「さて、最後の難関は学校の問題ね」
音依は秀晶に向いた。この際東有子も含めて全員で何か考えましょうとの事らしい。
全く事情を知らなかった母の東有子も吉継と音依の話でようやくイジメの実態に触れた。
「………秀晶、あなたは我が娘ながら、身から出た錆というか、本当にもう!」
イジメが起きたのは学校側にも責任はあるのだろうが、発端は全て秀晶の敵対的な態度が原因である。東有子は頭を抱えた。
「だって………」
秀晶は俯いて口籠もった。
「だってじゃありません。あなただって吉継とか敦賀を茶化されたら怒るでしょ!こうなったら担任の先生とか校長先生とも相談して何か手を打たないと」
「まあまあ、東有子さん、落ち着いて」
音依は勇み立つ東有子を一旦宥めて言った。
「原因が明確な事は大袈裟にすると却って悪化してしまうんです。生徒は生徒同士で解決するのが先決です」
「それでも」
「いえ、最初は娘さんに聞きましょう」
音依はカウンターの上で腕を組み秀晶に顔を近付け笑顔で尋ねた。
「ね、晶ちゃんはクラスの皆とどうなりたい?」
「それは………その………」
解決策が思い浮かばない秀晶は言い淀んだ。
直接的なイジメが無くなったとはいえ元々は自分が蒔いた種である。
特に好きな武将をこきおろされた元や三大などは秀晶無視をずっと貫いている。
関ヶ原を馬鹿にされた級友もそれは同じで秀晶がクラスで浮いたままの状態は全く変わっていない。
放課後吉継とは話が出来ても公然と喋っているのでもないし、皆とは挨拶も無くぎこちなさは残ったままになっている。
「仲良くしたいけど、今更。取り返しがつかないし」
秀晶は頭を振って心許なげに声を落とした。
するとここで吉継はキッチンの引き出しからA四サイズの関ヶ原合戦略図を取り出して秀晶に手渡した。
「ほら、山中の陣を見て。大谷軍は最期まで戦ったよ」
「え?」
手元に広げられたその略図には、小早川の裏切りに加え、脇坂ら四将の部隊までもが大谷陣に突進している矢印が書かれている。多勢に無勢なのは兵数を見ても明らかであったが、大谷軍には撤退や逃亡の文字は無かった。
吉継は落ち込む秀晶に言った。
「裏切りの数が増えて勝てないと分かっても立派に敵に立ち向かっていった。俺はそんな諦めの悪い刑部どのが好きなんだ。大谷さんはその苗字を持ってる。足掻いてみてもいいんじゃないの?」
「でも、そんなの負け戦だよ。きっとみんな許してくれない」
秀晶は自責の念でもっと暗く沈んだが、吉継は小鼻をうごめかして明るく断言した。
「それは多分大丈夫だと思う。クラスのみんなは俺を含めて歴史バカばっかだから」
「あら、何か妙策があるみたいね、ヨシちゃんは」
音依はその強気の口調から何かを感じ取った。
「うーん、一か八かだけどやってみる価値はあるかな。テンムちゃんにも協力してもらって。後は母さんにお願いがあるんだ。裁縫得意だよね」
「何か縫ってほしいの?」
「うん、詳しい事は後で話すよ。それより大谷さん、皆と仲良くなりたいなら俺の計画にのってみない?」
「計画?」
吉継は、実は東有子との仲直りの策と平行してクラスメートとも関係修繕が出来るように密かに計画を練っていた。機を見てそれを実行しようと考えていたが波に乗っている今日こそが決行発表日である。
吉継は立案の内容を大まかに説明した。
それは大要であったが的を射るアイデアであった。
しかし、内容を知らされた秀晶は「出来るかな」と自信なさげに二の足を踏んだ。
だが、
【時は今じゃ、主。吾ら主従もそなたを守っておるぞ。のう、五助】
【無論、殿の主となればそれはすなわち吾が主も同じ。何かの時はお任せあれ】
と、刑部と五助に背中を押され秀晶は覚悟のガッツポーズを決めた。
「小早川君、私、やる。やってみせるよ!」

それから二日後の金曜日、朝の朝礼が始まって武美が出欠を取った。
「あら、珍しい。今日は大谷さん休みかしら」
最後の出席番号を読み上げても返事が無い。
