「表の?では裏の理由もあるんですか?」
二段戦法で何かを含んでいる吉継に汐恩は謎めいた顔を作った。
「それは最後の料理で説明するよ。先生、お腹一杯ですか?デザートセットがあるんですが食べれます?」
「あら、スイーツまで?いいわね。甘い物は別腹よ」
「じゃあ、最後の仕上げをしてきます。汐恩、その間に放課後に撮った皆の動画を先生に見せてあげてくれ」
吉継は四度立ち上がってキッチンへ向かった。
そうして五分ほどすると大皿とシャンパングラスに入った飲み物を運んできた。
「お待たせしました。本日のデセール『ペシェ・ド・ロワイヤル』と山桃のスカッシュ『天下鼓舞』です」
「まあ、素敵!」
動画を一時中断し、ナイフとフォークとスプーンを差し出された武美は目を輝かせてデザートを見た。
白い皿の縁には薄くスライスした白桃が円状に飾られ、中心には四つ折りになったクレープ生地が二枚ずれて重なっていた。その周りには透明な温かいシロップが掛かり、そのクレープの上にはバニラアイスが乗り、更にそのアイスには赤いソースがたっぷり流れて、その上には散りばめられたスライスアーモンドと白い綿飴が乗っていた。
ドリンクのスカッシュは薄いピンク色をしており、中にはシロップ漬けにされた山桃の実が沈んでおり、グラスの縁にはスライスされたレモンが飾られていた。
「わあ、クレープとアイスだ。いいな。ずるいよ、先生だけ!」
美味しそうな料理の連続に我慢の限界に達した元が本音で駄々をこねた。
「松平さん、私達はお見舞いに参ったのですよ、はしたないでしょう」
汐恩は窘めたが、興味があるのかやたら皿をチラチラ眺めていた。
吉継は言った。
「ははは、そうくると思ってお前らの分もちゃんと作ってあるよ」
「マジで?やったあ!」
心底嬉しそうに万歳する元を笑った吉継は同じデザートを二人にも差し出して促した。
「さあ、アイスが溶けない内にクレープを食べて」
「頂きます」
吉継が座るのと同時に三人は給食時間のように揃って手を合わせてからナイフでクレープを切ってそれを口に運んだ。
「!」
バターの香り漂うフワリもっちりしたクレープ生地に温かい桃の甘いソースが絡まって皆は一瞬黙った。そして間もなく素早い手がデザートを平らげられていく。
【あはは、美味しいとこんな反応になるよねえ】
誰も口をきかず美味しさに浸る様に、いつの間にか汐恩と吉継の間に半透明で座っていた秀晶が半笑いした。
【何だ、晶、もう食べたのか?】
【えへへ、美味しかったらつい】
ペロリと秀晶は舌を出した。吉継は味見がてら一人前の同じデザートを秀晶にも作っていてキッチンで食べさせていたのである。
【晶、ほら、口の周り汚れてるぞ。これラズベリーか?】
吉継は秀晶の口の周りがモノトーンの液体が滲んでいるのに気付いて、手持ちのハンカチでそれを拭った。
【お、おおきん(ありがとう)】
予想外の行動に照れて秀晶はうつむいた。
「………ヨシ君、何をなさっているんですの?」
こちらに向き、何もない空中にハンカチを振っている(ように見える)吉継を、ナイフを止め、不可解な眼差しで汐恩は見た。
「あ、いや、別に何でもない。それより、感想はどうだ、汐恩?」
「そうですね、一見クレープシュゼットかと思いましたけど、ソースが違うんですね。ご説明頂けませんか」
「ふへーふふへっほ?」
聞き慣れないデザート名に元が口をモグモグさせながら尋ねた。
「元、口に物を入れて喋るなよ。汐恩も食べながらでいいから聞いてくれ」
吉継はそうしてデザートの説明に移った。
「この皿はジョルジュ・オーギュスト・エスコフィエの料理をベースにした二つのデザートで作ってある。その一つがクレープシュゼットなんだ」
「あら、その人の名前、聞き覚えがあるわ」
クレープを切りながら武美は思い出そうとしていた。
吉継は武美に言い添えた。
