていく。
「わーい、中身、鯖竜田だ！」
秀晶は喜びを露わに食らいついていた。
「鯖竜田？」
バーガーを手にしたまま汐恩はカウンター越しに立つ吉継を見上げた。
吉継は説明した。
「臭み抜きした鯖を生姜醤油に漬け込んで片栗粉をまぶして油で揚げた物だよ。それと多めのフライドオニオン(揚げタマネギ)とレタスを具材にしてそこにスイートチリソースをかけてあるんだ。辛さとマイルドさと酸味を足すために少し一味マヨネーズと極薄のレモンスライスをプラスしてある」
「しかし何かカレーの風味も致しますわよ」
「それはライスバンズを作るときにカレーパウダーを混ぜてあるからだよ」
「あ、でもこれ、カレー粉だけじゃないよね」
秀晶がモグモグしながら聞いてきた。
「よく分かったな。だし粉と醤油とみりんと煎りゴマを混ぜてあるから和風カレーバンズにしてあるんだ。ほら、晶、カレーうどん好きだろ？そこからちょっとひねってみた」
「わ、覚えててくれたんだね。ありがとう」
秀晶は機嫌良く笑った。
「ホントこれ美味しいよ。鯖竜田にスイートチリ和えてあるのもそうだけど、タマネギ揚げてあるからサクサクと歯触りも良くていくつでも食べれそう」
「しかしながらこのバンズ、いくら両面を焼いてあるとはいえ、よく崩れませんわよね」
汐恩は食べてもへたらないバンズを不思議そうに観察した。
「それは丸型に入れたご飯を堅めに押さえつけて成形してるのはもちろんだけど、ご飯を混ぜる時に繋ぎとして片栗粉（または小麦粉）を入れてあるからさ。だからどの家でも簡単に出来るんだ」
「なるほど、そうでしたの」
そうして汐恩は早々に完食した秀晶に続いて全て食べ切った。
「さてそろそろ判定にまいりますか」
音依は二人にジャッジを促した。
「私のが美味しいと思ったら左手、ヨシちゃんのだったら右手を挙げて頂戴ね。では、ハイ」
すると汐恩は左手を、秀晶は右手を挙げた。
「おっしゃ、五千円ゲット！」
吉継は思わずガッツポーズを作った。が、即座に汐恩が、異議ありと再度挙手した。
「異議？」
「歓喜するコバ君には申し訳ありませんが、どう見てもこれはお母様の勝ちだと思います。晶さんは鯖が好きという理由でコバ君を推しているだけです。その根拠はとても貧しいです」
「ちょ、汐恩、何で人の判定に文句付けてるのよ、私は純粋にヨシの方が美味しいと思ったもん。それにヨシは私の好みの味付けをしてくれたんだから」
「そうでしょうか？お母様の料理には最初に弾ける音とその時に放たれる香ばしい香りがありました。チーズの二種の食感の違いもさながら、時間と共にパリパリとした揚げお握りがスープによってしっとりと変化していきました。それに対しコバ君の料理はフライドオニオンのサクサク感はありましたが、全体的にスパイスが混在しすぎて纏まりに欠けていたと言わざるを得ません」
「な、ヨシのはそういう理屈じゃないもん！」
「ならばもう一つ。注目すべきは料理の温度です。お母様の料理は焼いてあった石焼きの器で最後まで温かかった。こんな寒い日には最適のお心遣いです。逆にコバ君の料理は辛いソースで熱いように感じてもそれは所詮一時的。食していくうちにどんどん温度は下がっていました。これが決定的な両者の差です」
「うるさいうるさい、美味しいったら美味しいの！」
理路整然と意見を押し通す汐恩に秀晶は苛立って喚いた。
「それは単なる感情論です。冷静な分析無くして判定は出来ません。晶さんは審判には不向きです」
「汐恩、あんたねえ！」
「ストップストップ、喧嘩は止め！」
吉継は二人に掌を向けた。
「でも！」
「悔しいけど汐恩の言う事は間違っちゃいないんだ。五感をフルに活用した母さんの料理は凄いと思う。万人に判定してもらっても俺は完敗しただろうな」
「それじゃあヨシが………」
吉継はポンと残念がる秀晶の頭に手を置いた。
「晶が美味しいって喜んでくれただけで作り甲斐があったよ。ありがとさん」
「あら、ヨシちゃん、それじゃあ負けを認めちゃう事になっちゃうわよ」
音依が、いいの？と確認した。
「仕方ないよ、お焦げ作られた時点でやられたなと思ったから。良い勉強になったしね」
「うー、納得いかない」
秀晶は半眼で汐恩を睨み付けた。
「何ですの？では私がコバ君に五千円払えばよろしいのですか」
「あのね、そういう事じゃなくてさあ！」
「まあまあ、晶ちゃん、ヨシちゃんも合点してるんだから。それより三人でお風呂に入りましょう。ウチのお風呂そこそこ広いから温まるわよ」
「なら俺ここの後片付けしておくから。先に風呂済ませておいてよ」
吉継は一服にお茶を飲みながら言った。
「何ならヨシちゃんも私達と入る？」
ブーッと吉継は吹き出した。
「母さん！何馬鹿言ってんの！」
「あらら、照れてるの？昔はよく一緒に入ったじゃない」
「いくつの時の話だよ。もういいから早く行きなってば」
「ハイハーイ、じゃ後はお願いね」
音依は二人を連れて本宅の方へ向かっていった。

（き、気まずい………）
順に体を洗い終わり、檜造りの浴槽に並んで浸かっている秀晶は隣の汐恩をちらりと見た。
アップにした髪をタオルでくるんだ汐恩はただ黙って目を閉じている。
音依は着替えようとした直前に仕入れ先の業者から電話が入り、「ごめん、二人は先に入っててね」とどこかへ行ってしまった。
秀晶は口まで湯に浸かりブクブクと泡を立てて汐恩について考えていた。
自分との関係は友達ではあるけれども、親友という程ではない。ライバル視されているのは知っているとはいえ正直汐恩の内実は良く分からない。
決して悪い人間ではないのも知っている。誰かが困っていたら手を差し伸べる様子も何度も見てきた。吉継から転校の時のもめ事の解決に汐恩が陰ながら導いてくれた裏事情も聞いたし、壊された傘と隠された上履きをクラスに呼びかけて元に戻させたのは汐恩であったのも教えてもらっていた。
かといってそれ以上昵懇な関係になる事もなく、現在に至っている。
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		<dc:date>2018-01-02T14:17:13+09:00</dc:date>
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		<title>菓子は菓子なれ⑧</title>

		<description>「美味い」
汐恩と同じ抹茶を使っている…</description>
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			<![CDATA[ 「美味い」
汐恩と同じ抹茶を使っているのに口当たりがやんわりとしていてまるで違う。
「わ、ホント、美味しい！」
次いで飲んだ秀晶も同じ感想であった。
明るい雰囲気でマリアを絶賛する二人であったが、急に汐恩が立ち上がった。
「何なんですの、あなた方は。私の茶は美味しいと言って下さらなかったのに、お母様だけ！」
「お、おい、汐恩どうした」
