「処刑されたイエスが甦ったとされるキリスト教の伝統的な行事の一つ。三月末から四月上旬に行われるんだけど、イースターって聞いたことないか?」
「あの卵に色塗るやつ?」
「それイースターエッグな。まあ、その期間にはスペインじゃトリハスがそこらで売り出されるんだ。日本で言うクリスマスケーキの感覚で」
「へー。そういえばなんでイースターに卵なの?」
ここで聞き耳を立てていたマリアが立てた指を振って教えた。
「それは卵が復活のシンボルだからデスヨ、晶」
「シンボル?」
「鶏、卵産ム、その卵からヒナが孵って鶏になってまた卵産ム。卵はキリスト教においては復活と再生の象徴なのデスヨ」
「じゃあ、さっきのコーヒーの注文は?ブレンドとか、モカとかのスペイン語なんですか?」
「イイエ、スペインでは豆の種類は重要ではありまセン。カフェ・ソロ、つまりエスプレッソがほとんどデス。ワタシが注文したカフェ・コルタードはカフェ・ソロに少しミルクを足したモノ、もう一つカフェ・コン・レチェもありマスが、コレはミルクとコーヒーが半分半分、カフェオレみたいなものデス」
「ふーん」
「後はカフェの温度がとても大切デス。ですカラ、ミルクの温度を伝えマス。レチェ・カリエンテはミルク熱々、レチェ・テンプラーダはミルク常温デス。私ネコジタなのでレチェ・テンプラーダなのデス」
マリアはチロッと舌を出した。
「さ、出来上がりましたよ」
やがて吉継がここで三人のデザートと飲み物を運んできた。
「先ずはマリアさんのカフェ・コルタード、そして忠時さんのレアチーズケーキと和紅茶です」
テーブルにケーキセットを並べた吉継は再びキッチンへ向かいテーブル席に戻ってくると汐恩のデザートと飲み物を置いた。
「お待たせしました。『ミニハニートースト熊本版』と『パブリックミルクティー』です」
見ると七センチ四方の正方形の食パンの上部はくり抜かれ、中には四角くカットした食パンがメープルシロップに浸して盛ってある。そしてその上には淡い黄色のアイスクリームと絞った生クリーム、更にスライスイチゴとキューブカットのオレンジとスワンに飾り切りされたメロンが載って、その横には小さな「くまモン」が描かれたホワイト板チョコレートが飾ってあった。
皿の回りには螺旋に描かれたハチミツがチョコレートソースと共に添えられている。
しかし、何故か汐恩はミルクティーを一口飲むなり顔を曇らせ吉継に不満をぶつけてきた。
「このミルクティーは何ですの?ミルクではありませんわ」
「それは豆乳だよ。煮た豆乳に紅茶の茶葉を入れたんだ。ロイヤルミルクティーの豆乳バージョンだな」
「なるほど、パブリック(庶民)とはよく名付けられたものですわね」
カップを置いて汐恩は吉継を睨んだ。
「コバ君、貴方、私を愚弄なさるおつもり?どうせ上から目線を止めろとでも仰りたいのでしょう」
「たまには庶民の味を知るのも大事だぞ」
吉継は皮肉を返した。
「貴方に言われずとも稀に食しておりますわ。一般人の好みも知らないと恥ですもの」
「お前、その考え方自体が………いやもういい、それよりトーストの方を食べてくれ。折角のアイスが溶けきってしまう」
諦めた声で吉継は促した。
汐恩はするとくまモンの板チョコをフォークで皿の脇へ退けるとスプーンとフォークで生クリームとアイスを食べた。そして無言で黙々と中のパンと果物を食べきった。
それからやがて、
「この甘酸っぱい風味は晩白柚(ばんぺいゆ)のジャムを練り込んだアイスクリームですわね。ザボンの一品種であるその大きな果物は熊本が生産量一ですもの。そして砂糖漬けしてある皮の部分も細かく切ってアイスに混ぜてある。上手に出来ていると思いますわよ。ただし………」
汐恩は再び激怒した目付きでくまモン板チョコにフォークを突き刺して吉継へ向いた。
「このゆるキャラは頂けませんわ!何故細川家の九曜紋になさらないんですの!」
「は?」
「確かにアレは熊本のPRはしていますわよ。しかし殆どが加藤清正ばかりの格好ではありませんか。細川の身形なんて滅多にしないでしょう、アレは!そもそも熊本藩は明治まで細川家が護ってきたのですわよ。清正の家など所詮二代で終わっているではありませんか!」
くまモンをアレ扱いで、加藤清正もボロクソである。
「おい、汐恩、熊本は元々清正が整備した地域だぞ。地元に慕われてたって当然だ。それに三代目の忠利公が熊本を治める時も清正の位牌を掲げて熊本城に入った史実くらい知ってるだろ」
「存じておりますとも。だからより腹立たしいのです。細川家は由緒正しき古よりの名門です。それを何故ぽっと出の加藤や出自がはっきりしない徳川に頭を下げねばならないのです!?」
(………こいつの頭には細川しかないのか?)