見ると吉継の隣は空席になっている。
しかし、欠席と聞いても誰も心配せずクラスは依然沈黙に包まれたままになっていた。
と、ここで武美が出席簿をパンと叩いた。
「あ、そうだわ、忘れてた。今日は何とこのクラスに転校生が来ます。入って来て!」
武美は廊下の閉まっている扉に声を掛けた。
すると静かに開いた扉から一人の生徒が教卓の横へ歩いてきた。
クラスが途端ざわっと沸いた。
何とその生徒は目だけ出た白い頭巾を頭からすっぽり被っていたのである。
「はい、みんな静かに。じゃあ自己紹介お願い出来る?」
武美の指示に従ってその生徒は頭巾をするりと脱ぎ皆にペコリと挨拶した。
「福井の敦賀から来ました、大谷秀晶です。母の都合で関ヶ原に越してきました」
左ポケットの名札には秀の字も白テープで隠されておらず、本名の「大谷秀晶」がそのまま刻まれていた。
唖然とするクラスメートに、緊張した顔を上げた秀晶は自己紹介を継続した。
「得意な科目は社会で、体育なら短距離走です。好きな芸能人は大和田獏です。特技は雑貨作りです。猫が好きです。特に黒猫が好きです」
次いで秀晶はランリュックからストラップやらフィギュアやら対い蝶のタオルやら吉継関連の商品を山ほど取り出し、それを教卓に並べた。
「趣味はこの通りです。大谷吉継が大好きです。グッズもたくさん持ってます。関ヶ原には何度も来てます。ウォーランドにも十回は行ってます。笹尾山にも桃配山にも何度も登りました。東軍・西軍の史跡も数え切れないくらい回っています」
【いいぞ、その調子だよ、大谷さん!】
自分事のように吉継はテレパシーで応援した。
昨日一日で何度もシミュレートした結果が良い成果となっている。頭巾は音依にミシンで縫ってもらい、刑部グッズも足りない分は吉継が秀晶に貸し出した。
秀晶は感応に気付いて吉継に微笑んだ。
そして教卓の前に立ち皆に深く腰を折った。
「みなさん、ごめんなさい。実は私、吉継と同じくらい関ヶ原が凄く好きなんです。でもよそ者が浮かれると本場のみんなに引かれちゃうかと思って、あんな馬鹿な態度を、取ってしまいました。出来れば、みんなと仲良く、なりたい、です。だから、許して、下さい」
途中から涙声になっていた秀晶に吉継はテレパシーをもう一度送った。
【もう少しだよ、頑張れ!】
秀晶は涙を堪えた瞼を上げ必死に熱く語った。
「大谷吉継は秀吉の死後、伏見で徳川屋敷の警護をしようとした事があります。それは家康の忍耐強い実力を認めていたからです。だから徳川家康も好きです。石田三成は吉継の最高の親友です。融通が利かなくても几帳面で計算に強く豊臣の戦いを陰で支えました。領民にも優しくて今でも人気があります。だから好きです。島左近はそんな三成を鬼になって一途に護り続けました。だから好きです。細川ガラシャは私何度も伝記を読みました。幽閉されていても力強く耐え最後まで信仰に生き抜きました。だから好きです」
クラスの皆は淀みない熱弁を黙って聞いていた。
「小西行長も宇喜多秀家も戸田重政も平塚為広も蒲生郷舎も島津維新も毛利秀元も吉川広家も安国寺恵瓊も脇坂安治も長束正家も長宗我部盛親も井伊直政も黒田長政も福島正則も田中吉政も加藤嘉明も織田有楽も藤堂高虎も京極高知も山内一豊も浅野幸長も池田輝政も金森長近も、関ヶ原の武将はみんな大好きです」
だから、と秀晶は最後に本心を吐露した。
「私もみんなの仲間になりたい。友達に、なって下さい」
しんと静まり返っていた教室だが三大が突然立ち上がった。そして直ぐに元も立ち上がると全員が席を立ち秀晶をぐるりと半円に取り囲んだ。
元は秀晶の前に立ちはだかり軽蔑した目で言い下した。
「虫の良い話ね。あれだけボロクソに貶しておいて今更友達になりたいですって?ふざけないで!」
「そうだね、松平君の言う通りだよ。謝れば今までの暴言を許されるとでも思うのかい」
三大も隣に立って秀晶を声高に責めた。
(おい、三大、元、それがお前たちの答えなのか?)