半狂乱じみた声で拳の手を震わせながら汐恩はわめいた。
「コバ君もコバ君ですわよ。先程の私の書よりお母様の水墨画ばかり褒めて。梅町先生もお母様ばかり認めて。どんな習い事の先生も外国人だからってお母様ばかり贔屓して！私も努力してるのに、お母様よりずっと頑張ってるのに、どうして誰も認めて下さらないんですか！」
「汐恩、落ち着けって」
「もう知りません！」
聞く耳持たず汐恩は茶道口からさっさと出て行ってしまった。
「えー、俺たち放置？」
「オー、ワタシ、また余計なコトしてしまいましたカネ」
マリアは少し滅入った顔を見せ茶碗を片付けた。
「そういえば梅町先生って誰ですか？」
場の雰囲気を戻そうと吉継は座ってマリアに問うた。
「梅町先生は京都からここまで稽古を付けにおいでにナル三斎流のお師匠様デス。厳しいお方で、ボニータに『もっと精進を』とお褒めの言葉頂いたコトありまセン」
「あのー、マリアさんと汐恩って仲悪いんですか？」
秀晶が単刀直入に質問した。
吉継が横を向いて窘めた。
「馬鹿、晶、お前、余所の家族関係聞くなよ。失礼だろ」
「だって前から気になってたんだもん。汐恩、お父さんの言うことは聞くけどマリアさんにはきつく当たってばっかだし。マリアさん可哀想」
「それでもな」
「いいんデス。それは本当のコトデスカラ。ワタシはボニータのコト大好きなんデスガ、ボニータはワタシを嫌ってると思いマス。きっとダメな母親なんでショウネ。ワタシ日本人デモありまマセンシ」
「マリアさん………」
「おお、そうイエバ、ヨシ達はまだ茶会で使う茶碗とか決まってマセンヨネ？」
「はい、なかなか汐恩が動いてくれなくて」
「それなら一度見てもらいたいモノがありマス。一緒に来てもらえマスカ？」
マリアは思い付いたように立ち上がり躙り口から外へ出た。
吉継達も外へ出た。もう西日も傾き夜の暗闇へ移行しようとしていた。
「帰りはまた車で送りますカラ、心配しないでネ」
時間を案じる二人にマリアは振り返って笑った。
「あ、はい。ありがとうございます」
来た道を逆に向かいつつ秀晶はぎこちなく答えてそのまま吉継へ小声で囁いた。
「ちょっとヨシ、汐恩があんな風で私たち大丈夫なの？」
「あー、そうだなあ」
吉継もマリアの後を歩きながら苦々しく頭を搔いた。
「でもどうして汐恩、あそこまでマリアさんを嫌ってるの？すっごく良いお母さんだよ」
「さあ。親子間の内情は俺にも分からない。ただ、あいつがお茶の先生に認められない理由なら今日なんとなく理解出来た気がする」
「何？」
「前に言いそびれたけど、汐恩、細川忠興の事大嫌いなんだよ」
「嘘！だって細川家のご先祖様じゃない！」
信じられないという驚愕の表情を向ける秀晶に吉継は示唆した。
「汐恩、うちの店で忠興の名前出る度様子変だったの気付いてただろ？さっきの茶室でも」
「うん」
「それにあいつが細川ガラシャ贔屓なのは晶も転入初日で知ったと思う」
「それは確かに。私、平気な顔装ってたけど実はメチャクチャ怖かった(第二話参照)」
「お前が無事だったのは奇跡に近いぞ。昔汐恩の前でガラシャの悪口言ったヤツは暫くしてどこかへ転校していったそうだ。噂じゃ、汐恩にボコボコにされてそれがトラウマになったらしい」
「マジで？」
「噂だけどな。で、汐恩はガラシャに熱狂的に肩入れしてる。となれば夫婦仲が悪くなった忠興には良い感情を抱いてない」
「あー、何となく想像つくよ。忠興ってちょっとヤバい気質あるもんね」
『茶道四祖伝書』では、忠興は「天下一気の短い人物」と評されているし、関ヶ原合戦の折、丹後田辺城を囲まれて最終的には城を退去し西軍に渡した父・幽斎に、最後まで戦わなかった腰抜けとばかりに文句を言い付け、親子関係が気まずくなったりしている。また、家臣を三十六人手打ちとした刀に三十六歌仙（または六歌仙）をかけて「歌仙兼定」と命名したり、妻ガラシャへの嫉妬のあまり妻と目が合った庭師を斬り殺すなどその悪癖には枚挙にいとまが無い。
「でも一番はやっぱり本能寺の変の時だよね。山の中に閉じ込めたのは仕方ないにしろ、キリスト教に改宗したガラシャに向かってキリシタンやめないなら俺は側室を五人持つと言い出す始末だもん。あれは妻だったら傷つくよ」
「そうだ。だから汐恩は忠興を嫌ってる。でも三斎流はその忠興が祖師だ。それを習ってる汐恩の心境としてはどうなんだろうな」
「細川家の人間だから渋々やってるって事？」
「それが茶の所作に現れてるんじゃないか。それをお茶の先生は見抜いてるんだと思う」
「そだね、何となく私にも理解出来たよ。ガラシャを好きな事でバランスを取ってるんだろうし」
するとここでマリアが振り向いて苦笑した。
「内緒話ならもっと小声で、デスヨ、二人とも」
あ、と吉継と秀晶はすっと歩く速度を落とした。マリアも歩調を合わせながら言った。
「ボニータはいつからか忠興公の事敵視してマス。昔、茶室の庭の春日灯籠倒してしまいマシタシ、高桐院のつくばいの複製もハンマーで叩き割ってしまいましたカラ。茶室もグァポが止めなければ全壊してたかもしれマセン」
「モンハンの破壊王でも装備してるのか、あいつは！」
反射的に吉継は突っ込んだ。
マリアは少し目笑した。
「その代わりに灯籠も中津のキリシタン灯籠にしまシタシ、つくばいもガラシャお気に入りの形の物を作ってもらいマシタ。それでようやくおさまったんデス。でも、忠興公嫌いなのは変わってまセンケド。あ、道、こっちデスヨ」
マリアは来る時に見えていた森深い小聖堂へと二人を誘導していった。
「ワタシのＣａｐｉｌｌａ(カピラ/小聖堂)へようこそ」
着いてみるとそこは普通の家が一件分はある大きさのゴシック建築の小聖堂で、開けられた扉の中は電灯が点され、赤い生地を敷かれたベンチタイプの会衆席が、椅子の布と同色のカーペットが敷かれた正中線の通路を挟んで左右二十脚備え付けられていた。
「私こういう施設初めて入ったよ」
秀晶は両脇を飾るステンドガラスに目をやって正面の祭壇に視線を移した。
そこには左手で幼いキリストを抱く木製の聖母が、天使が彫り込まれた大理石柱の上に立ち、右隣には別の、全身が金色に彩られた聖人像が杖を突いて立っている。
「私キリスト教ってよく分からないけど、普通は十字架のキリストが飾ってあるものじゃないの？」
像の近くによってまじまじと観察する秀晶にマリアは解説した。
「それはピラールのサンタ・マリア（聖母）とサンティアゴ様、デス」
「ピラール？」
「ピラールというのはスペイン語で柱という意味です。柱の聖母は日本ではあまり馴染みがナイのかもしれまセンけどワタシの国ではとても有名デスヨ」
マリアは秀晶にピラールの聖母の奇跡を簡単に説明した。西暦四十年十月十二日、サンティアゴがスペインのサラゴサで福音を説いている時、天から天使と共に柱に乗った聖母マリアが現れ、人々を改宗に導いた。その奇跡ゆえピラールの聖母は『スペイン系の人々の母』と称されている。
「マリアさんは聖母と同じ名前なんですね」
