咲良は有楽と呼ばれる事は好んでも源五と言われるのを最も嫌っていた上、伊知花のサバゲーチームにも属していて、木に登って潜む身軽なエーススナイパーとして重宝されていた。
普段おっとりしている咲良からは想像出来ない分敏捷で逆上するとかなり怖い。
「ああ、すまんすまん、ついな」
吉継は冷や汗をかいて謝った。咲良は手を引っ込めて語った。
「私は茶道しないから分からないけど、織部の茶会の不作法を有楽は笑って許してあげたって話なら聞いてる~。だから私は織部流習ってる長月ちゃんとも仲良しなんだよね~」
「へえ、そうなんだ」
納得した秀晶がここで吉継へ向いた。
「有楽と三斎って仲良かったんだね。利休七哲でも弟子同士だからライバル関係にあるかと思ってたよ」
「三斎は有楽の茶会にもよく参加してた資料が残されているからな」
「じゃ、三斎と織部の間柄はどうだったの?険悪だったとか」
「うーん、それは色々混じってる」
「混じる?」
「三斎は利休の作法をそのまま継承した。反対に織部はそれを壊して自分なりの茶の点て方を作り上げた。それを三斎は良しとしなかった。井戸茶碗をわざと割ってそれをつなぎ合わせて楽しむなんてのは三斎からすれば邪道だったろう。人工的に作られたのが織部の茶なら自然のままである事が三斎流だ。でも師匠の利休は織部の茶を持て囃したし、利休の死後天下の茶頭に選ばれたのも織部だ。大名としての石高は細川の方が上でも茶道では織部の方が格上になった。三斎からすれば納得出来なかったに違いない。昔の下手より劣ると織部の茶を痛烈に批判してるしな」
「あれ、じゃあ仲悪かったんじゃ?」
「ところがそうでもない。利休追放の時、川辺まで見送りに来てたのはその二人だったし、織部は三斎の筆頭家老松井康之を通してよく交流があった。三斎の頂き物に対する丁寧な返書も残っている。三斎の方も織部と仲違いしていた桑山貞晴との間を取り持ったりしてるし、扱き下ろしている割りに意外と仲良かったんだよ」
「それはいいけどさ、コバ。今日集まったのって具体的に何するのよ?」
伊知花が痺れを切らして問い質してきた。
吉継は汐恩に振り向いた。
「ここのチームリーダーは汐恩だ。議題は汐恩が進めてくれ」
「あ、はい」
汐恩はノートを取り出して要点を纏め始めた。
「えっと、今日お集まり頂いた方には、先ず始めに全国の有名処の茶菓子を召し上がって頂いて、それから私達のオリジナル茶菓子のアイデアを出して頂きたいと思います。第二に茶屋のレイアウトや茶道具の選定、それから仲間集めについて話し合いたいと思います。『水屋仕事』は全て大人の方が担って頂けそうなのですが、『お運び』の人数もある程度は必要となって参りますので」
大茶会は大勢のお客が押し寄せるため亭主が全員のお茶を点てるのではなく、裏の水屋で手伝いの人間が点てたり、茶碗を洗ったり、茶筅を清める。そしてお運びは名の通り客に点てた茶と菓子を運ぶ接待役である。
「あ、汐恩、順番逆になるけどちょっといい?」
伊知花が手を挙げた。
「はい?何でしょう。伊知花さん」
「『伊知花』で良いってば。私も汐恩って呼び捨ててるんだから」
「あ、いえ、それは私と致しましては………」
困り果てて口籠もった汐恩はチラリと吉継に助け船を求めた。
吉継は仕方ないなという顔で代弁した。
「伊知花、お前な、汐恩はこれでも頑張ってるんだ。晶だって前から晶さんなんだから察しろよ」
「そっか」
「はい。それでご勘弁頂ければ」
「ま、細川家のご令嬢が呼び捨てってのも変か。じゃあそれでいいや。それより仲間集めの事なんだけど、私達以外で好感触の女子っていた?」
「それが、その、まだ見当が付かないのです。晶さんとも昨日LINEで遣り取りしていたのですが、元さんの所に集まっているのは亭主の長月さん以外には、副島正沙子さん、加藤佳乃さん、山内美豊さん、東堂孝奈さん、浅野幸梅さんの計七名だとだけまでしか判明出来なくて」
汐恩は伊知花に分かりやすいよう元派と汐恩派の名前をノートに分けて書いた。