「国王のシェフ、マリー・アントナン・カレームと並ぶフランスの伝説的な料理人です。料理の皇帝と称され、レジオンドヌール勲章を料理人として初めて授与されて、コース料理を作ったのもエスコフィエです。クレープシュゼットもシュゼット・パンケーキという名で世に広めました」
「ああ、思い出した。これ、火を点けてボッと燃やすデザートよね、小早川君」
「火でアルコールを飛ばすフランベの技法ですね。今日は場所が場所だけにフランベは出来ませんけど。一般的なクレープシュゼットは折りたたんだクレープにオレンジ果汁とオレンジピールを甘く煮立たせて作った温かいソースを掛けて、最後に砂糖とグラン・マルニエというオレンジリキュールを掛けてフランベします。でも今日はオレンジもないし、せっかく元が桃缶を買ってきてくれたのでそれを応用しました。オレンジ果汁の代用として桃缶のシロップを使ったんです。グラン・マルニエは風味付けに足しました」
するとここで汐恩がフォークとナイフを置いて吉継に向いた。
「リキュールの風味もきいて申し分ないです。でも私はこれらを今の先生に勧めるのは不適当だと思います」
「ん、どうしてだ?」
意外な非難に吉継は聞き返した。
「この桃は缶詰なのでしょう。委細は存じませんが缶詰は体に悪く、栄養も無いのではありませんか。それと風邪の時に炭酸飲料は厳禁と掛かり付けのお医者様に教えられております」
「ああ、そういう意味か。なら大丈夫だ」
「は?」
「汐恩はいくつか勘違いをしてるよ」
「勘違い?いいえ、私は………」
「まあ、聞いてくれ。汐恩の家は缶詰を使わない料理が殆どだろう。でも缶詰は食材と調味料を入れて蓋で密閉して高温高圧で加熱する。それは圧力鍋で調理するのと同じ原理なんだ。だからそこに原則保存料とかは必要ない。むしろ缶詰は普通に調理するより栄養が逃げにくい。桃缶も同じで栄養価は全く変わらないし、それどころかアメリカのある研究じゃ缶詰の場合ビタミンCが生の桃の四倍にもなるとの報告もある。ビタミンCは風邪には有効だから風邪に桃缶というのは間違ってない」
「………う」
「他に桃はカリウム、ナイアシン、ビタミンB1、ビタミンEも豊富で体に良いんだ。もちろん甘いシロップに漬けてある分、カロリーが生より高いから食べ過ぎには気を付けないといけないけどな」
「で、ではスカッシュは如何ですか、間違いなくソーダやコーラは風邪薬に合わないと」
負けじと汐恩は応酬した。
吉継は、「そりゃあそうだ、飲み合わせが悪いのは俺も知ってる。だから率先して勧めている訳じゃない」と肯定した。
「では何故この飲み物を?」
「俺は初めに先生に薬を飲んでいるかどうか確認したろ?先生は朝しか飲んでないって答えたぞ。これからも飲まないともな」
「あ………」
「確かに炭酸は解熱鎮痛薬の効果を薄めてしまう。コーヒーとか紅茶、緑茶みたいなカフェインの多い飲み物もカフェイン入りの風邪薬で頭痛を強めてしまうからダメだ。でも薬を止めた先生は違う。その辺りはちゃんと考えてるよ」
「あ、う」
「それに海外じゃ風邪に対しての考え方も異なるんだ。さっきのトンボの話じゃないけど日本とは価値観がまるで違う。ヨーロッパやアメリカじゃ風邪を引いた時は民間療法として薬を服用せず敢えてコーラを飲むんだ。中国も温めたホットコーラを飲む」
「えッ?」
風邪にコーラという奇天烈な組み合わせに汐恩は心底驚いた。
吉継は実情を教えた。
「元々コカコーラは薬剤師のジョン・ペンバートン博士が薬として製造したものだからな。カフェインの作用で頭痛薬代わりに今でも飲んでいる人もいるくらいだ。それに炭酸は食欲を増進して糖分も補える。喉が痛いタイプの風邪はホットコーラにすったショウガとレモン汁を足すとシロップ剤みたいになって結構効果があるよ。もちろん薬の飲み合わせには注意しなきゃいけないけど、そんなに悪者じゃないんだ」
「………あの、その、ごめんなさい、コバ君、私、何も知らなくて」
認識不足の汐恩は謝罪の目を伏せた。
「謝るなよ。それだけ汐恩は先生の体調が心配だったんだろ」
「そうね、ありがとう、細川さん」