吉継は予想外の展開に二人を呆然と見た。
実は昨日吉継はクラス代表の二人に、秀晶のある程度の事情を伝えてクラスメートに協力を仰ぐメールを送っていた。
しかし二人からは「皆には連絡するけど大谷さん次第」との返答しか返ってこなかった。
そのレスに一抹の不安はあった。だが、関ヶ原クラスは誰しも武将が好きであった。だから秀晶も正直に吉継好きだとPRして謝ればみんな許してくれるだろうと楽観していた。
しかし現実は違った。
三大と元にならって腹の虫の治まらない全員が秀晶の今までの振る舞いをけたたましく責め立てた。
追い詰められ立つ瀬が無くなった秀晶は真っ青に血の気が引き、よろめいてもはや崩れ落ちそうになっていた。
(チクショウ、こんな集団イジメって無いだろうが!それにテンムちゃんまでもかよ!)
担任の武美も問題児となっていたためか秀晶を庇おうともせず無表情に静観している。
信じていたクラスメートと教師に裏切られ失望した吉継は秀晶を護るため椅子を蹴って立ち上がった。
と、その時、
「せーの」という武美の掛け声と共に、目の前でパパパンと連続射撃の音が弾けた。
同時にクラスの揃った大声が響いた。
「ようこそ関ヶ原小学校五年一組へ、大谷さん!!」
見ると皆がパーテイークラッカーの紐を引っ張って喜色を満面に浮かべていた。
嬉しそうに武美まで生徒とハイタッチしてその輪に加わっている。そして汐恩が「どっきり大成功」の文字が踊ったスケッチブックを掲げていた。
「お、お前ら、これは?」
「ハハハ、ヨシも見事に引っ掛かったな」
ウエルカムトゥ関ヶ原とマジックで下手くそに書かれたタスキを肩に掛けた三大は高らかに笑って吉継の肩を叩いた。
元も笑い出した。
「敵を欺くには先ず味方からってね。テンムちゃんにも協力してもらったのよ。どう、驚いた、コバ?」
「はーーーー冗談きついぜ」
脱力してどっと座り込む吉継に元は更に言った。
「ま、これでおあいこでしょ。みんなも言いたい事スッキリ言えたし、これで気持ちをリセットして新しい友達を迎えられるわよ」
「とも、だち?」
頭からクラッカーのキラキラのテープにまみれた秀晶はポカンとしていた。
どうやら未だ現状が把握出来ていないらしい。
「そうよ。ようこそ関ヶ原組へ。クラスを代表してあなたを歓迎するわ」
にやっと笑って元は秀晶に手を差し伸べた。
ようやく事態が飲み込めた秀晶は驚いた目を向けた。
「私と友達に、なってくれるの?」
「もちろん。私の敬愛する家康公はね、誰よりも寛容だったのよ。だから全部水に流してあげる。私の事はツカサでいいわ。私もヒデアキラ、いや、やっぱり長いから、アキラって呼ぶから。ほら、だから握手」
「………あ、ありがとう、ツカサ」
感激ですすり泣きながら秀晶は手を握り返した。
「あらあら、折角の美人が台無しですわよ、晶さん」
横から汐恩がテープを払いのけ、ハンカチで秀晶の涙を拭いた。
「細川さん、ごめんなさい、ありがとう」
「いけませんわよ、友達なら私も名前で呼んで頂かないと不公平です。後、万一、男子から嫌がらせをされたら私に相談なさい。そんな輩は投げ飛ばしてあげますから」
頼もしそうに胸を張る汐恩に秀晶は微苦笑を向けた。
「ええ、その時は是非お願いするわ、汐恩」
「あのよー、あんた、ヨシ情報じゃ鯖好きなんだってな」
ここで左人志が顔を背けて入ってきた。
「俺の父ちゃん、よく福井に海釣りに行くんだけどよ、結構鯖も釣ってくんだよ。よかったらそん時分けてやるよ」
「ありがとう、左近君。優しいんだね」
しおらしく微笑む秀晶に軽く赤面して左人志は言い足した。
「大谷吉継は三成の大事な仲間だからな、当然だ。後、サッカーとかに興味あれば俺に聞け。教えてやるからよ」
「あれー、左近が珍しく照れてる。怪しいぞ~」
長月が近付いて冷やかしの口笛を吹いた。
うっせ馬鹿と左人志はその場を離れた。
「あ」
長月と対面した秀晶はどうして良いのか分からず硬直した。
すると長月が直ぐに頭を下げた。
「ごめん、あなたの筆入れ隠したの私なの。もうあんな真似しないから許して」
「畔田さん」
「それに嫌なカード見せてごめん、ホントにごめん」
「ううん、私こそその藤の花のチャーム、キモいなんて言ってごめんなさい。クロダの苗字を持つあなたによく似合ってるのに」
「似合ってる?ホント?」