「ふむ、七人か、あっちはしっかり人数固めてきてるね。愛輝と近子は?あと吉美」
するとここで秀晶が汐恩から鉛筆を取って金森近子を遠くに書いた。
「愛輝は不明だけど近子は中立で手伝いにはいかないみたい。こっちにも来ないけど」
「近子か。あいつ積極的に人に関わるタイプじゃないから無理ないか」
次に吉継が別のペンを取り、元と汐恩の中間に田中吉美の名前を書き入れた。
「郷太情報じゃ吉美は絶賛迷い中だそうだ。恨まれないように中立で何もしないのも茶屋比べの権利の一つだから吉美も近子みたいになる可能性はある」
「コバ、男子はどうなってんのよ?」
「あー、一応全員に声を掛けたんだけどな、どうやら一致団結して両陣営には出向かないらしい」
「はあ?何それ?」
「元にも汐恩にも嫌われたくないんだってさ」
「えー、チキンばっか!こういう時マジに男子って頼りにならないわね」
「そう責めるな。ただ投票には全員参加するってよ。予想じゃ三大と左人志は間違いなくこっちを支持する。修と盛期も汐恩派だな。行人、重成、ヅカ(義博)、郷汰、新、秀之、広樹、恵太、英治、正也はどっち付かずだけど、新と広樹と英治は普段から親しい元に入れるかもな。男子は俺と三大と左人志以外は全員浮動票だと思えばいい。茶屋や茶菓子の出来で全部こっちに票が流れてくる事も考えられる」
「男子中立か。味方に引き込もうとすると結構高度なミッションだなあ。女子は最低愛輝と吉美はこっちに付けないと。うーん、どう攻略すべきか」
伊知花は腕を組んで暫く考えるとはたと何かを思い付いたのか、自分のスマホを取り出して廊下へ出た。どうも誰かに電話を掛けているようでボソボソ低い声が流れてきた。
そうして五分くらい経ってから伊知花が部屋に笑顔で戻ってきた。
「やったよ、増員に成功!愛輝と吉美今日は無理だけどこっちに手伝いに来てくれるってさ。近子は三日前からなら手伝えるみたい」
「本当ですか!どうやって?」
汐恩は酷く驚いた顔で伊知花に尋ねた。
「愛輝は私の友達だから説得した。吉美は今日出る銘菓を自分の分確保しておいてくれるならって条件で乗ってきた。近子はいつかコバの手作り弁当食べたいって」
「吉美、近子軽ッ!でもそれ買収だよな」
「甘いわね、コバ。正攻法だけで勝負に勝てると思ってんの?情報戦を制した者が勝利を得る。卑怯と罵られようが最後に戦場に生き残った者が強いのよ」
「サバゲーやってんじゃねえんだぞ………」
「いいのよ。向こうだって松野屋さんの菓子に釣られて参加してる子もいるんだしイーブンでしょ。それに私は勝ちたい。遊びだからこそ全力で勝ちに行きたいのよ。汐恩は勝ちたくないの?」
「それは、もちろん勝ちたいです」
「なら文句は無し。それともう一つ手を打った」
「何ですか?」
「孝奈を寝返らせた」
「ええッ?」
汐恩は心底驚愕した声を上げた。
「それは孝奈さんが元さんの所からこちらへ鞍替えをするという意味ですか!?」
「ううん、寝返りとは少し違うかな。要するにスパイ」
「スパイ?」
「元のトコの情報をこっちにリークしてもらうのよ。そうするとあっちと比較して作戦も立てやすいでしょ。長月の茶会記だって全部埋まってる訳じゃないしさ」
「し、しかしそれはあまりにも」
「ズルイとかは無しね、汐恩。孝奈は強引に元の方へ引っ張られた。でも本当はこっちへ来たかったって。でも今更移るのも難しいって漏らしてた。だから汐恩に協力したいってさ。何度も汐恩にテスト勉強教えてもらったからその借りを返したいみたいだよ。その気持ちはありがたく受け取ったら?」
「ふむ、そいういう正当の理由なら断る必要も無いんじゃねえ?」
「コバ君」
「正直相手の情報が入ってくれると助かる。クロはこういう時は口が固いから絶対に教えてくれないし。これで女子の数は互角か。人数はこれで何とかなりそうか、汐恩?」
「ええ、充分過ぎます。しかし伊知花さんにこんな能力がお有りになったとは」
「能力って、あはは、普通に友達付き合いしてるだけなんだけどね」
「私はそういうのが不得手なので素晴らしいと思います」
