考えてみれば相手はもはや武将でもなく単なる二色鉛筆なのである。ちゃんちゃら可笑しいと再考した吉継は投げた帽子を被り直してポカリのフタを開けながら問い掛けた。
「それでお前は鉛筆のまま松尾山に居座る気か」
「まさか。吾も好きでここにおるのではない。尸者を卒業し夢を叶えたい」
グループ抜けるアイドルか、とツッコもうとしたが我慢した。
「夢?」
「むろん成仏じゃ」
「ああ」
「ゲームに一年中興じるのもいいが」
「引きニートのセリフだぞ、それ。さっさとあの世へ行けばいいだろ」
「成仏の手段が分かればかように苦労はしておらぬ。高名な陰陽師や神官ですら吾を祓えぬよってな」
「成仏ねえ。誰かを恨んでいるとかじゃないんだろ」
靴裏を叩き鳴らしながら吉継は頬を掻いた。
「それは悪霊じゃ。悪霊は尸者にはなれぬ」
「他に思い付くのは………そうだな、心残りを解消すれば満足して消えるってのが普通じゃないのか」
「未練を断ち切る、うむ、左様、きっとそれが申し分ない一番の近道ではあろう」
その質問に相槌を打った金吾であるが、すぐ否定した。
「じゃが、吾のそれは容易に叶うまい」
「どうしてさ」
「小早川秀秋は裏切り者、この汚名がそそがれる大事こそ我が魂の悲願。そうとなれば吾は逸早く天へ昇るであろう。じゃが夢のまた夢。石田治部、大谷刑部が世に認められるにつけ逆に吾の名は地に落ちていくばかりじゃ。あの悪夢の九月十五日のせいでな」
「でも最近、謀反人と見なされてきた明智光秀が再評価されているってニュースでやってたぞ。お前だって、その内」
「ハハハ、童、おぬし、吾を嫌いではなかったのか」
「か、勘違いするなよ、関ヶ原の時の小早川秀秋はずっと嫌いだ。でも鉛筆如きに喧嘩売っても何か格好悪いし」
「童、おぬし………」
吉継は顔を背けてドリンクを一気に飲んだ。
「ツンデレというやつか」
ブハッと噴いた。
「ツンもデレもねぇよ!何なんだよ、お前は一体」
凄みながら鉛筆に顔を寄せた。金吾は事もなげに一笑した。
「個人的にはクーデレが良いな」
「あ・の・な、てめえの女の好みなんかどうでも良い訳!それより成仏の方法!何百年も遊んでばっかいたんじゃねえだろ」
「あの世の仕組みは、ある程度情報を掴んだが複雑すぎてな。考えた所でどうにもならぬ。ならば行動あるのみとある時悟った」
チーンと閃き音を発声する金吾に吉継は言った。
「具体的には何を悟ったって?」
「人助け」
「は?」
「じゃから困っている人間を助ける。吾が成仏出来ぬ理由が悪行なら、真逆の善行を行えばよいのではないかとの結論に達した」
「人助け、ね」
これはまた大きな括りだな、と吉継は苦虫を噛み潰した顔で考えた。
医師や救命救急士、消防士に警察官や救助隊、視野を広げれば弁護士や教師でもその範疇に入るし、介護福祉またはNPOの活動や各種ボランティアも広義では人助けになる。
「そういうのは役場とか国の仕事じゃねえの?」
「かように大仰な事業ではない。個人的な小さな悩みでもよい。吾の助力でその者が救われるならいつか吾も報われるのではないかと、な」
「実践してみたのか」
「尸者となっている吾は器の性質上直に手助け出来ぬ。ゆえに暫くの間体を貸してくれる依巫の存在が必要なのじゃ」
「おいおい、それ人間にお前が憑依するって意味だろ」
「長くとも半時程な。依巫は神降ろしの容れ物ゆえ死霊は居続けられぬ」
「でもよ、よくそんな神様の器に死霊が入れるな。結界みたいなのは無いのか」
「悪霊や浮遊霊でもないからの。尸者には依巫への神憑りが容認される。その場合を霊依(たまより)という。依巫は神の容れ物でもあるが同時に尸者の仮の容れ物でもある。人の肉体を使えば叶えやすい望みの割合も高くなる。彼岸行きを願う霊には心強い限りじゃ」
「そうか?ホラーとかだと浮遊霊も悪霊も直接人間に憑くぞ」
祟り物やゾンビ映画を思い返して吉継は付言した。
金吾は肯定の頭をグニャリと振った。