「ハイ、実はワタシの誕生日が十月十二日なので母がそう名付けてくれマシタ」
「ふーん。でもサンティアゴって誰ですか？」
「キリストの弟子の一人聖・大ヤコブデス。もともとガラリア湖で漁師をしていたんデスガ、イエス様から誘われて弟子になったのデス。スペインでは彼の御方をサンティアゴと呼びマス。ラテン語のサンクトゥス・ヤコブスが訛ったんデスネ。サンティアゴ様もスペインでは負けじと有名で守護聖人になってマス」
するとここで吉継が呟いた。
「ボアネルゲス」
「オウ、ヨシ、よくその名前を知っていマスネ！？」
マリアは驚いて吉継を見た。
「あ、ああ、えっと、ゲームか本かで読んだような気がしただけです」
「それ何、ヨシ？」
慌てて否定する吉継の態度を訝しがって秀晶が聞いた。
「あ、うん、サンティアゴの別名なんだ。雷の子ら、って意味で。ね、マリアさん？」
「Ｓｉ、サンティアゴ様は気性の強い方デシタカラ」
【主】
と刑部がここで秀晶に呼び掛けて説き明かした。
【別に聖ヤコブのボアネルゲスはヘブライ語で『神の声』を意味する。その雷の如し声は人々を震え上がらせたという。吾のウォークス・デリと同じじゃな。ヨシ殿はそれを金吾殿から聞かされて咄嗟に口にしたのであろう】
なるほどと納得して秀晶はもう一度サンティアゴ像を見上げた。
と、その時、奇妙な物が目に付いた。
像が手にする杖に乾いた瓢箪が赤い紐でぶら下がっていたのである。
「マリアさん、あの瓢箪は何ですか？」
秀晶は指さして尋ねた。
「え、ああ、それはデスネ………」
マリアは何故かここで言葉を止めてから明らかにした。
「秀吉の瓢箪デス。ほら、旗印にあるでショウ？細川家も太閤の下で働いてましたカラ」
「あはは、そうだったんですね。でもマリアさん、本当に日本の歴史に詳しいですね。下手な日本人より知ってると思います」
「そうデスネ。関ヶ原がワタシの故郷テルエルと似てるせいなのかもしれまセン。山の中にあってとてものんびりした所デスシ。気候が厳しい所もそっくりデス」
「へー」
「テルエルは地理的にイスラム教世界とキリスト教世界が融合した場所デス。テルエルの語源もアラビア語で雄牛。これはイスラム教徒が牛の角に松明（たいまつ）をつけてキリスト教徒に向かって放った故事から採られマシタ。倶利伽羅峠（くりからとうげ）で平維盛（たいらのこれもり）軍を破った源義仲（みなもとのよしなか）の用いた『火牛の計』と同じデスネ」
「スペインでも日本と似たような事してたんですね」
「似てるのはそれだけではありまセン。テルエルにはムデハルというイスラム様式の世界遺産の建物もありマス。関ヶ原も日本の真ん中にあっテ、東西の文化が混ざり合っていマス。それとテルエルは首都マドリードからの直結する鉄道がありまセン。山岳地域デスし一時は地味すぎたので観光客誘致のために『Ｔｅｒｕｅｌ　ｅｘｉｓｔｅ（テルエル・エクシースト）』、これはテルエルは存在しマス、という自虐的なキャッチコピーを使ったのデスガ、関ヶ原も交通の便は決して良くありまセンシ、日本地図でも関ヶ原の場所正確に言い当てられる人少ないデス。そのうち『関ヶ原は存在する』と銘打たなければならないカモしれまセン」
「あはは………」
ある意味正確な現実に苦笑する秀晶を見て微笑したマリアは続けた。
「ワタシの故郷はそのテルエルの中でも秘境と呼ばれるアルバラシンです。標高が千二百メートルの断崖の上に立つ村で人口も僅か千人程度です。関ヶ原の方がずっと人の数は多いデス。でも『天空の鷹の巣』と呼ばれてスペインで最も美しい村に選ばれた事もありマス。ワタシが誇る美しい故郷デス」
「マリアさんどうしてそこから関ヶ原へお嫁さんに来たんですか」
「それはワタシとグァポの馴れ初めを聞きたいんデスカ！？」
よくぞ尋ねてくれましたとばかりに急にキラキラした瞳でマリアは秀晶の顔の前に寄った。
「あ、はい、そうです」
「では教えて差し上げマス」
マリアは秀晶を会衆席に座らせると昔話を語り出した。
「ワタシが大学生の時、母が見聞を広めなさいと外国へのホームステイを勧めてくれまシタ。ワタシは元々日本文化に興味がありまシタシ、日本語の講義も受けていましたノデ、迷わずこの国を選びマシタ。そのホームステイ先がこの細川家だったんデス」
「へえ」
「それで同年だったグァポはワタシにとても親切にしてくれマシタ。ワタシ直ぐにグァポが好きになりマシタシ、グァポもワタシの事を好きと言ってくれマシタ。でもホームステイは一ヶ月。ワタシは泣く泣くスペインに帰りマシタ。でもグァポがワタシを追い掛けてテルエルまで来てくれたのデス」
「きゃー、忠時さん素敵！」
「Ｓｉ、とても嬉しかったデス。でもワタシ達の間には大きな壁がありまシタ」
「壁？」
「ワタシの家、細川家と違ってあまり裕福ではありまセン。それにワタシはスペイン人。直ぐに細川の家からグァポを連れ戻しに来まシタ。金を渡すカラ別れてクレと」
「そんな酷い！」
「グァポは関ヶ原細川家の跡取り、当然デス。ワタシ達は逆『テルエルの恋人達』のような身分違いの間柄デシタ」
「テルエルの恋人達？」
「テルエルに伝わるお金持ちのイサベルと貧しい家の息子ディエゴの物語デス。ディエゴはレコンキスタ（イスラム教徒からの国土復興運動）で戦功を立て五年後裕福になってイサベルと結婚すると誓いマシタ。でも、約束の年月が来てもディエゴは帰ってきまセン。ディエゴが死んだと思ったイサベルは他の人の妻になりまシタ。でもその時ディエゴが帰ってきたのデス」
「えッ！それでどうなったんですか？」
「ディエゴはあまりのショックで死んでしまいマシタ。イサベルも彼のお葬式の最中また嘆き悲しんで息を引き取りマシタ。それがテルエルの恋人達の悲恋の末路デス」
「ロミオとジュリエットみたい」
「そうデスネ。グァポはそんなテルエルの恋人達の話を知っていたから『絶対帰らない、ここでマリーと一生暮らす』と抵抗してくれたんデス。それとグァポはワタシにこうも言ってくれマシタ。『Ｃｏｎｔｉｇｏ　ｐａｎ　ｙ　ｃｅｂｏｌｌａ（コンティーゴ・パン・イ・セボーリャ）』と」
「それはどういう意味ですか？」
「『あなたとならパンとタマネギで充分』、つまりアナタさえいれば貧しくても耐えていける、というスペインの言葉デス。ワタシはグァポの情熱にとても感動しマシタ。今でもその時のプロポーズはワタシの大切な思い出デス」
「それからそれから？」
秀晶はずっと前のめりになった。
「グァポの必死の説得のお陰で後々ワタシは細川家に嫁として迎えられマシタ。こうしてワタシは子宝にも恵まれ幸せに暮らしてマス。この小聖堂もグァポがワタシのために建ててくれたんデスヨ」
「ドラマみたいでロマンチック～」
うっとりと陶酔する秀晶にマリアは綻びつつも厳しい過去を語った。
「ちなみに関ヶ原とテルエルは他にも色々似てマス。昔、スペインでも内戦があって、テルエルでは特に大勢が亡くなりマシタ。関ヶ原でもそれは同じデス。だからヨシのお母さんの音依が平和な関ヶ原を目指してイルのはとても素晴らしいと思いマス。誰でも戦争なんてしたくありまセンカラネ」