「あ、いえ」
武美に感謝されて複雑な表情を作った汐恩はそのまま吉継を意味ありげに凝視した。
「えっと、何か言い足りない苦情でも?」
また難癖をつけられると思ったのか吉継は恐る恐る身を引いた。
「あ、いえ、そういう訳では………」
「そうか。あ、元、どうだ、味は?」
要領の得ない汐恩をスルーして吉継は反対に座る元を見た。
元はクレープを食べきってVサインをした。
「うむ、美味じゃ。ほめてつかーす」
「どこの殿様だよ」
バカっぽい返しながらもシンプルに褒めてくれるのは嬉しい。吉継は笑んだ。
「でもさ、ヨシ。クレープをナイフとフォークって変わった食べ方だよね。クリームとか中身が無いのも初めてだよ」
「ああ、そうか。日本じゃ普通クレープって具材とか果物をコルネに巻くもんな」
「え、何、コルネ?」
「円錐形に、ラッパの形に巻くやり方だよ。『ジャパニーズ・クレープ』って海外じゃ呼ばれてるくらい珍しいんだ。クレープの店が建ち並ぶフランスでもあの巻き方はしない」
「え、そうなんだ」
「うん、クレープは折り方にバリエーションがあって葉巻とか半分折りとか。クレープシュゼットの場合、TRIANGLE(トリアングル)って三角折りか、EN4(アンカトル)って四つ折りで出される場合が多いかな。中身というより皮を楽しむって感じで」
「ふーん、あ、そうだ。この桃のアイスってさ、私、夏にヨシん家で食べたよね」
元は綿飴と薄切りアーモンドが乗った桃アイスをスプーンですくって眺めた。
「そうだぞ。生の桃が手に入る時期の限定メニューとして出してるからな。名前、覚えてるか?」
「えっと、確か桃だからピーチ、ええっと、ピーチ、ピーチ・メ、メ、メ………」
喉元まで出かかっている元は必死にメニューを思い出そうとしていた。
そしてピンと回顧して言い放った。
「そうだ、ピーチ・メバル!」
「………メルバ、な」
煮付け魚じゃねえんだからよ、と吉継が突っ込むと隣の秀晶が笑いを堪えて吉継の右腕を震えて握っていた。
【晶、痛い】
【クックック、ほやかって、メバルって、元はもう】
「じ、じゃあメルバって何?アイスクリーム?」
気恥ずかしさを紛らわすように元は問い質した。吉継は説明した。
「有名なオーストラリアのオペラ歌手、ネリー・メルバの事だよ。メルバは出身地のメルボルンを短くした芸名で、本名はヘレン・ポーター・ミッチェル。ロンドン公演に来ていたメルバのために、彼女の大ファンだったエスコフィエが創作したデザートがこのピーチ・メルバなんだ。世界的にもメジャーなデザートで、フランスではペーシュ・メルバって呼ばれてる」
「あら、本当。これピーチ・メルバそっくりだわ。上の飴飾りが違ってたから分からなかったけど。本来は糸みたいな飴だもの」
武美も桃とアイスを同時に食べて気付いた。
「糸飴、シュクレ・フィレですね」
糸飴とはグラニュー糖と水を火に掛けて煮詰まったものをフォークなどで引き上げると糸状になる飴の名である。ピーチ・メルバは大抵この飴を色々な形にして飾りとしている。
「なるほど、綿飴だと口当たりが糸飴より柔らかくなるのね」
「駄菓子の袋に入ってたので。でもそういう意図で飾ったんじゃないんですけどね」
「え、どういう意味なの?」
「それは後で」
吉継は先に桃メルバの作り方を話した。
「これの調理法は難しく無いんです。ハーフカットの桃缶の桃を白ワインとスパイスとレモン果汁で味付けしてレンジで温めて冷まし、それをバニラアイスの上に乗せます。それからラズベリージャムで作ったフランボワーズソースを掛けます」
「うん、ラズベリーでフランボワーズソースが出来るの?」
武美は意外そうにスプーンで赤いソースをすくった。
「あ、それ一緒なんです。英語かフランス語かの違いなだけで」
「一緒なの!?フランボワーズジャムもあるのに?」
「それはメーカーが高級感を出すために付けたんでしょうね。ブラックカラントもフランス語じゃカシスですから」
「………何か騙された気分」