「確かに左様な事例もあるが、強引な憑依を行えば悪事を重ねる羽目となりより深い闇に堕ちる。浮遊霊であった時は吾も望めば一刻で世界のあらゆる所へ移動出来たが、この鉛筆に憑いてからというものもはや依巫を中心としてしか動けぬようになってしもうた」
不自由な進歩と自由な退化。確かにあの世は複雑らしく、霊の世界も存外ややこしいんだなと吉継は思った。
「それでも善根を積めればその不自由とて不自由でない。かつての三人の主は吾の申し出を快く協力してくれたぞ」
「………ん?ちょっと待て。それは危険なのか」
「何故じゃ」
「人助け自体はよい行いだろ。なのに三人ともお前から離れたってのは何か妙だぞ」
ギクリと鉛筆が動揺した。
「金吾、お前、何か隠しているだろ」
吉継は急変した雰囲気に追求した。
「………別に」
「嘘付け。モロバレだ。まさか、持ち主の命を奪ったとかじゃないだろうな、もしくは大怪我させたとか」
「阿呆を申せ。吾の話を聞いておったのか、相手は神に選ばれた聖なる者じゃぞ。悪さをすれば余計に成仏から遠のくわい。人助けも、例えれば、紛失物を探したり、子猫の里親捜しといった程度。離れたのはおなごらの吾への関心が薄れた、それが原因じゃ」
「ふーーーん」
怪しげに吉継は金吾に視線をやった。
「ま、いいや。で、お前はまた別の場所で新しい依巫を探すのか」
「否、依巫なら既に見つけた」
「へー、そりゃよかったな」
新たな人物が発見出来たというなら話もこれで終わりらしい。吉継は思いきり背伸びをし、帰宅した後のスケジュールを思い浮かべた。夏休みでも吉継の家は忙しい自営業で手伝いが待っている。今は収入が増える絶好のアルバイト期間でもある。こんな所でいつまでも霊の相手をしている暇はない。
じゃ頑張れよ、と掌を鉛筆に向けてその場を去ろうとした。
その時である。
「こら、童、おぬし、何を他人事みたいな顔をしておる」
帰りの足を鉛筆に止められた。
「あ?」
「今申したであろう。依巫を見出したと」
「そうだな、だから頑張れと」
「新たな依巫は今吾の目の前におる」
「どこに?」
「おぬしの他に誰がおる、童」
「………は?なんでそういう話になってるんだ」
突拍子もない展開に吉継は耳を疑った。金吾は言った。
「正直な、おぬしと会話して驚いた。これ程高感応の逸材に出会うとはまさしく天助。おぬしこそ吾が待ち望んでおった真の神降ろしの依巫じゃ」
慌てて吉継は言い返した。
「待て待て、ああいう巫女みたいなのは女子って相場が決まってるんじゃないのか。漫画でも大抵そうだぞ」
「そうとは限らぬ。稀に覡(げき)と申して男の子(おのこ)が出現する場合がある。その時は一部の能力に極めて秀でている事例が少なくない」
「いやいやいやいや、俺にそんな力はないから。ただの小学生だから」
「ならばおぬし、途中から口を動かさずに話しておる己に気付いておるか?」
吉継ははっと口元を押さえた。
確かに喋ってない。
「それこそが神通力の精神感応、テレパシーじゃ」
「いいや、さすがにこれはお前の力だろ。俺はそんな」
「感応の疎通は片方のみでは成り立たぬ。神の力を降ろす特別な存在ゆえ尸者を御する依巫には様々な特徴がある。それが怪力であったり膨大な知識であったり。そうさのう、ちなみにおぬし、生まれは何月何日じゃ」
「十月十五日だけど」
今度は唐突に誕生日を尋ねられた。金吾は記憶を辿って情報を探り当てた。
「ほう、大御饌(おおみけのみまつり)の日か。ふむ、閻魔帳の記載では………童、もしやおぬし何か食物に関わっておらぬか、米野菜の栽培、もしくは煮炊きやら」
「あ、ああ。うちは『ひすとり庵』っていうカフェ&ダイニングをやってる」
「茶屋と、飯屋か?」
「注文によってはコースディナーも作るけどメインは居酒屋みたいなもんだ。朝から昼過ぎまでが喫茶店、夕方からは酒と食べ物」
「酒が出るのか」
「そりゃな」
「何の酒がある?」
「普通にビールとかウイスキーとかワインとか、日本酒、焼酎に、カクテル」