「そうだったんですね………うん？ちょっとヨシ、さっきから黙って何してるの？」
秀晶は吉継がサンティアゴ像を不思議そうに見上げてからスマホを操作しているのに気付いた。
「あ、いや、何でもない。それよりマリアさん、俺達に見せたいものって何ですか？」
「お、そうデスネ、楽しくて脱線してしまいマシタ。こちらの部屋へ来て下サイ」
マリアは立ち上がると祭壇の左奥にある扉を開けて吉継達を招き入れた。
そこは意外にも十畳程の和室になっていて、その一番奥には衣紋掛けに掛けられた美しい花柄の着物が目に入った。
「あ！あの着物、私見覚えあるよ。あれ、どこだったかな？」
秀晶は靴を脱ぐなり衣紋掛けへ近付き着物を思い出すように見つめた。
「晶、それは大阪の玉造教会の壁画にある細川ガラシャが着ている小袖と打掛だよ。下げ髪のガラシャが白百合を手に持っているの写真で見た事あるだろ？」
「それだ！」
「でも本当にヨシはよく知ってマスネ！」
驚いてマリアは吉継に感心した。
吉継は苦々しく首をすくめた。
「汐恩に脅されるように色々細かく教えられたんですよ。嫌でも暗記しますって。高山右近の反対に描かれている細川ガラシャ画の作者は堂本印象画伯、身につけている小袖は薄紅梅地に椿に菊の辻ヶ花文様、打掛は綸子地、松皮菱に桜文様、裏地は印金牡丹唐草。覚えなきゃ殺されます」
「あはは、汐恩ならやりかねないね」
「二人ともワタシのボニートに酷い言いようデスヨ。その着物はいつかボニートがお茶会とかに着てもらうつもりで作ってもらったんデス」
「汐恩はこれ知ってるんですか？」
いいえ、とどこか悲しげにマリアは頭を振った。
「だったら今度の大茶湯でこれ着たら………あれ、これ何？」
この時秀晶は着物に隠れていた赤い紐をスルスル持ち上げた。
その紐の先には穴の空いた白い貝殻が結わえられていたが、何故かそれはいくつかに割れていたようで、接着剤で無理矢理くっつけてあるように見えた。
「ホタテ貝？」
「Ｎｏ！」
驚くことにここでマリアが猛烈な勢いで突進し、その貝を奪い取って自分のニットジャケットのポケットにしまい込んだ。柔和な顔から一転してその表情には焦りの色が見えている。
秀晶は頭を下げた。
「あ、あの、マリアさん、ごめんなさい。勝手に触ってしまって」
「あ………イイエ、それは大丈夫デス。気にしないで下サイ」
再びいつもの顔に戻ったマリアは、
「それより見てほしいのはこれデス」
と部屋の隅に置いてあった茶棚から一つの茶碗を取り出し吉継に手渡した。
それは乳白色の生地に深い緑色と黒色で魚などの幾何学模様が彩られた見たこともない器であった。ただ貫入（かんにゅう。細かいひび割れ）もあり、どことなく日本の椀のようにも感じられた。
「それはワタシの故郷の焼き物デス」
「テルエルの？」
「Ｓｉ。よかったらヨシ達、今度の茶会で使えませんか？」
秀晶は即座に喜んだ。
「わあ、それいい！外国の茶碗で抹茶飲めるなんて絶対面白いよ。それに綺麗だし。これだったら長月達に対抗できるんじゃない、ヨシ？」
「うん、確かに。何か菓子に結び付きそうなイメージが湧いてきそうだ」
吉継は茶碗の柄をじっくり見た。
「でしょ？」
「でも、問題はこの茶碗を汐恩が使ってくれるかだな」
意味ありげに視線を送られたマリアは笑って親指をグッと立てた。
「おー、それならワタシからボニータに話しておきマス。だから心配は要りまセン。後はヨシ達、美味しいお茶菓子作って下サイネ」

それから二日後の三月四日の土曜。
前日から降り続いた雪が更に激しくなって吹雪のような荒天となっていた。
午後八時のひすとり庵の週末もさすがこの大雪には勝てず、たった今帰ったお客で店内には誰もいなくなった。
「まあ、関ヶ原だから冬にはこんな日もあるわよね」
がらんとなった店内とスマホの天気予報を見直した音依が赤いシェフ帽を脱いで短く溜息を吐いた。外には車の通る音すら聞こえておらず大風が外の暖簾をバタバタとはためかせていた
「この雲の流れじゃ明日まで当分止みそうにないか。晶ちゃん、悪いけどその洗い物終わったら暖簾中にしまってくれる？ひすとり庵今夜はこれにて看板にします。それからみんなでご飯ね」
「はーい」
秀晶は元気よく手を挙げた。今日は悪天と看護師の母が夜勤で家に帰ってこない事も重なって吉継の家に泊まっていくのが決まっていたためである。
近所の秀晶はたまに母親の都合でこうした外泊をして音依と一緒に寝る事も珍しくなくなっていた。
叔母の朝妃や他のバイトの人にも帰ってもらい、本当に店内は音依と吉継と秀晶だけとなった。
吉継は冷蔵庫の中身を確かめると顔を渋くした。
「でも母さん、この食材の残りどうするの？週間天気で仕入れの量少なくはしてたみたいだけど、まだ野菜とか魚介類そこそこ残ってるよ？それと筒井さん昨日間違って多めに炊いちゃった冷凍ご飯もさ」
「そうねえ、折角だからそれらは今晩使い切りましょう。ヨシちゃんならその食材で何のまかない作る？」
「うーん、かいせ………」
「海鮮炒飯はなしね。手を抜いちゃ駄目」
「げ、見透かされた」
「フィメ(魚介の出汁)とかだったら私の方にストックあるけど」
「あ、私は美味しい鯖料理が食べたい！」
秀晶が暖簾片手にリクエストした。
「晶、お前、冷蔵冷凍庫の中身を把握するようになったな」
「だって材料出してって言われるから自然に目がいっちゃうんだもん」
「まあ、それも手伝ってもらってるからな。分かった、何か鯖工夫して作るよ」
半分呆れながら吉継は各テーブルの上に椅子を載せながら了承した。
「やったあ」と秀晶がウキウキ顔で「CLOSED」のプレートをドアノブに掛けて施錠しようとした矢先、カラリと扉が開いて一人の客の姿が確認できた。
どうやら女性客の様であるが、店はもう片付けが殆ど終わっている。
「あ、すみません、今日はもうお店終わりなん………ヒヤッ！」
やんわり断ろうとした秀晶であったが、その風采に驚いて尻餅をついた。精気のない顔ながら目だけが真っ赤に染まった目を爛々と光らせ、白い服の首筋から伸びる長い黒髪を雪風にバサバサと舞い上がらせている。
「ゆ、雪女！？」
「晶、どうした！」
奇声に驚いた吉継が駆け寄ってきた。
「あ、あれ！ヨシ！」
秀晶は白服の女を怖々指さした。吉継はその方向を見て聞いた。
「お前、汐恩か？」
「………へ？汐恩？」
目をこらすと確かに汐恩である。白いロングコートを着て、うな垂れ、真っ青な顔で充血した目がいつもの凛とした汐恩とはまるで違っていた。
「夜分にごめんなさい。いいかしら？」
蚊の鳴くような声で汐恩は呟いた。外を見ると一人で何も持たず歩いてきたようでその足跡だけが残っている。
「お前、傘も差さないでどうしたんだよ！母さん、急いでタオル持ってきて！」
取り敢えず汐恩を店内に入れて、コートに掛かった雪を払いのけ吉継は音依に頼んだ。
「あら、細川さん家の汐恩ちゃんじゃない！御両親は？」
タオルを持ってきた音依も濡れた髪を拭きながら玄関を見渡した。