とたん馬鹿馬鹿しくなった吉継は汐恩の反論を聞き流して忠時に向いた。
「そういえば忠時さん、ロンドン留学の忠史(ただし)さんはお元気ですか?」
「忠史なら元気にやってるよ。たまにスカイプで話をしているしね。この前十七の誕生日を学友に祝ってもらったらしいけど、やはりここのケーキとサンドイッチが食べたいらしい」
「では帰国の折はまたお越し下さるようにお伝え下さい」
「分かった。また伝えておくよ」
「よろしくお願いします」
「ちょっと、コバ君、私の話を差し置くとはどんな了見なんですの!!」
汐恩は吉継の左裾を握ったが、吉継はそれを振り払った。
「さっきからうるさいよ、お前は」
「う、うるさい!?貴方、この私に向かって」
「あのな、何で汐恩は楽しんで食事が出来ない?忠時さんもマリアさんも、お前のお兄さんの忠史さんもここでは家柄とか肩書きなんて一切口に出さない。料理の前ではそんなもの関係ない。どうせ、お前の事だ、今日は例の茶会の和菓子作りを手伝えとかまたせっつきに来たんだろう」
「お分かりになっているなら早々にご了承下さいな」
「嫌なこった」
ベエと舌を出して吉継は拒否した。汐恩は憤慨で顔をかっと紅潮させた。
「貴方、私を嘲るおつもりなの!」
「俺はしつこいのが嫌いだ。第一あれは元が一方的に仕掛けてきたゲームだぞ。相手にしなきゃいいだけだろ」
「では私に尻尾を巻いて逃げろと仰るの」
「それも立派な作戦だ。それに俺は元が嫌いじゃない。あいつはお前よりずっと面白いからな」
「面白い?ふん、それが何の人間的評価になりますの!下らない!」
見下げた視線で汐恩は吉継を見上げた。
吉継は冷たく見返して言い放った。
「じゃあなんでお前はその下らない元にクラス委員長選挙で負けた?」
「そ、それは………」
四月に行われたクラス委員長選挙は他薦で元と三大が、自薦で汐恩が出馬し戦ったが元が圧倒的な勝利を収めた。
「お前の得票数はクラスの四分の一にも満たなかった。松平・細川二大派閥だなんて言われててもクラスはお前を選ばなかった。お前に普段寄っていた女子もこの時ばかりは元に投票した。それが現実だ。だから敗北したお前は今度こそ元に勝ちたいと思ってる。俺は忠時さんに恩はあってもお前には無い。お前のプライドのために動くなんて真っ平だ」
「貴方、それでは小心者の小早川、日和見の小早川と罵られますわよ」
「そんな罵倒はもう聞き慣れてる。それに俺は元へ委員長票を入れたぞ」
「な!」
「そういう事だ。俺はお前には付かない。ま、今回は面倒だから元に付くつもりもないがな」
汐恩は立ち上がってキッと無言で吉継を睨んだ。
【………ねえ、刑部、小早川と細川って仲悪かったっけ?】
秀晶は対峙する二人を呆れ見て消しゴムに聞いた。
【いや、さような記憶は無いが、ヨシ殿は吾と同じ吉継の名を持つ故細川とは反りが合わぬやもしれぬのう】
【ん?どういう事?】
【主は治部が関ヶ原の前に越中を追い落とそうと企てたのは存じておるかな?】
【え、うーん、ちょっとは】
【ならば関白どのと太閤殿下の諍いは如何かな?】
【関白って秀吉の甥の秀次だよね。結局最後は秀吉の命令で切腹させられた。秀頼が生まれたから邪魔になって、謀反の罪で】
【さよう。その折、関白どのから金を借りていた大名に太閤殿下は共に謀反の疑いを掛けた。越中もその一人であった。朝鮮出兵や伏見城の造営などが負担になり金を借りておった。まして関白どのの事件で処刑された前野と越中の娘が夫婦になっていたがゆえ余計疑われた。治部は当然娘を取り調べに差し出せと要求した。なれど徳川内府が間に入り金を用立て越中の疑いを晴らした。その時、越中は恩義を感じて三男である忠利を忠誠の証として徳川の下へ送った。事実上の人質よ。それ以来越中は完全に徳川に与し、代わりに治部を恨んだ。治部は朝鮮の戦の論功行賞でも、清正ら七将に恨まれ、越中に至っては奥方が人質になるのを拒んで関ヶ原の折に大坂で死んでおるからより治部を憎んでおった】