「うん、それ小早川君にもらったんでしょ。羨ましいな」
「え?」
「あ、ううん。それより長月ちゃんと呼んでいい?」
「ちゃんは要らない。私も晶って呼び捨てにするから」
「じゃあ、よろしく、長月。今度私を正式なタロットで占ってみてね」
「いいわよ。女神ヴァルキュリアの名において任せなさい」
秀晶は長月と力強く握手した。
(そっか、クロの最初に出した死神の逆位置カードの『やり直す余地がある』ってのはこれだったのか)
吉継はこの時、以前のタロットの意味を思い出していた。
そうして全クラスメートと交友関係を作った秀晶は最後に三大と対した。
ガチガチに固くなる三大は口を開いた。
「え、えーっと、本日は御日柄も良く………」
「おい、ミツ、結婚式のスピーチじゃねえんだぞ」
島津新が突っ込むと皆はどっと笑った。
すると不意打ちで、加茂郷太がある事を暴露した。
「ミツが皆で仲良くしようって提案してきたんだからさ、緊張してんだよ」
「は、鄕太、何?」
吉継は初耳の件を尋ねた。
「あ、そっか。ヨシには内緒にしてだんだっけ。ほら、お前が大谷さんいじめるなって放課後頼んできたその夜に、ミツからメールがクラス全員に回ってきたんだよ。多分事情があるから友達になりたいと言ってきたら歓迎しようってさ」
「おい、郷太、バラすなよ!」
極まり悪い様子で小怒りする三大に郷太は手を振った。
「もういいじゃんか。それに大谷って苗字に悪い人間はいないって言い切ったお前はすげえと思うぞ。どんだけ刑部信頼してんだ」
「うるさいよ、いいだろ別に」
ふんと顔をしかめた三大に吉継は笑んだ。そしてどうして三大がクラス男子をまとめているのかを改めて理解した。理屈っぽくても根は誰よりも男らしいのである。
「あの、石田君。その、ごめんなさい。あの時は無茶苦茶言って。本当にごめんなさい」
秀晶は丁寧に謝罪した。すると三大は「謝らなくていい」と制した。
「そもそも大谷刑部は口が悪い。横柄だとか勇気がないとか人望がないとか人気がないとか三成公を遠慮無く散々罵った。君も同じだ」
「あ、うん………」
「でも結局最後は味方してくれる。大谷刑部はそういう友情にあつい男だよ。だから俺達も友達になれると思う。よろしく、大谷さん」
ぎこちなく差し出された手を握って秀晶は対応した。
「よろしく、治部君」
「じ、治部君?」
「うん、だって嶋君は左近君でしょ。ならその友達の石田君は治部君かなって。ダメ?」
軽く首を傾げる秀晶に三大は顔からボッと火を噴いた。
穏やかで素直になった秀晶はもはや単なる美少女である。クラスの男子達はその無垢な笑みに蕩けそうなだらしない面になった。
次いで三大から離れた秀晶は吉継の前に歩んでゆっくり立った。
そしてとびきりの笑顔で明言した。
「私、関ヶ原の武将はみんな好きだけど、裏切りの小早川だけは虫酸が走って大嫌い」
「え?」【え?】
吉継と金吾は揃って驚いた。
「ありゃあー」と皆は吉継に同情の溜息をついた。大谷吉継を尊敬する人間ならこれは当然の反応である。
(あれ、この流れで俺一人だけどんでん返しで嫌い宣言されたの?)
と吉継はショックを受けた。
しかし、秀晶は俯いて付け加えた。
「で、でも、あなたは、嫌いじゃないよ。私の味方だもん」
「………え?」
「だから嫌いな苗字じゃなく、名前の方でヨシって呼ぶから私も晶って呼んでね」
恥じらった声で秀晶は組んだ両手をモジモジさせている。
その甘い空気を一瞬で読んだ男子は吉継に近寄って体を揺すった。
「おい、ヨシ、お前だけどうして呼び捨ての名前で呼ばれるんだよ。男はみんなあだ名の君付けか苗字なのに」
「そうだぞ、その特別感は卑怯だぞ」
「いや、俺を責めても。ちょっと大谷さん、何か言ってよ」
吉継は秀晶に助け求めたが逆にもどかしげにむくれられた。
「アキラ!」
「え?」
「だから晶って呼ぶの!ヨシは私の特別な人なんだから」
(ちょっとそんな誤解を生むような発言をしたら………)
と吉継は大体男子の次の反応を予測した。
そして案の定その叫び声が教室にこだました。
「この小早川の裏切り者―――――ッ!!!」

                             了
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