「………それは」
グッと拳を握る汐恩を見て音依は何かを察したのか、
「ヨシちゃん、ここはいいからとびきり熱い生姜紅茶を淹れてあげて」
と吉継に指示して汐恩をカウンター席に座らせた。
「寒くない、汐恩ちゃん？」
音依は濡れたコートを脱がせ、ストーブを近くに寄せると汐恩の顔を優しく拭いた。
すると汐恩は唐突に一筋の涙を流した。
「ありがとう、ござい、ます」
泣きながら途切れ途切れに礼を言う汐恩の前に吉継は淹れたての紅茶を出した。
「ほら、温まるぞ」
コクリとただ頷いて汐恩は紅茶を飲んだ。
「美味しい」
汐恩はまた泣いて涙を紅茶にこぼした。
「あらあら、塩紅茶になっちゃうわよ」
明るく微笑んで音依はその涙も拭いてやった。
「私、私！」
汐恩は急に音依に向き直り声を大にして叫んだ。
「私、貴女みたいな母親が良かった、あんな偽善者の外国人の母でなくて！」
「ぎ、偽善者？それマリアさんの事？」
「そうです。偽善者以外なんでもありません！それにお父様までまんまと乗せられて！お父様はあの魔性の女に誑（たぶら）かされているだけなんです！」
「ちょっと、汐恩ちゃん、一旦落ち着いて。何があったの？」
乱暴な言葉で取り乱す汐恩を音依は宥めた。
汐恩はボソリと呟いた。
「お父様が私をぶったんです………」
「忠時さんが？」
音依はこの時汐恩の目が泣きはらして充血しているのだと気付いた。
「普段は温厚なのに。きっとあの女狐に性格を変えられてしまったんです。お父様は私があの女を以前から嫌っている理由を問い質してきました。私は洗いざらいあの女の悪い人間性を言い立てました。そうしたら突然もの凄い形相で私を殴ったのです」
語気荒く汐恩はテーブルを叩いた。
「お父様は変わられた。全てはあの性悪スペイン女のせいです！あんな女狐、母親だと思いたくない！」
「女狐って、汐恩、マリアさんとってもいい人だよ。汐恩の事大好きだって私達にも話してたし」
秀晶がマリアの事を庇った。それが汐恩の逆鱗に触れた。
「貴女に私の家の何が分かるんですか！」
汐恩は激高した顔を右隣に向けた。
「ああやって誰にでもいい顔をして本心では周りを騙してるんですのよ！関ヶ原には珍しい外国人だからチヤホヤされていい気になって。あの言葉にも虫酸が走ります！」
「で、でもお父さん、マリアさんがホームステイで帰った後にスペインまで追っかけてったって昔話聞いたよ。そんなに悪い人ならお父さん分かると思うんだけど」
「それがあの女狐の女狐たるゆえんです。それにどうせ細川家の資産が目当てで芝居をしてるだけなんですのよ。私だけは絶対惑わされません！あの女を家から追い出してやるまでは！」
憎悪に満ちた癇癪声をあげてからハアハアと息を切らせた汐恩に皆は黙った。
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		<dc:date>2018-01-02T14:16:54+09:00</dc:date>
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		<title>菓子は菓子なれ⑦</title>

		<description>「うーん、北野茶会での有名な菓子なら『…</description>
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			<![CDATA[ 「うーん、北野茶会での有名な菓子なら『麩の焼き(ふのやき)』か『長五郎餅』・『加茂みたらし』・『真盛豆（しんせいまめ）』だな。大名では信長の『カステラ』・『ボーロ』・『金平糖』・『有平糖(あるへいとう)』、秀吉は『ウグイス餅』、家康絡みなら塩瀬の本饅頭、石山本願寺が信長との籠城戦の時に開発された『松風』、六角承禎（じょうてい）の『うばが餅』、伊達政宗の『ずんだ餅』、藤堂高虎の『なが餅』、上杉謙信の川渡餅（かわたりもち）、加藤清正の『朝鮮飴』、毛利輝元の『川通り餅』、島津義弘の『あくまき』、山内一豊の『梅不し（うめぼし）』・『芋けんぴ』、探し出せば切りが無いぞ」
「絞り込むのは難しいね」
秀晶が腕を組んで難しい顔を作った。
「晶、さっきの秀吉の北野茶会でさ、幽斎と真盛豆のこんなエピソードがある。秀吉がその豆を食べて、『茶味に適す』と賞賛すれば幽斎は、『君が代は千代に八千代にさざれ石の巌（いわお）となりて苔のむすまめ』と咄嗟に機転を利かせて返してるんだ」
「へえ、『むすまで』と『むすまめ』をかけてるとはさすが歌人大名、洒落てる～！」
「丹後田辺城籠城の折にも幽斎が戦死すれば授かった古今伝授（こきんでんじゅ・古今集の中の特定の語句に秘められたとされる権威ある歌道伝授の奥義）が廃れるからと後陽成天皇が勅命を出して西軍に停戦を命じて幽斎の命を救い出した程だからな」
「それはそうとコバ君、それらの有名所の菓子は大抵大茶湯で販売されるものばかりでしょう？私は私だけのオリジナル菓子が欲しいのです」
「それでは漠然としすぎてる。もっと具体的に提案してくれないと」
「それは仰る通りなのですけど………そうです！先ず実際お父様の出される菓子と私の茶を召し上がって頂くのは如何でしょう。何かヒントになるかもしれません」
汐恩は両手を合わせて二人を見た。
金吾は賛同した。
「確かに汐恩の点前を見てみるのも何かの思い付きになるかもな」
「でしょう！では早速用意致しますわね」
汐恩はいそいそと二人に懐紙と黒文字（くろもじ・茶道用の太楊枝）を渡すと点前を始めながら「お菓子をどうぞ」と蓋付きの漆塗り菓子椀を銘々に差し出した。
二人がその蓋を揚げると中には細川家の九曜紋が刻印された、赤茶色いゼリーをざらざらした薄いウエハースに似た短冊状の菓子板で挟んだ白い菓子が見えた。
「これは加勢以多(かせいた)か？」
「さすがコバ君、御存知でしたか」
「ああ、朝鮮飴と並んで熊本を代表する銘菓だからな。菓子舗『香梅』さんのこれは真っ先に調べたよ」
吉継は汐恩を見た。驚いてはいるが、何故かどこか冷めている印象を受けた。
「カマちゃん、加勢以多って何？」
秀晶が隣に首を向けた。
「カマちゃん？」
不審げに汐恩が反応した。
「あ、いや、釜の湯が沸いてるって思ったら、あはは」
「気が漫ろです。しっかりして下さいませ、晶さん」
汐恩が目を細めて注意した。
【晶どの、吾はもう霊依を解いておりますゆえ】
アルス・マグナで金吾が語り掛けてきた。
【え、じゃあ今の言葉はヨシなの？】
【左様、後は主に任せるでござるよ】
「晶」
元に戻った吉継が話し掛けてきた。
「加勢以多はカリンに麦芽糖、水飴、寒天を加えたジャム状の果実羹を餅粉でつくった玉川と呼ばれるおぼろ種で挟んだ銘菓だ。名前はＣａｉｘａ　ｄａ　ｍａｒｍｅｌａｄａ（カイシャ・ダ・マルメラーダ）、『マルメロの砂糖漬けの箱』というポルトガル語から取っている」
「マルメロ？」