「………美味そうじゃ」
「ん?何か言ったか」
「いや、それよりおぬし自身が調理を致すのか?」
「そうだ。母さんは昔フランス料理のシェフだったからな。その母さんに仕込まれて定休日以外基本毎晩キッチンに立ってる」
「ほう、子供の料理を客に振る舞うとは恐れ入る」
「実際初めての時は驚かれるけどな。でも、味は母さんが最後にチェックしてくれるし問題は無いぞ」
「では客の反応は悪くはないのじゃな。ついでに尋ねるが初見でも馴染みでもマズイと貶された経験は一度でもあるか?」
「それは、無いな。そういえば」
振り返ってみると確かに味付けにクレームを付けられた記憶は皆無であった。むしろ吉継の料理を敢えて指定してくる客さえいる。しかしそれは子供が料理をする珍しさが要因だと思っていた。
「ははは、そうか、やはりおぬし御饌都神(みけつかみ)の神降ろしか。これは途轍もない依巫じゃ」
「ミケ?…ああ、もう、何だってんだよ!」
業を煮やした吉継は空のペットボトルを握り潰して問い詰めた。
金吾は吉継に着座を勧めて語った。
「最近の童が早成とはいえ、その齢で下拵えでなく料理人として店の厨房に立つ童はおらぬ。代金を払っているゆえ腕がよくなければ常連でも文句が出よう。しかしそうではない。訳がある」
「訳?」
「知りたいか」
「まあ、な」
「ならば吾の依巫になれ」
「断る!」
速攻で拒否した。
「何が悲しくて俺がお前の成仏を手伝わなきゃいけない。ざけんな!!」
一方的で勝手な言い草に溜まりかねて吉継はベンチを叩いた。ドンとの鈍い音が響いて枝に止まっていた小鳥が逃げた。
「何を気色ばんでおる。同じ小早川姓じゃろう」
助けて当然とばかりに金吾は言い募った。
その態度が余計吉継の癇に障った。
「何の血縁も無いわ!ヨリマシだかホイップマシマシだが知らんが勝手に別人を探せよ。もう俺につきまとうな」
「今さっき頑張れと励ましてくれたではないか。あれは偽りか」
「当事者になるなら応援はしない。それに人助けなんて面倒臭いし、店と友達以外他人には関わりたくない」
「何故じゃ」
この空気の読めない短い問いが逆鱗に触れた。
逆上した吉継は怒りの拳を振り回し、鉛筆を狙った。
「裏切り者呼ばわりされる小早川の、お前の忌まわしい名前のせいだよ!俺は目立たないようにひっそり暮らしたいの!これ以上俺を巻き込むな!」
「分かった分かった、もうよい」
ヒョイヒョイとパンチを避けながら金吾は見切りをつけた。
「そこまで拒まれては吾も諦める。無理難題を申して悪かった」
「そうしてくれ。じゃあな、もう俺は帰る」
吉継は立ち上がって足早に山道へ向かった。
「うむ、しかし惜しいのう。尸者の依巫となれば色々と便宜も図ってやれるのじゃが、例えば子供であれば勉学やテストなど難なくクリア出来るとか………」
金吾の囁きにピタリと歩みが止まった。
「テスト?」
吉継は小さく振り返った。
「吾は世界最高学府の英才ゆえ、いかなる科目も家庭教師として無料で教えてやれるのじゃが、おっと、独り言、独り言」
授業料不要の家庭教師!
ごくりと吉継の喉が鳴った。
店の手伝いの都合上塾には通っていないため成績に偏りがある。成績が上がれば小遣いもまた上がる約束なのだが、そこは上手くいっていないのが現状であった。だが、美しいバラにはトゲがある。美味しい話には裏がある。
こんな見え見えの勧誘に乗る程吉継は愚かでは無い。
しかし金吾鉛筆は又しても新たな手で誘ってきた。
「更に今ならこんな特典までお付けしまーす」
今度はテレビショッピングの売り子ばりの口調に変わった。
「欲しい物が一発で手元にお取り寄せ。見てて下さい、今なら何とこの商品が消費税込みで百円ポッキリ、これはお得ですよ~」
金吾がクルリと赤色の上半身を一度回すと、さっき貰ったのと同じサイズのポカリスエットが空中からパッと現れ鉛筆の前にストンと落ちた。
(な、何だ、今のは?)