武美の呆れ顔に吉継は笑って続けた。
「ソースの作り方も簡単です。先ずラズベリージャムを水で薄めて煮立たせ、そこにフランボワーズのリキュールを入れます。それで即席フランボワーズソースが出来上がります。それを冷ましてから製菓用のスライスアーモンドを共にアイスに掛けました。それだけです」
「いえいえ、だけというにはお手間入りよ。とても美味しいわ」
甘酸っぱいフランボワーズソースにワイン風味の桃の柔らかさとバニラアイスが渾然一体となって口の中でとろけた。武美はアイスを存分に味わいながら不意に気付いた。
「あ、そうか、私、分かったわ。山梨が日本一の桃の生産地だから桃のデザートを作ってくれたんでしょ、小早川君?信玄公繋がりで」
「いいえ、違います」
即答で否定された。
「違うの?」
「デザートは関ヶ原での先生のイメージです」
「私の?」
「先生は自分がどんなニックネームで呼ばれてるか知ってるでしょ?」
「テンム、ね。皇武美をもじって。もう、あなた達がそう呼ぶから保護者も天武先生ってよく間違えるのよ」
溜息交じりに武美は文句を言った。
「いいじゃない、その方がカタくなくて」
元はスプーンを振って気楽に笑った。
吉継は続けて聞き足した。
「で、先生、関ヶ原で天武天皇とくれば?」
「壬申の乱でしょ。そして………」
あ、と武美はようやく桃のデザートの意味に気付いた。
「桃配山の伝承なのね、これ!」
やっとの正解に吉継は、そうですと答えた。
「デザートの名前は『ペシェ・ド・ロワイヤル』、日本語で『国王の桃』です。日本で王といえば天皇ですからね。そしてもう一人は武家の王・徳川家康です。二人は桃配山で指揮を執り、天下を治めました。綿飴を使ったのは関ヶ原合戦の朝霧をイメージしてです」
「なるほど、それでドリンクも山桃スカッシュなのね」
「はい。実はこのスカッシュはひすとり庵の家康ノンアルカクテルなんです。天武天皇が配った桃で兵士を奮起させた故事から、天下布武ならぬ『天下鼓舞』という名前でメニューに載せてます。先生の冷蔵庫に瓶に入っていた丁度良い山桃のシロップ漬けがあったので使わせてもらいました。ソーダで割ってレモンを軽く絞り、砂糖を足してあります」
「ああ、そうか、それでなのね」
武美は何かを合点した顔で手を合わせた。
「何ですか?」
「いえ、実はね、シロップ漬けは近所のおばあちゃんが作って持ってきて下さったの。先生の名前にピッタリだからって。今、ようやくその意味が分かったわ」
「ご近所からも天武と認知されていらっしゃるんですね」
汐恩が諦めろとばかりに追い打ちをかけた。
「うう、私って信玄公から遠く離れていくような」
「ウォーランドにいるじゃない、信玄」
元は慰めた。
関ヶ原にはウォーランドという関ヶ原合戦を二百体以上のコンクリート武士像で表現した野外博物館があるのだが、それらは浅野祥雲という造形作家が手掛けたもので、関ヶ原の観光スポットの一つになっている。しかし、その集団の中に何故か一体関ヶ原に関係の無い武田信玄の像が「我こそは武田信玄の亡霊じゃ!!もう争いはやめい!ノーモア関ヶ原合戦じゃ!」と軍配を掲げているのである。
「………亡霊じゃないの、あれは」
「でもウチの母さんはあの信玄の像が一番好きだって言ってましたよ。浅野祥雲の作品はキワモノみたいに扱われているけど、実は仏像の作品が大多数だから、信玄の不戦の誓いもきっと同じ願いなんじゃないかって」
「そうだよ、先生。それに天武天皇は家康と同じ勝ち組なんだから。桃を配って勝ったなんて最高の歴史じゃない。軍議をしたんじゃないかってされる机岩と腰掛け岩もあるし、桃配山はメチャパワースポットだよ」
家康を敬愛する元は、桃配山が徳川の陣跡でもあるので異様にはしゃいでいた。
それを見た吉継は言い出しにくそうに口を開いた。
「あー、元、水を差すみたいで悪いんだが………」
「何よ?」
「腰掛け岩はともかく、実はその桃配りの話な、史実とは断定出来ないんだよ」