【なるほどねえ】
【なれど越中が治部を憎むはそれのみにあらず。主は利休どのの切腹の件は?】
【利休って茶道の千利休?ああ、うん。理由は分からないけど急に秀吉と険悪になって最終的に腹を切らされた、のかな?】
【吾が主は幼いながらもよう学んでおられる。その利休七哲、即ち利休どのの七人の弟子の一人が越中よ。治部は太閤殿下に頼み利休どのを死に追い込んだと噂された】
【あったね、そういうの】
【濡れ衣であるが治部は太閤殿下の負を全て背負わされた。吾も治部も利休どのでなく堺の津田宗及(つだそうぎゅう・利休のライバル)どのの茶会に出ておったがゆえに左様考えられたのやもしれぬが】
【なるほど】
【それでも越中は茶の師匠を殺されたは治部のせいと思い込んだ。幾重にも治部を憎む素地が出来ていたという訳じゃ。その治部と吾は竹馬の友。その怒りは恐らく吾にも向いておったはずよ】
【あー、汐恩は細川家の、それもガラシャ贔屓だもんね。そりゃ仲悪いか】
秀晶は汐恩の黒髪を飾っている百合の花と「GRATIA」と記された十字架がプリントされたバレッタを苦い顔で眺めた。
「コバ君、貴方、不義理は致しませんわよね」
ギラリと睨んで汐恩は吉継に迫った。
「不義理?」
仰け反って吉継は聞き直した。汐恩はすると吉継の耳元に近付いて小声で呟いた。
「晶さんの時の貸しですよわよ。協力して差し上げたでしょう。よもや忘れたとは言わせません」
汐恩は秀晶の転校の時の話(詳細は第二話『転校生サバいばる』を参照)を切り札として持ち出してきた。
「ぐッ、脅すとは汚ねえぞ」
吉継も秀晶に聞こえないように反論した。
「この際綺麗とか汚いとか関係ありません。細川家の家名を護るためには如何なる手段を講じても此度は勝たねばならぬのです」
「嫌だって言ってるだろ。大体、俺はその家名とかが………」
と吉継が更なる反論をしようとした時、店の扉がバシッと威勢良く開いた。
「あ、汐恩、やっぱりここにいた!なんでアンタはスマホの電源切ってんのよ!!」
真っ赤なダウンジャケットをはためかせて闖入(ちんにゅう)してきたのは件の松平元である。
元は三つ葉葵のヘアピンを付けたショートの髪を振り乱しながら汐恩の横でガミガミと言い立てた。
「LINEもメールも繋がんないし、電話も留守電だし!アンタの家まで行ってここに来てるの聞いたんだからね。手間取らせるんじゃないわよ、全く!」
「あら、何故責められるゆえんなどございますの?そもそも私が休日に何をしようが松平さんには関係ないですわ」
「茶屋比べの挑戦を正式に受けるか受けないかってずっと聞いてたでしょ!いつまでもアンタが返事しないから悪いんじゃない」
「それは、その………」
「まさかまだアンタ仲間が決まってないんじゃないでしょうね?」
「………」
「えー、ちょっと細川汐恩さんともあろう人が仲間も集められないとはお笑いねえ。本当は人望全く無いんじゃないの?」
図星をさされて無言の汐恩にクスクスと元は挑発するような笑いを追加した。
「元、それは言い過ぎだよ」
秀晶が汐恩を庇った。
「あれ、晶?何でここにいんの?」
「それはもういい。それより今のは元の口が悪いよ」
「私はホントの話をしているだけよ、うん?」
すると元は唐突に吉継と秀晶を交互に見て大笑いした。
「あはは、そうか、汐恩、アンタの魂胆が分かったわ。二人に仲間になってって頼みに来たんでしょ。特にコバに茶菓子作ってって。無駄無駄!晶はともかくコバはそういうの嫌がるもん。それにコバは洋菓子は得意でも和菓子は作れないはずよ。こっちは松野屋さんがバッグにいるんだから何しても勝てっこないって」
「元、バッグじゃなくてバックね。カバンじゃないんだからさ」
「うるさいわよ、晶。ちょっと言い間違えただけでしょ。それより汐恩、さっさと白旗あげて降参しなさい。今ならクラスの前で頭を下げれば許してあげるから」
汐恩は何一つ反論できず悔しそうに強く拳を握った。