呆気にとられている吉継に金吾は説明した。
「物品引き寄せ、アポートという魔法の、いや、幸福の鉛筆ならではの神通力よ。吾と契約し依巫となればおぬしそのものがもっと大きな物を引き寄せられるぞ、どうじゃ?」
「乗った!!」
猛烈にダッシュしてきた吉継は間髪いれずオーケーの両方の親指を立てた。
愚かと貶されようがこんな美味しい話に乗らない方がどうかしている。
「フィシュ(釣れた)!」と金吾は思わず叫んだ。
「………何だって?」
「いやいや、それでは早速盟約の儀を執り行おうではないか。言質だけではならぬ。右手をグーに握って小指だけ立ててくれ」
「重々しいな。血判誓紙でも取ろうってか」
「よいから、少し小指を曲げて」
吉継は指示された通りに第一と第二関節を曲げた。霊界の儀式など初体験である。緊張し弥が上にも高まる鼓動。するとそこに金吾鉛筆が横に飛び乗って歌い出した。
「指切り拳万~♪」
「指切りかよッ!」
仰々しい割に幼稚だなとコケたが、金吾は、「黙りや」と至極真面目に続けた。
「嘘ついたら針千本飲~ます、指切った、死んだら御免。よし、これで契約の儀は終了じゃ」
するとその途端色褪せていた金吾鉛筆の印刷面が真新しくなり、霞んでいた斜めバッテンロゴも海賊マークでなく違い鎌の旗印なのが見て取れた。
「おー、リフレッシュ!フルチャージ」
元の綺麗な姿になり上機嫌のジャンプを繰り返す金吾に吉継は苦い顔で問うた。
「おい、気分爽快に浸ってないで、最後の、死んだらゴメンって何だよ」
「ん?正式なのはあの一節を足すのじゃが」
「怖ッ!お前まさかマジに殺す気か」
「あのな、先も申したであろう。吾は誰も害さぬし害せぬ。この儀式は真剣に取り組むよう覚悟の現れじゃ。童、おぬしも契約したからにはしかと協力してくれ」
「分かったよ。でもその童は止めてくれ。吉継って名前がある」
「う、む」
言い淀む鉛筆に吉継は嘲笑の片唇を上げた。何せ関ヶ原の戦の折、最初に襲った相手の名と同名である。抵抗感は拭えない。
「ふん、さすがに裏切った相手の名は呼び辛いか。ならいっそ殿でもいいぞ」
「ほう、殿でよいのか」
「あれ、マジで?」
あっさりと了承された。すると金吾は左右に揺れて連呼した。
「殿、それで今後のご予定はいかが致しまするか、殿!殿!殿!」
「すまん、やっぱ止めてくれ、恥ずい」
どう呼ぶかで暫く話し合い、ようやく金吾が案をまとめた。
「ならば主(あるじ)でよかろう」
尸者は依巫の力に依存するため主従関係が成り立つ。ここでは吉継が主、金吾が従者の立場になる。
「だな、それがしっくりくる。で、お前は金吾でいいのか」
「MPKAでも」
「呼ばない。しかしすげえな。アポートだっけ」
吉継は引き寄せられた新しいスポーツドリンクを手に取って凝視した。それもキンキンに冷えている。
「試してみるか。一瞬おぬしの体を借りるが」
「………大丈夫なんだろうな」
契約は交わしたが安全保証は無い。金吾は吉継の心理を見抜いて言った。
「怖じ気付かんでも良い。霊依の衝撃で多少心の臓が脈打つくらいじゃ。それからは表層意識が一旦吾のものとなる」
「表層意識?」
「吾が霊依している間、おぬしは何も出来ぬ。見えてはいる聞こえてはいるがおぬしとしては喋れぬし動けぬ。吾にもおぬしの声は届かぬ。早い話が金縛り」
「完全な乗っ取りだな」
「依巫に取り乱されると尸者が困るからの。ゆえに事前に説明しておる。それからはおぬしの願いに従い物品は引き寄せられる。以上」
「うーん」
吉継は未だ迷っていた。ファンタジーでなくホラーに近いために踏ん切りが付かない。
「臆したか?止めてもよいぞ」
「いや、やってみる!」
握りしめた拳には決意と新しい能力への期待が込められた。
「そうでなくては」