ここで秀晶がニヤリと汐恩へ薄ら笑いを向けた。
「伊知花も立派な価値あるでしょ、汐恩?」
汐恩はパッと顔を赤くし口籠もった。
「晶さん、虐めないで下さい。反省してるんですから」
「おい、それより、汐恩、お運びの役目って作法とか意外と大変なんだろ?早く練習させないとまずいんじゃないのか?」
「あ、コバ君、それは大丈夫だよ~」
咲良がのんびり口調で言及した。
「コバ君が休んでた時、一度お茶の先生が家庭科の授業に来て教わった事あるから~。細かい所は汐恩ちゃんに指導してもらえばいいと思う~」
「そうなのか、汐恩?」
「はい。それと半東(はんとう)についてなんですけど、晶さんに務めて頂ければ有り難いのですが」
「半東って何?」
秀晶が聞いた。
「亭主のサポートです。一般のお客様へは水屋からお運びの方が茶と茶菓子をお配り致しますが、正客などの来賓の方へは私の側で半東がその役を担います」
「何か難しそうだね。私に出来るかな」
「茶道具などの説明は全て私が致しますから、タイミングを見計らい茶菓子と茶を出して下されば結構です。但し、亭主と半東は阿吽の呼吸が必要になりますので親友の晶さんにお願いしたいと」
策士の笑みをニッコリ浮かべて役を頼む汐恩に秀晶は、親友と言われた手前もあって、
「分かったわよ。やる」
と背筋を伸ばして引き受けた。
「じゃ、次の議題は茶屋のレイアウトだね~。汐恩ちゃん、茶室って何か制約あるの~?」
「制約ですか?そうですね」
咲良の問いに汐恩は机の引き出しから茶室を作る団体に配布される注意書きを取り出して全員に見せた。そこには金銭的な制限はないものの、文化庁管轄の土地のため、土地に大きな穴を開ける、もしくは地面に杭などを打ち込んではいけない、火気は厳禁(電気風炉使用)との項目がズラズラと並んでいた。
「畳は私の父が古畳を集めて畳表と縁だけ張り替えたリサイクル品を大量に作りましたからそれを主催者にあらかじめ申請すれば五畳まで貸してもらえます。畳の下はマットないし木の板を敷くというのが原則です」
ここで秀晶が謎だらけの顔で問い掛けた。
「あれ?今回の元との勝負って確か、茶菓子三百人分を制限時間内にどっちが残らず捌ききれるかだよね。五畳じゃ回転率悪くない?」
「その辺りはもちろん考えております。勝負の時間は朝の十時から夕方四時までの六時間。多くのお客様にお茶と菓子を堪能して頂くには非毛氈(ひもうせん・緋色のフェルト布)を掛けた縁台が六脚必要となります」
「一般客と来賓客で畳か縁台か分けるって意味?」
「そうです。私のお茶の先生の梅町先生を筆頭に他流派の方々や県知事もお見えになりますのでそういうお歴々には私が直に茶を点てますが、一般のお客様には水家で点てたお茶をここの皆さんで運んで頂きます。テントの水屋は中が見えないように幔幕(まんまく)で覆います」
「茶屋の壁は?」
「直ぐに取り外しが出来るものなら構わないそうです。ただし屋根までは取り付けてはいけない決まりはあります。雨天の場合は集会場とか、ふれあいセンターとかの空いている場所を確保するので屋根は不要との事です。ちなみに私達の流派では野点の場合大抵に九曜紋が染め抜かれた幕をぐるりと張り巡らせます」
「ふーん、なるほどね。なら長月達はどうしてるんだろ」
「晶ちゃん、それは伊知花ちゃんに任せて~。伊知花ちゃん、向こうのレイアウト情報分かる~?」
「お、ちょっと待っててね、咲良」
伊知花は孝奈にLINEで情報求むとメッセージを送った。すると間もなく孝奈から写真が送られてきた。
それはどこかの工場の画像で、職人が作業している光景が撮られていた。
その中の何枚かにレイアウト情報が載せられていた。見ると二メートル程の高さの衝立となった木の板にどこかの茶室の内部をパノラマで撮影した巨大なシートを三つに分けて貼り付けたものであった。
向かって右手の衝立には下地窓、正面の衝立には右手に下地窓と正面奥には色紙窓、そして左の衝立には墨跡窓の付いた床が見え、窓が多い茶室は写真ながらとても明るく見えた。