「マルメロはカスピ海と黒海の間にあるコーカサス地方原産のバラ科の果物だ。秋が旬で、日本じゃ黄色く、洋梨のような形が似てるから西洋カリンと呼ばれていて僅かながら長野、東北、北海道などで栽培されている」
「マルメロ、聞いたことない果物だね」
「はは、でも関連した食べ物なら晶もよく知ってるぞ。ジャム系で」
「え？私そんなカリンのジャムなんて知らないよ」
「給食にも出てくるだろ。ほら、パンとかに塗るものといえば分かるだろ。マルメロのジャム、マルメラーダがなまれば………」
「マルメラーダ、マルーメーラーダ、あッ、もしかしてマーマレード！？」
「正解。今はオレンジが主流だけど元々はマルメロが元祖でマーマレードになったって説が有力だ。スペイン語ではＭｅｍｂｒｉｌｌｏ（メンブリージョ）って言う」
「メンブリージョ？」
「正確にはＤｕｌｃｅ　ｄｅ　ｍｅｍｂｒｉｌｌｏ(ドゥルセ・デ・メンブリージョ）またはＣａｒｎｅ　ｄｅ　ｍｅｍｂｒｉｌｌｏ　（カルネ・デ・メンブリージョ）。マルメロの実を砂糖で煮詰めて固めたオレンジ色の菓子だよ。今でもスペインでは人気だ。薄く切ったチーズとかクルミとかで一緒に食べたり、ワインのおつまみにも食べられてる。肉料理の隠し味なんかにも使われるよ。アミグダリンという咳止めや抗炎症成分を含んでいて薬としての作用もあるからヨーロッパでは王様への献上品だったんだ」
「へえ」
「日本へは宣教師が持ち込んでそれが熊本藩にも入ってきた。当時の日本では『榲(おん)ほつ』と呼ばれてた記録がある。とにかくマルメラーダを気に入った細川忠興はそれを茶席菓子として幕府や朝廷へ献上した。それが加勢以多の始まりだ。一時は廃れたけど現在は復刻されてこの菓子になっている。ただし、中身はマルメロ羹でなくカリン羹に代わっているけどな。そうそう、マルメラーダを好んだ忠興はマルメロの木を育てようと奮闘してて………」
「講釈も結構ですけどそろそろ召し上がって頂けませんか、お茶を点てたいと存じますので」
少々歯痒い声で汐恩は進めようとした。
「あ、ああ、そうだな」
吉継は懐紙の上に菓子を取ると黒文字で切ってそれを口にした。
「お、甘いんだけど仄かに甘酸っぱくて。サクサクと歯切れも良いし美味しいな」
「あ、私もこれ好きな味。まろやかで紅茶にも合いそう」
しかし、汐恩は無反応で茶を黙々と点てていた。
【あれは男点前であるな】
金吾が唐突に言った。秀晶が加勢以多を口の中でモグモグしながら聞いた。
【おとこてまえ？】
【三斎流には本来女性（にょしょう）が点てる、大袖の袂をかばうなどの姫点前がある。汐恩嬢は吾らに分かりやすいよう変えているのやもしれぬ。それ、茶巾も大茶巾で、手の動きは親指を隠した拳固、柄杓の使い方も他の流派に比べて直角的で硬い。帛紗（ふくさ）も右腰に挟んでいる。三斎流が武家茶道と呼ばれるゆえんじゃ】
汐恩は手慣れた所作で茶筅でシャカシャカと掻き回している。
【作法は？俺三斎流のは知らんぞ】
【それは大事ない。茶碗を回さない以外は他とさほど変わらぬ。それ、お嬢が点て終えたぞ。吾が改めて指導するゆえ主はそれに従えば良い】
すると汐恩が茶筅を置いて点てた茶碗を吉継の前へすっと差し出した。
【よいか、主、いきなり飲まず、晶どのとの間に茶碗を置き、『お先に』と晶どのに軽くお辞儀する。それから自分の膝の前に置き直し亭主に『お点前頂戴します』と挨拶する。それから左手で椀を持ち少し掲げるようにしておし頂く。よいか、この時他流派の様に決して茶碗を回してはならぬぞ】
吉継はとにかく金吾の言葉通りにした。
【そして最後は音を立てて吸い切るのじゃ。そして人差し指と親指で飲み口を拭って、その指を懐紙で拭き取る。それから茶碗を元の位置に置き直して腰を曲げるようにして茶碗を眺めて元に戻る。それで終わりじゃ】
【サンキュー、金吾。無事飲み終えれたぞ】
【うむ、それは重畳（ちょうじょう・満足の意味）。はは、汐恩嬢を見てみい。何故自分の流派の作法を知っているかとの魂消（たまげ）た顔をしているであろう。些か溜飲（りゅういん）が降りたわい。これで主の面目は立ったし………ん？晶どの、ぽけっとして如何した？】
金吾は不思議そうな表情で吉継を見ている秀晶に気付いた。
【え、ああ、うん。抹茶って薄茶も何人かで回しのみするものばかりと。ほら、刑部の逸話がさ】
【主、その話はもう止めて下され】
苦々しい声で刑部が閉口した。
【あはは、ごめん】
謝る主人に対して刑部は丁寧に説明した。
【主の申されるのは濃茶で、それは確かに人数分を少しずつ回し飲むのでござるが、大茶会のような場には一人ずつ点てる薄茶でないと効率が悪うござる。そもそも利休どのの時代まで薄茶を正式に点てる事もなく、薄茶と申せば、品質も悪く『詰め茶』と呼ばれておった。主は薄茶と濃茶は単に湯の量の違いと思うておられぬか？】
【違うの？トロリとサラリみたいな】
【点て方としてはそれで正しい見識にござるが、栽培法から異なるのでござる。濃茶は樹齢が三十年以上の古木の新芽を使い、よしずと藁を使い直射日光を遮る。そうするとぐんと旨味が増す。比べて薄茶は若い樹齢の芽を使い覆いも濃茶ほど気を遣わぬ】
【へー】
「晶さん、如何なされたの？」
何も動かないように見えている秀晶に汐恩は喫茶を促した。
秀晶は慌てて吉継と同じように飲んだ。
「それで何か思い浮かびまして、コバ君？」
「レンジでチンするみたいな気軽なノリで言うな。そんな簡単に思い浮かぶなら苦労しない！」
吉継は直ぐに突っ込みつつ追加で聞き出した。
「それより元達がどんな菓子を作ってるか知らないか？」
「それは私も聞いておりません」
ここで秀晶が考えて発言した。
「元と長月が作りそうなのだったら桃大福とか？」
「桃大福、何だよそれ？」
「家康好きな元なら桃配山だから。で、イチゴ大福みたいに桃の実入れて、とかさ」
「うーん、それは多分ないな。仮に元が思い付いてもクロが止めるだろう」
「どうして？」
「おやつ感覚で食べる分には構わないんだけど、抹茶と合わすにはそれは難しい。戦国期には果物とか椎茸とか昆布みたいなのも出されたけど、今の時代は水分が多い菓子は食べる時に溢れるから不向きだとされてる。むしろ水気は少ない方がいいんだよ」
「そっか」
秀晶は腕を組んで考え直した。
「じゃ、ニンニク味噌饅頭とか作る？」
「は？ニンニク？」
「ほら、ヨシさ、前に忠興が誰かから手作りのニンニク味噌貰って喜んでたってエピソード話してたじゃない？」
「いや、さすがに茶席にニンニクの臭いはマズいだろ」
「うーん、なら『にんじん酒』使うとか？忠興が愛飲してたの」
「………あ、晶、忠興の話はその辺で」
吉継が黙ったままでいる汐恩の様子を窺って秀晶の発言を制した。
すると突然、躙り口がカラッと開いた。
「オラ！ヨシ、アキラ！」
マリアが満面の笑みで身軽にヒョイと茶室に上がり込んできた。
「お母様、何ですか突然！」
汐恩はムッとした顔で母親の不作法な入室を窘めた。
レインボーカラーのニットジャケットのボタンを外しながらマリアは舌をぺろりと出した。