「あ、その前にもう一つ質問なんだが。その力って何でも引き寄せられるのか」
「世界が欲しいのか」
「………小学五年生にそんな大それた野望はねぇよ」
「冗談じゃ。が、何でもはさすがに無理じゃな。依巫には守護となる神がおる。人にとって悪とされる物は絶対許されぬし、神格が高位になればなる程制限がかかる」
「うーん?」
「分かりにくかったか。神も人と同じ、様々なタイプがおる。自由気ままな神もいれば厳格で恐ろしい神もいる。選ぶのはその神の匙加減一つ。つまり守護している神が了承した物品だけが引き寄せ可能となる」
「じゃあ依巫によって成果が違うんだな」
「理解力が早くて助かるの。現れなければそれは許されなかった証左。諦めてもらうしかない」
「でもさっきはお前が単独で引き寄せてたじゃないか。憑依しなくても」
「あれは厳密には違反じゃ。まして鉛筆の状態でやると酷くくたびれる。他の力もあまり使えなくなる」
「他の力?」
「狭い範囲内の瞬間移動とか、その他諸々じゃな。それよりアポートの話に戻るが、吾が人助けのために霊依後、吾の采配で引き寄せるのは可能となる。おぬしの神力とリンクすればおぬしの意識的なイメージがなくとも品物は現れる」
「ふんふん、カードゲームの増幅装置みたいなものだな。魔法使いが依巫で、魔法が神、その魔法を強くするのが尸者」
「左様かもしれぬ」
吉継は更に問いを連ねた。
「引き寄せの回数とか種類には制限があるのか、三回までとか」
「霊依でのアポートは一日一度しか出来ぬ。小さな物であらば数に限りなく一度に四、五種類までは寄るがそれが限度。じゃが次の日からはまた元通りになる。それの繰り返しじゃ」
「おー、ある意味無制限じゃないか、ラッキー!」
「………」
「金吾?」
「ああ、説明はもうよいか」
「了解」
「では一度実験してみるかの。今欲しいものはあるか」
「そうだな~」
改めて欲しい物と尋ねられても咄嗟には思い浮かばない。吉継は腕を組んであれこれ考えてみた。
「難しく思案する必要はないぞ。頭の中で想像してくれればよいが、より具体的なイメージがあれば確実じゃ」
「あ。じゃあこれ」
吉継は突然思い付いてスマホをネットに繋げ画面を金吾に見せた。
それはAmazonのサイトで、「ワンピース・チョッパーロゴ・キッズ用メッシュキャップ 56cm」が税込み二千五十二円という表示と共に載っていた。
無くした吉継のお気に入りのキャラ帽子であった。
「色はネイビーの方な」
「ハハハ、左様なものならまず問題あるまいて」
「ようし、じゃあ、来…」
心構えの途中にドクンと心臓が強く脈動した。
【おい、金吾、ゴーサインぐらい出せ!】
身動きの取れなくなった吉継は心の中で不機嫌に怒鳴ったが本当に聴覚が繋がっていないらしい。
吉継の体を支配した金吾は座ったままパチンと親指を鳴らした。
「終わったぞ」
金吾の声にハッと元の意識に戻った吉継は自分の手を見つめた。
「え、もう、か?」
「引き寄せだけならさして時はかからぬ。チト疲れるが」
鉛筆はコロリと横になった。
「おい、どこにもないぞ、帽子」
手にも周りにも欲しいと願っていた物は見当たらなかった。
失敗だったのか、それとも自分の神様は帽子すら選んでくれなかったのか、と沈む吉継に金吾はコンコンと椅子をタップした。
「主、頭の上」
「あたま?」
急いで髪を触ってみるとザラリとしたメッシュ生地の感触が指に伝わった。
「おー、これだこれだ!」
小早川帽と二重に重なっていたので分からなかったが確かに欲しかったチョッパー帽である。それも頭頂部には新品を示すタグがついていた。
「ひゃっほー、サンキュー、金吾!」
吉継は歓喜して帽子を掲げ金吾に感謝した。
「礼は良い。引き寄せは神の力が大きい」
「謙遜するなよ、すげえな、お前」