「この茶室は燕庵(えんなん)だ!うーん、クロめ、そう来たか」
吉継はその細工の出来映えに思わず唸った。
「燕庵って何、ヨシ?」
「ああ、京都にある織部が考案した茶室だよ。昔の茶室は火事で焼けたから今残っているのは写しだけどな。でも織部好みが出ている茶室なのには違いないんだ」
「それを原寸大の写真にして貼り付けてあるの?」
「そうそう、ほら。クロの家って建設業って言ったろ。多分親父さんが協力してるんだと思う。その板を三方に囲えば安普請だけど丁度燕庵で茶を飲んでる雰囲気が味わえる。これなら手間も掛からないから簡単に設置出来るし。やるなあ、クロ」
「敵に感心している場合ではありませんわよ。私達も策を練らないといけません」
「じゃあ、汐恩ちの松向軒の写真撮って同じようにする?」
秀晶が提案すると、汐恩は頭を横に振った。
「同じ様式では差が付きません。こちらは全く別の方面から考えませんと」
「汐恩ちゃん~」
咲良がいつの間にか持参していたスケッチブックと色鉛筆をテーブルに出して声を掛けた。
「はい?」
「汐恩ちゃんはどういうイメージの茶室にしたいの~?さっき言ってたこういうの~?」
サラサラと咲良は瞬く間に三斎流の野点の様子を想像してラフスケッチを描き上げた。
「何とまあ、絵、上手ですのね、咲良さん!凄いです!!」
スケッチブックを持ち上げて汐恩はその画力に異常なほど感動した。
「ふふん、咲良は漫画家志望だからね。背景画なんてチョチョイノチョイだよ」
親友の伊知花が自慢げに胸を張った。すると咲良はスケッチブックを返してもらい、くまモンが正座してる前でデフォルメされた汐恩が茶を点てている様子を色鉛筆で描いた。
「漫画チックにすると汐恩ちゃんはこんな感じだけどね~」
ピリピリと紙を剥ぎ取って咲良はそれを汐恩に手渡した。
「わあ、私がくまモンにお茶点ててます!こ、これ頂いてもよろしいかしら。額に入れてこの部屋に飾りたいのですけど」
スケッチブックから切り取られた絵をいつまでも興奮して眺めている汐恩に吉継が咳払いをした。
「汐恩、本筋に戻れ。話はレイアウトだ」
「あ、いけません。失念しておりましたわ」
絵を引き出しに片付けて汐恩は次いで会場の図面を広げた。
「元さん達の茶屋と私達の茶屋は幸いにもかなりの距離があります。元さん達は笹尾山の駐車場の一角、私達は陣場野公園の北東側になります」
汐恩がぐるりとペンでその場所を囲むと秀晶が様子を思い出して語った。
「あそこ北側に数少ない桜の木があるよね。茶屋の場所ってクジ引きで決めたんだっけ?メイン会場のふれあいセンターの近くでもあるから人も多いし、汐恩、良い場所引き当てたねー」
「はい、そういう意味では一歩リードしています」
「………おい、汐恩」
吉継が汐恩の左袖をクイと引っ張り耳元で囁いた。
「お前、まさかそのクジ、またインチキしたんじゃないだろうな?」
すると汐恩は軽く首を傾けて笑顔で即答した。
「何のお話ですか?私には分かりかねますが」
(こいつ、やっぱり裏で仕込みやがったな)
吉継は渋い顔を作ったが、この件については黙認する事にした。
「で、汐恩ちゃんの茶屋のイメージってどういうの~?」
スマホの画像検索でその場所の写真を見ながら咲良は色鉛筆をクルクルと手で回していた。
「そうですね。私の流派は三斎流ですが、今回は茶碗や花入れや着物をガラシャに合わせてあるので茶屋もそれに準じた造りにしたいと考えています」
「スペイン的な~?赤い幕張って闘牛の絵入れるとか、衣装もフラメンコ的な?」
パパっと仕上げられたカオスなラフスケッチを見せられて汐恩は困惑した。
「いえ、そういう派手な感じではなく、もっと自然な感じで。元さん達が人工的なら逆にナチュラルな感じも取り入れつつ、というイメージで」
「ふんふん、じゃあ、こんな感じ~?」
と見せられた絵は周りが密林になっていた。呆れた吉継は言った。
「咲良、お前もサバゲーから離れろ。そして真面目にやれ」
ここで秀晶が提言した。