「おい、元。お前それはさすがにやり過ぎだろ。不戦敗で収めろよ」
「ふん、日和見のコバは黙っててよ。大体コバが勝負しても私達に絶対勝てないんだからさ」
「ハイハイ、ああ、そうですとも」
「いや、例えアンタのお母さんが作ったとしても負けるんじゃないの?いくら料理上手だって言っても和菓子は素人なんだろうからさ。あはははははは!」
店内に元の勝ち誇った高笑いが響いた。
「………取り消せ」
突然吉継がボソリと呟いた。
「は?」
「俺の悪口ならともかくよくも母さんを馬鹿にしたな。その言葉取り消せよ!」
激高して吉継は元の前に立った。その目はメラメラと敵意に燃えている。
普段大人しくて目立たない吉継の豹変にたじろいで元は一歩引いた。
「な、何よ。ホントの事でしょ」
「和菓子も洋菓子も無い。母さんは俺の世界一の師匠だ。その師匠に勝てる人間なんているもんか!」
「な、なら弟子のアンタが代わりに作ってみなさいよ。それで勝てれば取り消してあげるわよ」
「言ったな!その言葉に間違いは無いな!」
「あ、ええ。勝てればだけどね」
「汐恩!」
敵愾心に満ちたまま吉継は振り返った。
「は、はい」
「気が変わった。お前の茶屋の和菓子俺が作る!」
「本当ですの!?」
「ああ、俺達で元に勝つぞ。晶!」
今度は秀晶に向いた。
「う、うん?」
「頼む、こっちに協力してくれ」
「え、私が?」
「お前が必要だ」
「え、ええええッ」
秀晶はこっちを見る吉継に顔を真っ赤にして困惑した。汐恩も元の視線もこちらを向いている。
元とは普段から仲が良い。汐恩は友達だがライバル視されている、いわば敵である。
どうしようと暫し悩んだけれど吉継が汐恩に付いた以上その吉継から離れるのも嫌だったし、何より必要だと頼んでくれた事が嬉しくて照れて秀晶は頷いた。
「いいよ、ヨシが望むなら」
「よしッ、決まりだ。元、首を洗って待ってろよ。絶対お前をひざまづかせてやるからな」
拳を突き出して吉継は勝利を宣言した。
元はその拳をゴンと拳で押し当てて言った。
「ふん!これで面子が揃ったみたいじゃない。私達だって負けないんだからね」
「面白い!それは非常に愉快だ!」
突然忠時が陽気に叫んだ。
「唐突に何ですの、お父様?」
汐恩を初め皆驚いて忠時を見た。
忠時は言った。
「私は大茶会の主催者で審査員の一人だ。君達二組の茶屋比べを今度の茶会のメインの一つに取り上げようじゃないか!これはイベントとして大いに盛り上がるのは間違いない」
汐恩は慌てて父親に口に出した。
「何を大袈裟になさっているのです!万が一負けでもしたら細川の恥辱となるのですよ」
「ほう、汐恩はもう負ける事を考えているのかな」
「そ、そのような事は。しかし………」
「大規模にしようが小規模にしようが結局勝負にはなったんだ。潔く戦いなさい。それと松平さん」
「あ、はい」
「私は細川家の者で汐恩の父ではありますが決して娘を贔屓しません。公平に審査するのでその点は誤解の無きようにお願いします」
子供相手でも丁寧に話す忠時に元は、
「は、はい。こちらこそお願いします」
と慇懃に頭を下げ、そのまま店を出て行った。
対して吉継は沈んだ顔でカウンターに片手を付いて後悔していた。
「しまった、つい勢いで引き受けちまった」
「ヨシは音依さんの事になるとムキになるからねえ」
秀晶は苦笑した。
「コバ君、今更悔やまないで下さいまし。武士に二言は無いと言うでしょう?」
「俺は武士じゃねえよ。分かってる、ちゃんとやるって」
「ならば結構。では早速これからの計画を綿密に練らなければ。さ、思い立ったが吉日です。急ぎ帰りましょう!」
意気揚々とした表情で両親に帰宅を急かせた汐恩は吉継と秀晶を顧みる事なくひすとり庵を去っていった。

そして二月二十七日の月曜日。
「ふわぁー」
朝の登校をすませた吉継は机にうつ伏すなり大きな欠伸を繰り返した。
「ヨシ、何か眠そうだね。大丈夫?」
右隣の秀晶が心配そうに聞いてきた。
「あー、昨日は三時間位しか寝てないからな。茶菓子の事ずっと調べててさ。眠い」