「………なあ、主、実は少し言い忘れていた事柄があるのだが」
帽子を色々な角度から眺める吉継に金吾は突然小声で話し出した。
「ん?」
「吾ら尸者と依巫との契約はいわば神との契約と同じなのじゃ」
「へー、そうなのか」
「人間社会と違い途中で無理矢理破棄する不法は出来ぬ。何があっても」
「脅かすなよ、大体破棄のやり方すら知らねえって」
ケラケラと笑う吉継とは逆に金吾は神妙に言った。
「やり方は簡単じゃ。尸者としての吾を壊すのがその手段。切ったり、千切ったり、燃やしたり」
「しねえって」
童話にある金の卵を産む鶏を殺すようなものである。吉継は帽子を振って否定した。
「誓えるか。吾は鉛筆の形(なり)はしておるが筆として使えぬぞ」
「ああ、誓う誓う」
「おぬしの守護神にも誓うか」
「分かったって、誓えばいいんだろう」
「ならオッケー、成立じゃ♪」
急に軽い口調になった金吾をシャツの胸ポケットに入れて吉継は浮き立った足取りで山を下りていった。
新品のチョッパー帽を手にしながら期待に胸が高鳴る。欲しいものは山ほどある。現金は多分無理だろうが、今まで節約のために我慢してきたグッズも揃え放題だ。
引き寄せ万歳、と口笛交じりに吉継が山を下りきった瞬間、松尾山駐車場の隅で若い母親と男の子の二人連れの姿が見えた。旅行客だろうか、駐車場に車は停まってないから徒歩でここまで来たようであった。
しかし五歳くらいであろう子供は地面に体育座りにしゃがみ、親はうろたえている様子であった。
「あ、君、ちょっといい」
母親が吉継に気付いて駆けてきた。
「この辺りにコンビニはないかしら」
「コンビニですか…えーっと、一番近い所だと国道に出て東へ行かないと」
「遠い?」
「ここから歩きだと十分は」
「そう、困ったわ。スマホもバッテリーが切れてしまって」
「どうしたんですか」
「ハイキングに来たんだけど子供が喉が渇いたってぐずっちゃって。水も持ってこなかったから」
ああ、飲み物も無しとはこの人たち関ヶ原の夏を甘く見てたな、と帽子を被っていない二人を観察して吉継は軽く息を吐いた。そして子供に近付くとある異変に気付いた。
目の焦点が少しぼやけ息遣いが小刻みに早くなっている。
「多分熱中症ですね、この子」
「え、そうなの?歩き疲れているだけかと」
無頓着な母親に呆れた吉継は半ズボンのポケットに入れていたポカリスエットを男の子に差し出した。すると脱水症状のせいか子供はそれを一気に飲み干した。そして驚く事に吉継が手にしているチョッパー帽を指さして言い足した。
「それも欲しい」
「え?」
「こら、スポーツドリンクを貰ったのに!ごめんなさいね、ほんとにこの子ったら」
「欲しいったら欲しい~、暑いのヤダー」
ギャーと怪獣さながら泣き出す子供に吉継はうんざりして、【金吾、聞こえるか】とテレパシーで胸元の鉛筆に問い掛けた。
【聞こえておる】
【アポートって二回目も同じ物を引き寄せられるのか、明日】
【………あの品物なら造作ないが】
【何だよ、歯切れ悪いな。人助けするんじゃなかったのかよ】
【その志はかたじけないが………】
【そのための契約だろ】
【そうじゃが、まこと良いのか】
【いいさ。またアポートしてくれればな】
「あの、よかったらこれ」
吉継はチョッパー帽を駄々をこねている子供にプレゼントした。
「え、いいのかしら、これ新しいのでしょ」
「帽子は今被ってるのがあるから」
吉継は軽く笑った。
「ほら、お兄ちゃんにありがとうは」
アジガトと気持ちのこもっていない小さな頭を下げられた吉継は、念のためこのまま帰宅するよう駅前タクシーに電話をかけてやり、その場を後にした。







スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。