「じゃあさ、それこそピンクのカーネーション鉢周りに一杯飾ったら?」
「いえ、晶さん、花は一つでお願いします。あまり多過ぎると却って煩わしくなってしまいますので」
「ピンクカーネーション?」
伊知花が不思議そうにその単語に触れた。
秀晶は昨日のひすとり庵の時の花束写真を見せた。
「伊知花達にはまだ話してなかったっけ。花はピンクのカーネーションに決まったんだよ。桜の代わりにこれ」
「へえ、マミーピンクだね。でも茶会にはちょっと色きつすぎない?」
「ほ、伊知花、お前花詳しいのか!?」
「何よ、コバ、鳩がBB弾食らったようなその変な顔は?」
「こら、その発言は大炎上するから止めろ!」
「それより銃好き女子が花好きならいけない訳?私だって一応乙女なんだからね」
「その武装で乙女って強調されてもよ」
「コバ君、外見や服装で人を判断してはいけません。伊知花さんは素晴らしい方です。持久走とか器械体操とかも上手ですし」
「ほらー、コバ。私、汐恩に褒められてるぞ」
ベエと舌を出す伊知花に吉継は、体育しか評価されてねえとツッコミたかったが止めた。
「それはそうと、伊知花さん。このカーネーションではいけないのでしょうか?」
「そうだね。桜の代わりっていうならもっとピンク抑えた方がよくない?ここらへんの桜はもっと白に近いからこのベビーピンクの方が似合うと思うけど」
伊知花はスマホで薄い桜色の画像を見せた。
「あら、本当にこの方が色が薄目で落ち着いていますわね」
「でしょ?亭主の汐恩が主役なら花はこれくらい控え目にした方がいいよ」
「伊知花さん、私ともっとお友達になりましょう!」
いきなりグッと汐恩は目を輝かせて伊知花の手を握った。
「へッ?」
「貴女は本当に素晴らしい審美眼をお持ちになっていると思います。是非今度私のお茶の先生に紹介したいですわ。何でしたら私と一緒に三斎流を習いませんか?」
「わ、私はそういうのはいいよ」
「いいえ、そう仰らずに是非!」
「コバ、ちょっと笑ってないで助けなさいよ」
「汐恩、落ち着け。また脱線してるぞ。友達増えて嬉しいのは分かるけど咲良がスケッチ待ち構えてるから」
「ああ、これは失礼を。皆さん、他に何かご意見はございますか?茶道具についてでも結構ですので」
しかし、ガラシャらしくという漠然とした枠であり、これというアイデアがポンと出るわけではない。全員がうーんと腕を組んで考えたまま暫く沈黙に固まってしまった。
「なあ、汐恩、これは一応保留にしておいてそろそろ茶菓子の試食をしようぜ。茶菓子が出来れば茶屋のアイデアも出るかもしれないし」
吉継が提案すると皆は揃って「賛成!」と手を挙げた。
この食いしん坊どもめ、と笑いながら吉継は隣のテーブルに用意してある全国の銘菓を運んできた。
「汐恩は薄茶を点ててくれるんだろ?」
「はい、簡易なので今回は水屋のようにポットのお湯を使います」
汐恩は五人分の茶碗と、盆にお茶のセットを持ってきていた。
「じゃあ、もう人数分点て始めてくれ。俺は菓子を切り分ける。山ほどあるから一つを少しずつ切って食べないと直ぐに腹が膨れるからな」
「大丈夫だよ、コバ。私も咲良もこのために朝ご飯抜いてきたからバッチコイだよ。でもよくこんなに菓子が集まったね」
「今度の茶会で販売する全国の菓子店舗が主催者である父の元にサンプルとして沢山送ってきたんです。これでもまだ一部なんですよ」
汐恩は器用に茶筅を扱いながら明かした。
皆の視線はカラフルな菓子の包みに釘付けになった。
戦国大名に関した「麩の焼き」や「松風」を始め、他に鹿児島明石屋の「軽羹(かるかん)」、愛媛県一六本舗の「一六タルト」、山口県御堀堂の「外郎」、島根県三松堂の「鯉の里」、大阪府小島屋の「けし餅」、秋田県榮太郎の「さなづら」等々が机一杯に並んでいる様子は圧巻であった。
「あ、忘れてた~。私のお母さんから、これみんなで食べなさいって~」
咲良が鞄から菓子箱を取り出して吉継に渡した。
包み紙を開けると中には「有楽窓」と書かれた包み紙が見えた。