「オー、Ｐｅｒｄóｎ(ペルドン/ごめん）、ヨシとアキラが来てるって聞きましたカラネ。汐恩が家に友達を連れてくるナンテ初めてデショ。嬉しくテ」
「大きなお世話です！それに何です、またそのような不体裁に派手な上着にジーンズなんて軽薄な身形は！ここは神聖なる茶室ですよ。もっと相応しいお召し物があるでしょう」
「アハハ、固いことは抜きデス。あ、加勢以多食べてたんデスカ」
マリアは四つんばいに歩いて、器に載っていた菓子を手で摘んでパクッと食べた。
「ウン、相変わらず美味デスネ」
「お母様、行儀の悪い！」
「まあまあ、汐恩落ち着いてよ。それよりマリアさんはこのお菓子が好きなんですか？」
「というより、メンブリージョ、中のマルメロが好きなんデス。コレはカリンですケドネ」
マリアは秀晶の前に両膝立ちで言った。
「マルメロは中世のヨーロッパやアラブ諸国デハ妊娠してる時、マルメロをたくさん食べると聡明で健全な子が授かる迷信がありマシタ。だから私も汐恩がお腹にいる時、マルメロジャム結構食べまシタ。それで汐恩のような賢くて可愛い娘が産まれたんデス」
「へえ、マルメロって美人を産む効果もあるのかな」
そんな風にマリアと秀晶は和気あいあいと話していたが、吉継は不意に汐恩の異変に気付いた。
憎しみに満ちた暗い顔で汐恩が、
「そんな事本心では寸分も思ってもいないくせに」
とマリアを睨みながら小声で呟いたのを聞き逃さなかった。
吉継はぞっと震え上がったのと同時に汐恩に奇妙な感じを抱いた。
「あ、いけまセン。大事なコト忘れてました」
思い出したように手を叩いたマリアは躙り口に戻って外から小さな紙袋を取り出した。
「コレ、汐恩に今し方宅急便で届きまシタ。元サンからみたいデスネ」
「松平さんから？」
平生の顔に戻った汐恩は紙袋の中身を改めた。
するとそこには一通の封筒と松野屋の屋号が印刷された包装紙に包まれた細長い箱が入っていた。どうやら菓子箱のようである。
汐恩は封を開けて一枚の便箋の文章を読んだ。
「うまし！」
線を無視してデカデカと書いてあるのはただその四文字だけであった。
嫌な胸騒ぎを覚えた汐恩は急いで菓子箱の包みと蓋を開けた。
「これは！」
十個入りに区切られた箱には、釉薬に似た緑色が僅かに刷毛で染められ、井桁の焼き印が隣に押されている白い薯藷（じょうよ）饅頭が並んでいた。
「織部薯藷だ………まさか！」
吉継はそれを見た途端顔色を青くしてスマホを操作し始めた。
「汐恩、確か茶屋を出す団体は『茶会記』をＨＰに載せなきゃならないんだよな。当日紙で配布する以外で」
「え、ええ、どこも決まった期日までに。それが決まりですので」
「ちゃかいき？」
秀晶だけが訳も分からない事になっていた。するとマリアがこっそり教えてくれた。
「茶会記とは茶会の日時・場所・道具建てなどを記した一覧表デス。例えば、どういう花入れや茶碗を使うとかをお客さんに分かるようにするのデス。モチロン、茶菓子も載せマスヨ。今回は特に申し込みの茶屋が多いノデ地図付きでネットにアップするよう取り決められているのデス」
「あった！」
吉継はスマホの画像を指で滑らせて茶会記をざっと調べた。
すると更に顔色を蒼白にして、「汐恩、それ一個もらうぞ」と薯藷饅頭をつまみ出しぞんざいに口に入れた。
しばらく味わってから吉継はやがて饅頭を食べ終わると途端気が抜けたようにペタリと畳に座り込んだ。
「やられた………」
「どうしたの、ヨシ？」
生気がなくなった吉継に驚いた秀晶であったが、吉継からそれを食べてみろとだけ指示された。
秀晶は饅頭を手にすると縦に割った。
中身を観察するとすりおろした山芋が入った皮が薄茶色の餡を包んでいて、餡の中には粒々に砕かれた栗が混ざっている。
秀晶は先ず割った半分を口に入れゆっくり咀嚼した。
すると口の中に柔らかい皮の食感と濃い栗の風味がガツンと同時に攻めてきた。
栗饅頭？と一瞬感じたが、それにしては滑らかさもあり、一緒に粗野で荒々しい香りも立ち上ってくる。しかしそれがまた食欲をそそるのである。
もう半分を食べるとより深い栗の味が明確に現れた。
「美味しい、これ凄い！！！」
と思わず口にしてしまった。
「してやられました。私、畔田さんを侮ってましたわ。まさかここまでの菓子をプロデュースするとは」
試食した汐恩も悔しそうに拳を握った。
「何？ヨシ、何なの、説明してよ、これ栗饅頭なの？」
「ここに書いてあるだろ」
吉継は茶会記が載っているスマホを手渡した。
秀晶は菓子の欄の名前を見た。
「松野屋謹製『勝栗ＯＲＩＢＥ』、かちぐりおりべ？」
「晶、お前、搗栗（かちぐり）は知ってるだろ。出陣祝で武士が縁起物として食べる一つ。それをクロは勝栗として使った。そしてその栗はマロンクリームとして餡に混ぜられている」
座ったまま吉継は吐き出すように答えた。
「え、クリームって違反じゃないの？」
「いや、栗を潰してマロングラッセを混ぜてあるものをそう呼ぶ。そのクリームを白餡に絶妙にミックスしている。食感を出すために細かく刻んだ栗も混ぜ込んでいる。そしてその栗の味を引き立ててるのがバニラとマイヤーズラムだ。お前もラムレーズン、アイスとかで馴染みがあるだろう」
「あッ、この匂いはラム酒だったんだ！」
「栗餡の味を損なわないようギリギリの香りで抑えてある。茶会の主役はあくまでも抹茶だ。菓子はその脇役で主役の茶の邪魔になっちゃいけない。シンプルでいて複雑な風味。それが渾然一体となるのが理想の茶菓子だ。特に今回は薄茶だ。甘さを控え目にしないと菓子が勝ってしまう。この菓子は全ての点をしっかり見極めている。味付けのバランスは松野屋さんの腕だろう。しかしこういう和洋折衷でくるとは想像してなかった。それを元はこんな風に不意打ちで突き付けてきやがった」
「で、でもさ。そんなに落胆しなくたっていいじゃない！確かにこのお菓子は美味しかったけど頑張ればこれを超えれるのも作れるよ」
「そうじゃない、そうじゃないんだ」
「何なの、もう！」
「もう一度元の茶会記を見てみろ。茶碗の所を」
「茶碗？えっと………銘『黒織部松竹梅沓形（くつがた）茶碗・複製』ってこれが何？」
「晶、お前、俺がどうしてクロを味方に付けたかったか分かるか？」
「ううん」
「その茶碗の画像を検索してみろ」
「へッ、あ、うん」
秀晶は黒織部松竹梅沓形茶碗をＧｏｏｇｌｅ検索で掛けてみた。
するとそのおかしな型に歪んだ黒と白に模様が分かれた茶碗が目に飛び込んできた。丸でなくて全体的に三角をした茶碗は口も分厚く子供がイタズラで描いたような梅の花弁と笹が見えた。
「ぷっ、何この茶碗変なの、失敗作みたい」
と秀晶は笑ったのだが、汐恩は、
「笑い事ではございません。晶さん！その茶碗の価値がお分かりにならないのですか？」
と真剣に責め立てた。
「その椀の歪んだ三角の形は松の枝をあらわしていて、そこに笹と梅が描かれている。つまり銘にある通り『松竹梅』の縁起物ですのよ。失敗などとんでもない。鉄釉薬を掻いて白地を浮かばせる鼠志野の技法を使ってあり、作者は名工・加藤源十郎、先程の国宝『卯花墻』を作った方なんですのよ」