「そんなに大変なの、茶菓子って」
吉継は首だけを秀晶に向いて言った。
「単に抹茶に合わせるだけっていうなら比較的難しくは無いんだ。でも茶会用となると色々考えなきゃならない」
「色々?」
「季節、天候、客層、茶屋の造り、周囲の環境、茶会の行われる時間とかな。そもそもその菓子を作る前提条件が整ってないから先ずは全国の茶菓子の研究ってわけ。それでも多過ぎて目が回りそうだ」
「………ややこしそうだね」
「実際ややこしいぞ。季節でも定番の茶菓子があるけど汐恩は、それは嫌だと押し切るしさ」
「春だと桜餅とかがあるよね、ベタすぎるかな。ちょっとそれを改良するとかしてさ」
「いや、それは最初から使えないんだ」
「どうして?」
「『東西の桜餅食べ比べ』っていう名目でシップスが茶屋の野点拝服券を購入した来場者に小さな二種類の桜餅を無料で配るからな。被るのはマズイ」
「あれ?桜餅に東西ってあるの?」
「晶は敦賀出身だから関西の桜餅しか知らないか」
「あの粒々した半分潰した餅米のヤツだよね。中にあんこが入ってて外側に塩した桜の葉が巻いてあるの」
「いわゆる『道明寺(どうみょうじ)』の桜餅だな。逆に関東は主に長命寺(ちょうめいじ)。水溶きした小麦粉を薄く焼いてそれを餡に巻いて更にその上に塩漬けした桜葉を巻く。岐阜も西の道明寺だな。長命寺は食べたことがない人は多いと思うぞ。だから母さんが茶会のイベントの一つに選んだんだ」
「へー、面白そう」
「それに汐恩も言ってたけど、全国から有名所の和菓子が集結するからな。それはネットで既に公開されている。茶屋比べに出る団体はプライドがあるから絶対という程オリジナルの創作和菓子を出してくるだろう。ただな、一つ難題があってさ」
「何?」
すると吉継はスマホで茶屋比べの規定項目の一つをアップにして秀晶に見せた。
「問題はここだよ。『茶会菓子には生クリーム・バターなどの動物性油脂類の使用は禁止』って規則があって。それが余計アイデアの幅を狭くしてる」
「それって洋菓子はダメって事?」
バターとクリームは多くの洋菓子の基礎である。それが封じられるというのは吉継にとっては痛手であった。
「和洋折衷でもその材料の使用はNGだ。どうも抹茶茶碗に油分が付くと汚れて困るっていう訴えがどこかの流派からあったみたいでな。くそッ、洋菓子ならカヌレとかマカロンとかサランボとかで元と勝負出来たのに」
「サランボ?」
「皮をキャラメリゼ(砂糖を火で焦がす技法)したシュークリームだよ。それをプチシューにしてカスタードクリームにチェリーリキュールを混ぜれば丁度花見の大茶会の良い茶菓子になったんだけど。何か変わったアイデア出ないかな」
その時、後ろから、
「わッ!」
と大声が響いた。ぎょっとして二人は振り返るとそこには「ビックリした?イエイ、大成功!」とピースサインを出す畔田長月が立っていた。胸のジッパーには藤の花のチャームが揺れている。
「驚かすなよ、クロ」
「あはは、ゴメンゴメン。何か朝っぱらから辛気くさい顔していたからさ」
「ほっといてくれ」
「不機嫌だね。ではその原因を私が占って進ぜよう」
「別にいいよ」
「いいからいいから。今なら無料だよ」
「金取るつもりだったのかよ!」
「ほいほい、始めるから静かにして」
長月は半ば強引に制服のポケットの中からタロットの大アルカナの二十一枚のカードを取り出して呪文を唱え始めた。
「黄金の女神アウレアの名において………」
「おい、前の何ちゃらという女神と違うぞ」
相変わらず厨二病全開の長月に吉継は突っ込んだ。
「黙って、集中してんだから。アウラアウラアウクシリア、幸い給え、導き給え~」
長月は左目を前髪で隠した真顔でタロットカードをシャッフルしてそこから二枚抜いた。二枚で複合的に占うのが長月のスタイルである。
「はい、出たよ。一枚目は『恋人』の逆位置、二枚目が『隠者』の逆位置だね」