「これ犬山の若松屋阡壱(せんいち)さんの銘菓なの~。薄く焼いてあるお菓子だから何枚でも食べれるよ~。私の家の常備菓子なの~」
「ほう。じゃ、折角だからこれから食べようか」
薄茶をたっぷり点てた汐恩もテーブルについて全員で試食会が始まった。
「あ、この有楽窓、見た目硬いと思ったら結構しっとりしてるね。生地に練り込んであるの小豆と、桃かな?この香りは」
有楽の茶室「如庵」の細い丸竹を感覚無く並べた窓をモチーフにした菓子を口にした秀晶が早速感想を述べた。
「さすが晶ちゃん~。そうそう、桃の果肉が入ってるんだ~。美味しいでしょ~?コバ君はどう~?」
「果物の香りって面白いな。汐恩はどうだ?」
「そうですわね。よく考えられているお菓子だと思います。しかし、私が有楽の茶菓子を食べる日が来ようとは夢にも思いませんでしたけど」
「ま、三斎流には加勢以多があるからな。じゃ、一旦薄茶で口をリセットしてから次々と同じように食べていこうか」
吉継は菓子の袋を開けては黒文字で菓子を切って皆に配った。
そしてそれを食べては薄茶を飲んでまた食べて茶を飲んでの繰り返しとなった。
「うっぷ、もうギブアップ。入らない」
全部食べ終わった直後に伊知花が苦しそうに口を押さえた。
「あのな、だから細かく切ったんだ。それをお前は欲を張って一個ずつ食うからだぞ。自業自得だ!」
吉継はゴロンと寝転ぶ伊知花に呆れてから汐恩に向いた。
「どうだ、何か気に入ったのあったか?」
「個人的には山葡萄を寒天で固めた『さなづら』が美味しかったです。素朴な葡萄の風味が好印象ですね」
「晶は?」
「うーん、甲乙付けがたいけど、好きなのはこしあんがカステラ生地でのの字に巻いてある『一六タルト』かな。タルトじゃなくロールケーキじゃんってツッコミ所満載だけど、柚子の香りもしてて美味しかった。あれでバター使ってないのは凄いよ」
「そうだな。江戸時代、松山藩主・松平定行が、長崎へ出向いた際に南蛮菓子に出会ったのが始まりだ。元々は餡子じゃなくてジャムだったらしいけど愛媛じゃ知らない人間はいないくらい有名な和菓子なんだ。ちなみに咲良は有楽窓以外で………」
「あに(何)?」
「お前、ちっちゃいくせに大食漢な」
まだ一人モグモグ口に和菓子を詰め込んでいる強者の咲良に吉継は二の句が継げなかった。
「あー、食べた~!敵さんのお菓子も中々美味しいねえ~」
「何だ、元のトコの勝栗ORIBE食べてたのか」
マリアが気を利かせて以前の残った織部饅頭を冷凍保存していたのを解凍して今日の試食会にも出していたのである。
「ラム酒使ってるのは面白いと思うよ~。伊知花ちゃんはこのお菓子苦手だけど」
「あれ、そうなのか、伊知花?」
横を向いて伊知花は超渋い顔で答えた。
「私ラム酒は臭いから嫌い。佳乃も美豊も苦手だよ」
「は?あいつら元に付いてるんだろ?」
「義理じゃない?多分試食とか地獄だと思う。無理して食べてるの想像できる」
「ああ、そういえば男子もラム苦手なの何人かいたな」
「ヨシ、それって投票するとき私達にとって有利じゃない?茶屋の評価とは別だけどラム嫌いならあっちには多分票入れないでしょ?だったらこっちはラム使わなければいいんだしさ」
すると全員の視線が秀晶に集まった。
「な、何?」
「晶、お前すげえ欠点に気付いたな。そうだよ、ラム嫌いの奴はあっちには投票しないんだ!」
「確かに、晶さんの仰る通り、ラム酒の香りは子供には強いですものね」
汐恩もなるほどと感心しながら議題を進行した。
「ではそういう事を踏まえて私達のオリジナル菓子を考案していきましょう。コバ君は何かありますか?」
「うーん、ラムが臭いと言っても香りがあった方がやっぱり印象が強くなるかな。ほら、晶も一六タルトで柚子の香りがって言ってたろ。香り付けはラム以外で何か使えたらいいんだけど、リキュールって種類多いし、使い方間違えると元達と同じになっちまうし」
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