「そうなの？こんな歪んだ茶碗が」
「いや、問題はそこじゃない。茶会記は花入れから香炉に至るまで全てが織部焼きで固めてある。そして菓子も和洋折衷の織部饅頭。クロは全力で俺達に喧嘩を仕掛けてきたんだ」
「ああ、もう、だから何でそんなに長月に怖じ気づいてるのよ！」
「別にクロに怯んでるんじゃない。俺達が相手にしようとしているのは戦国の怪物・古田織部重然(しげなり)そのものだ。織部は利休七哲の中でも格別の茶人でもある。利休の死後は『天下一の茶の湯名人』と称えられた。晶、お前織部の名前に聞き覚えがあるだろう、漫画で」
「え、ああ。あのコミック？古田織部が主役の」
「その超人気コミックだよ。あれで一度に織部の名が全国に知れ渡った。そしてその歪んだ茶碗もな。クロが習っている茶はその織部流だ。更にその歪んだ斬新的な茶碗で薄茶を飲める。それも菓子までひょうげた織部だ。それがお客にとってどれだけ魅力か分かるだろ」
「あ！」
ここで秀晶はやっと吉継の気落ちした理由を理解した。
三斎流は利休の茶をもっともそのままの形で継承した流派であるがある意味固い。それに比べ織部の茶は前衛的で型破り、「人と違うことをせよ」という利休の教えに従い師匠に己の茶を認めさせた破格の茶人である。
それに利休の茶が静かな詫びさびの象徴なら織部は弾けるように躍動的である。現代人が面白いと心引かれるのはどちらかと聞かれればその結果は火を見るよりも明らかである。
「元とクロはこのタイミングで茶菓子を送り付け、茶会記まで早々とアップした。わざと手の内を見せて格の違いを見せ付けた。これは俺達の戦意を喪失させるための策略だ」
「でもあの漫画には忠興も出てるよ」
「登場はする。でも主役じゃないし、論点はそこじゃない」
意気消沈した吉継は小声で続けた。
「織部の故郷はここから北東に行った本巣市山口だ。つまり織部は岐阜県出身。それに比べて細川忠興は関ヶ原で戦ったにせよ、京都・福岡・熊本が所領だ。こことは縁もゆかりもない」
「じゃあガラシャは？明智光秀の娘じゃない。生まれた場所は違っても五歳くらいの時は信長に従って美濃にいたはず」
「それだって五年くらいの短い滞在に過ぎない。そもそも三斎流を知らない人間の方が大多数だ、汐恩の前で悪いがな。それにクロの家は建設業だぞ。いくら簡素な茶室とはいえそれなりに工夫してくるだろう。俺達が圧倒的不利なのは変わりない」
「それでも工夫すれば………」
「いいや、永青文庫にある本物の忠興の茶碗とかを使用できれば可能性はあるかもしれんが、それはとても無理だ。勝ち目はない、もうダメだ」
すると、
「しゃんとしね、小早川吉継！」
秀晶が丸まった少年の背中を大声で思い切りバシッと叩いた。
「いってー、何すんだよ、晶！」
吉継は立ち上がって文句をぶつけた。
「あのね、やる前から情けなく敗北宣言してるんじゃないわよ。そもそも音依さんの料理の腕を元に馬鹿にされたからその名誉回復のために汐恩に付いたんじゃないの！お母さんのために戦わないでどうすんの！」
ハッと吉継はきっかけを思い出して目を開いた。
「三斎流があまり知られてないなら却って良い機会でしょ。人気があるものに惹き付けられるのも人間なら、未知のものに興味を持つのも人間なんだから。それを逆に利用するくらいの根性でなくてどうする」
「晶」
「そう、晶の言うとおりデス。Ｓｉ　ｕｎａ　ｏｐｏｒｔｕｎｉｄａｄ　ｎｏ　ｔｏｃａ　ｔｕｐｕｅｒｔａ, ｃｏｎｓｔｒｕｙｅ　ｕｎａ　ｐｕｅｒｔａ(シ・ウナ・オポルトニダッド・ノ・トカ・トゥ・プエルタ、コンストルイ・ウナ・プエルタ)の精神デスヨ」
「え？」
「『チャンスがドアを叩かないなら、自分でドアを作ればいい』デス！」
「マリアさん………ありがとうございます！」
まったくその通りだと思い返した吉継は微笑した。
「お、ヨシに笑顔が戻りましたネ、じゃ、景気付けニ私がお茶を点ててあげまショウ」
マリアは予め用意していたのか、ジーンズの後ろポケットに突っ込んでいた半紙サイズの表装された掛け軸を取り出すとそれを先に掛かっている軸の上から掛けた。
そこには水墨画でイチゴが一粒大きく描かれていた。
「苺？茶室の床に？」
汐恩はそれを見るなりポカンと戸惑った。単に苺の墨絵と言っても余程腕の立つ画家の作品なのか濃淡のぼかしで苺のへたや種まで細かく描き込んである。
マリアは意味ありげに笑った。
「コレは禅語のＣHiste（チステ）デス」
「チステ？」
「ダジャレ、デスヨ」
すると吉継と秀晶はしばらくして揃って笑い出した。
金吾と刑部にその答えを密かに教えてもらったからである。
「ムム、早くも二人は軸の意味が分かりまシタカ？」
「『一期一会（いちごいちえ）』をもじったんですね」
『茶湯一会集』にこうある。
　｢一会に深き主意あり。そもそも、茶の湯の交会は一期一会といいて、例えば同じ主客交会するとも、今日の会に再びかえらざる事を思えば、実に我が一世一度の会なり｣。もしかすると二度と会えないかもしれないからこの出会いを大切にして相手をもてなすという名言である。
「Ｓｉ、大当たりデス」
「これまるで有名な画家が描いたみたいですけど、もしかしてマリアさんの作品なんですか？横に落款（らっかん）がありますけど」
苺の横に小さく「真理愛」との赤く四角い印が押してあるのを吉継は気付いた。
「ハイ、今はアイロンで作れる表具キットがありますカラ」
「へー、マリアさん、器用」
秀晶も面白そうにもう一度軸の画を覗いていた。
吉継は教えた。
「他にもマリアさん書も達筆だし、華道とかも展覧会で賞を取ったりしてるぞ。ひすとり庵で懐石とかのオーダーが入った時とかよく華を立てに来てくれるんだ。お客さんの評判も良くってさ」
「マリアさんって本当にスペイン人なんですか？」
秀晶が驚き呆れた。
すると汐恩がマリアの絵を指さして息巻いた。
「何ですの、お母様、その安っぽい表装は！もっと細川家の一員である自覚を持って頂かないと困ります！」
「アハハ、Ｎｏ　ｈａｙ　ｐｒｏｂｌｅｍａ(ノ・アイ・プロブレマ)、心配ないネ。これは今日だけの遊びデスヨ」
マリアはカラリと笑うと釜の横へ歩いていき手際良く茶の準備をした。
「さ、三人トモ、席へ」
「あ、はい」
吉継が上座でその横に秀晶、そして下座に汐恩が座る形となった。
「では」
正座したマリアが三人に頭を下げて茶を点て始めた。
「わあ」と秀晶が思わず感嘆の声を漏らした。すっと背筋を伸ばして座るマリアが行う所作は、一つ一つが丁寧でありながらどこかダイナミックで、更に柔らかく流れるようで見ていて惚れ惚れとする。
それに比べると汐恩の所作は綺麗ではあるがどことなくぎこちなさが否めないのが実感できた。
その汐恩を横目でチラリと見ると、自覚はあるのか悔しそうに膝の上で拳を握っている。
マリアは吉継に点てた茶を差し出した。
吉継は口にするなり仰天した。
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