太陽の下に天使が翼を広げ、その翼の下には男女が二人立っている「THE LOVERS」と、暗がりにランプを照らすマントを着た老人が立つ「THE HERMIT」のカードが共に上下逆さまになっていた。
「恋人の逆位置はね、浮気とか、選べずフラフラとあちこちに目移りするとか」
「ハハ、当たってるねえ、ヨシ」
秀晶が和菓子選びで苦悩する吉継の様子を思い返して苦笑した。
「それと隠者は………」
長月がタロットの意味を説明しようとすると突然吉継がふと何かを思い出したのか「あーッ!」と叫んで長月の顔を指さした。
「な、何よ、ヨシ?途中で」
「クロ、お前がいたよ!そうだそうだ、すっかり忘れてけどすげえ戦力がいたじゃんか」
喜び勇んで吉継は長月の肩を掴んだ。
「え、何、ヨシ?長月がどうかしたの?」
秀晶が不思議そうな顔で聞いた。
吉継はしたり顔を向けた。
「クロはこんな痛いヤツに見えても昔からお茶習っててさ、茶菓子についても結構詳しいんだ!クロ、頼む、俺達に力を貸してくれ。いや、もちろん貸してくれるよな、親友だろ」
吉継はブンブンと長月を揺すった。
「それってまさか元と汐恩の茶屋比べの事?」
その腕から逃れた長月は目を逸らせて聞き直した。
「そうだ。他流派でもお前が味方してくれれば百人力だからな」
「へえ、長月ってお茶ならってたの。人は見かけによらないね」
意外そうに秀晶が目を大きく見開いた。
「ちょっと、二人してさっきから失礼ね。でも悪いけど今回は無理」
「何でだよ、中立か?」
茶屋比べは必ずしもどちらかに味方しなければならない訳ではない。中立という立場で傍観する選択肢もクラスにはあった。
「………そうじゃないよ」
カードをポケットに戻すと長月はごにょごにょ言葉を濁した。
するとここで、
「長月!今日の放課後また松野屋さんに行くわよ。もうそろそろアンタの考えたお菓子完成に近付いたみたいだから」
と元が長月の右腕をがっしり取った。
その様子に吉継の顔から一気に血の気がさあっと失せた。
「クロ、お前、まさか………」
「あれえ、コバ、どうしたの?もしかして長月勧誘しようとしてたの~。プププ、遅いよ~」
最高に悪い笑顔を浮かべて元は吉継を見た。
「クロ、お前、何で元に付いてんだよ!!」
「だってしょうがないよ。茶屋比べの事なんて知らなかったし、ずっと前から和菓子作りに協力してって頼まれただけだからさ。それにヨシは私の方に来てくれると思ってたもん。ヨシこそなんで汐恩を助けるの」
「それは、まあ、勢いで」
「コバ君、きっかけはどうであれ、しっかり仕事はこなして頂きますからね」
元の背後から今度は汐恩が長い黒髪をかき分けて口を出した。
「ふん、松平さん、ご自身では何もお出来にならないから畔田さんを担いで茶を点てて頂く算段ですか。大将気分で随分ご立派ですこと」
「何さ、自分に力が無ければ助けてもらえばいいのよ。それに長月は私の大事な友達でもあるからね。チームを組んで戦えばアンタなんてイチコロよ。悔しかったらアンタも人数を集めてみなさいよ」
向かい合って元は挑発した。
しかし汐恩は冷静に断じた。
「例え万人が挑んでこようとも細川は必ず勝ちます。仮に単騎となろうが私は屈しませんわ。それより畔田さん、貴女が松平さんの茶席で亭主をお努めになられるんでしょう。私、貴女の流派には特に負けるつもりはございませんのでお覚悟を」
凍るような冷たい視線が長月に注がれた。
ヒッと長月は蛇に睨まれた蛙のように怯えて吉継の背中に隠れた。
「それと、コバ君、晶さん、お店がお休みの水曜の放課後拙宅へおいで下さいな。車でお迎え致しますからそこで具体的な作戦を練りましょう。では失礼」
用件を伝えるだけ伝えるとさっさと汐恩は席へ戻っていった。
「ね、ヨシ、悪いことは言わないからさ、こっちに鞍替えしなよ。汐恩のトコじゃ人数的に勝てないってば」
長月が吉継の制服の裾を引っ張った。
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