「は?何言ってんの?桃配山の新しい案内板にもあるじゃん」
「あれは『山桃を配ったと伝えられる』って曖昧な表現で書いてあるだけだぞ。実際壬申の乱が記載されている『日本書紀』にはその振る舞いには一切触れていない。日本書紀は、天武天皇の息子である舎人親王(とねりしんのう)がその編纂(へんさん)に関わっているんだけど見当たらない」
「編纂?」
「色々な資料から本を作る作業だ。それでもし桃配りの話が真実なら喜んで父親の偉業としてそれを書記に書いているはずなのに一行たりとも記載が無い。そのエピソードが載っているのは江戸後期の書物『新撰美濃志(しんせんみのし)』だけだ。関ヶ原歴史民俗資料館のサイトにも『日本書紀等で記述はなく、その根拠については未だ謎に包まれています』と紹介されてる」
吉継は更に説明した。
『新撰美濃志』の既述によると「『桃くばり』とは天武天皇御軍の兵どもに、桃を配分し給ひしより起れる地名なりともいへり」となっているが、陣であった、桃配山から離れた野上行宮から天武天皇は二ヶ月動いていない。まして「天武天皇行宮址は村の西南なる桃賦(ももくばり)といふ原野にあり」とあれば位置的に山では無い。
一般の伝説では「大海人皇子が行宮入りの際、野上郷や不破の人々が山桃を三方に載せて献上した。美味な桃に感激した皇子は桃を全て買い上げ、魔除けとして兵士に一つずつ配らせた。兵士達の士気は高まり、壬申の乱で勝利した。これにより「桃配山」とか「桃賦野(ももくばりの)」と呼ばれるようになった」とあるが後の創作ではないかとも言われている。
「嘘ッ!」
史実と信じていただけに元はショックを隠さなかった。
「それに配ったのも山桃かどうかハッキリしてないんだ。長崎の縄文遺跡から桃の種が見付かっているから古くから日本にも古代桃って野生の桃はあった。今の水蜜桃とは違ってもっと硬くて酸っぱかったらしいけどな。そもそも桃と山桃は全く分類が違う。桃はバラ科で山桃はヤマモモ科だ。桃配山の桃を山桃と決めたのは誰かの推測に過ぎない」
「そ、そうなんだ………」
真相を突き付けられしゅんと元気なく項垂れる元に吉継は明るく言い切った。
「でも、俺は桃配りはあったと思ってる。火のない所に煙は立たないって言うからな。そしてそれは山桃だとも。壬申の乱のここの布陣の季節はちょうど山桃の収穫期と重なるし野生種はもう少し遅い。それに桃配山には昔から山桃が自生していた。だから大海人皇子は山桃を配ったと思う」
「だよね!!」
元は急に元気付いた。
「ヤマモモは市場に出回らないから幻の果実とも言われてて、実には強い抗アレルギー作用と抗酸化作用があって、胃腸を丈夫にしたりアンチエイジングの効果もあるらしい。それに普通の桃も古来より魔除けの意味があった。『古事記』じゃ、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が桃で命を救われたのを感謝して、桃に『意富加牟豆美命・大神実命(おおかむづみのみこと)』という名前を与えている。果物で神様に昇格したのは桃だけだ。まさにパワーフルーツだな」
「うんうん!」
桃配山は元にとって聖地である。嬉しそうに頷いた。
「フランス語で、桃を持ってる、J’AI LA PECHE (ジャイ・ラ・ペシェ)って言葉は『とっても元気で良い気分』って意味になる。日本じゃ桃に関するこんなことわざもあるぞ。『桃李(とうり)もの言わざれども下(した)自(おのずか)ら蹊(みち)を成す』」
ここで吉継はちらりと解説を要求する眼差しで武美を見た。
武美は察して元に教えた。
「桃やスモモは何も言わないけれど、その花や実の下には人が集まって自然に道ができる。つまりは、人徳がある人物は何もしなくても自然と人が集まるって喩えなの。小早川君は、天武天皇や徳川家康がそうだって言いたいんでしょ?」
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